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隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


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辛いカレーライスが美味しく感じるのは大人になった証拠なのか否か

 ここ数年の間にいろんなことがありすぎて、ふと気づいたらあんなに好きだった辛いカレーライスもあまり食べていない。


 妊娠した時は……

 誰の責任だ?とか……

 産むとか産まないとか……

 学校はどうするのかとか……


 もう嵐のような毎日だった。

 それもこれもあたしと相手の男がすべていけないのであって若気の至りというには大きな代償を払ったと思う。振り返ってみれば一時の感情で若い時間をすべて台無しにした。

 相手の男は素知らぬふりをして学校に通い、卒業し、大学に行ったというようなことを風のうわさで聞いたけど、よくもまあ、自分のしでかしたことを見て見ぬふりができるものだ。


 まあ、過ぎたことはいい。


 あたしは夕凪(ゆうな)を産み、罪に罪を重ねないでよかったと思う。

 自分で家庭を築くこともできない人間が、子供を作るというのは大きな間違いである。同時に、できてしまった命をいとも簡単に奪ってしまうような行為はもっといけない。

 やってしまったことは良いことではないが、できた新しい命を大事にして、不完全ながらもなんとか家庭を作ろうと努力することは大事なことではないかとあたしは思う。

 こういうことはデリケートな問題で、もちろん考え方は人それぞれではあるのだろうけど、あたしは夕凪(ゆうな)の寝顔を見るたびに自分は正しい選択をしたのだと心から思う。もちろん楽しいことばかりではないし、これからも課題は山積みなのだけど、あたしはこれからも夕凪(ゆうな)と一緒に生きていきたい。


 今日は夕凪(ゆうな)を実家に預けてきた。

 遅番の仕事を頼まれたからだ。

 介護の仕事は慢性的な人手不足。子供がいるので日勤と早番しかできないのだが、本当に人が足りない時だけはあたしも職場に協力することにしている。

 だから今日は夕凪(ゆうな)を実家の両親にお願いした。


 あたしは一人で夕凪(ゆうな)を育てているわけではない。

 両親をはじめとして、保育園の先生や職場の上司……アパートの大家さんや隣に住んでいる二階堂さんが気持ちよく協力してくれているからなんとか育児ができているのだ。

 

 いつもは夕凪(ゆうな)と、『夕焼け小焼け』を一緒に歌いながらアパートに帰るのだが、今日は一人で帰る。

 夕凪(ゆうな)は実家でぐずることはないらしい。彼女はなんとなしに父親がいない自分の境遇を理解しわがままをこらえてくれている。それはあたしにも伝わる。そんな時は本当にこの子を産んでよかったと心から思う。


 一人になるとそんなことが頭に浮かんできて、自分の境遇のあまりのありがたさに、ふと涙が出そうになることさえある。


 あたしは本当に幸せだ。

 助けてくれる人が周りにたくさんいることを自覚して生きていけることを幸せと呼ばずして何と呼ぶのだろう。


 夕凪(ゆうな)と二人の生活は楽しいけど、それでも、たまにはこうやって一人の時間があるのはありがたい。


 アパートの階段を昇り、一番奥の自宅に向かう。

 隣の家は明かりがついていない。

 昨日からどこかに行っているようだ。

 こんな日には二階堂さんと何かおしゃべりでもしたいのだけど、タイミングというものはうまく合わないものである。


 扉を開けて部屋の電気をつける。

『さてと……』

 壁にかかっている時計をみると21時を過ぎている。

 遅番は20時に終わるから家に着くころには21時は過ぎてしまう。実家に夕凪(ゆうな)を迎えに行ってしまうと帰りが遅くなってしまうので、遅番を頼まれた時には夕凪(ゆうな)は実家に泊まってもらうことにしているのだ。


 電気がついて誰もいないアパートの部屋がはっきり見えてくるとお腹が空いていることに気づく。

 そういえば今日は、利用者の一人が不穏になってしまったので、同じ話を何度も聞いて付き合っていたから、食事はとっていない。

 なんか食べたいなあ。


 そうだ。


 久しぶりにカレーライスを食べよう。

 レトルトの簡単なものがどこかにあったはずだし、ご飯は冷凍庫にいくつか冷凍したものがあるはず。

 え――と。

 レトルトのカレーは夕凪(ゆうな)に合わせて甘口のカレーだ。

 そういえばここ数年……辛いカレーを食べていない。

 思い出したら辛いカレーを食べたくなった。

 なんとかして辛くできないものだろうか。


 とりあえず調味料を物色してみる。


 ガサムマサラなどのスパイスがあれば、辛くできるのだろうけど、そういう洒落たものは我が家にはない。冷蔵庫を物色していると、先日、二階堂さんにもらった辛子高菜があった。

 なんでも……ランチで気になるラーメン屋を見つけて入ったら、辛子高菜がやたら美味しくて、しかもテイクアウトできたということで、おすそ分けをくれたのだけど……


『これ……目ん玉飛び出るぐらい辛いから夕凪(ゆうな)ちゃんの手の届かないところに置いといてね』


 確かそんなことを言っていた。

 それで夕凪(ゆうな)がいない時や寝た後を見計らって少しずつ食べていたのだけど、確かにものすごく辛かった。

 でも激辛が大好きなあたしにはちょうどいい味だった。

 いつだったか……子供ができてから激辛が食べる機会がなくて寂しいというような話を二階堂さんにしたのだが、それを彼女は覚えていてくれたのだろう。


 確かにこれならカレーにも合うかもしれない。


 あたしはレトルトのカレーを湯煎で温めて、冷凍ご飯をレンジに入れた。

 一人ご飯としては上等だ。

 ご飯の上にカレーをかけると、いい匂いが部屋中に充満する。

 やっぱりカレーライスは無敵だ。

 いつ食べても美味しい。


 なんでこんなにもカレーライスというのは美味しいのだろうか。

 

 二階堂さんからもらった辛子高菜をカレーの上にのせる。

 見た目はそんなに辛くなさそうなのだけど、これがすさまじく辛い。でも辛さの足りない甘口のカレーにはちょうどいいのではないかとも思う。

 考えてみれば、あたしも子供の頃は辛いカレーが食べられなかった。

 でも、いつしか辛いカレーが美味しいと思うようになったのである。


 いつぐらいからなんだろうか。


 あたしも大人になったものである。

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