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隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


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92/201

新幹線ではビールを飲んでしまうものなのか否か

 実家には新幹線と在来線を乗り継いで丸一日かけて帰る。


 重い荷物を持つのは嫌なので、着替えなどもろもろの荷物は先に宅急便で送っておいた。

 バスに乗って戸塚の駅まで出なければならないわけだから、荷物など軽くしておくに限る。

 

 新幹線には新横浜の駅から乗るのだけど、案外これがあまりよくない。

 『新横浜』と名乗るなら横浜駅の隣にあればいいのだが、そうでもない。横浜からは少し離れた場所にあり、同じ横浜でも歩いて行ける距離ではなく、横浜から数駅の位置に『新横浜』はある。あたしが住んでいる戸塚からなら地下鉄で新横浜まで乗り換えなしでいけるのだが、地下鉄沿線に住んでいない人は新幹線を使うのはひどく不便なのではないかと思うことがある。

 というのも……いちいち横浜まで出て、今度は横浜線か市営地下鉄に乗り換えて新横浜まで行かなければならないのである。まあ、当たり前の話といえばそれまでなのだが、横浜線か地下鉄の沿線沿いでなければ新幹線を使うのは実に不便なのである。

 こんなことならいちいち新横浜など使わずに横浜駅を新幹線の駅にすればいいのに……と思う。

 横浜駅ならば横浜近郊の私鉄やJRはすべて停車するのだから、新幹線が新横浜ではなく横浜に停車するようになれば便利になるのではないか……などといつも思ってしまう。


 勝手なようだがあたしの場合、地下鉄に乗れば乗り換えなしで新横浜に行けるのでこの問題はたいして大きな問題ではないのだが……ついつい頭に浮かんでしまうのはなぜなんだろう。

 

 新横浜には自宅から大体1時間強ぐらいで着く。


 実家までのルートは東海道山陽新幹線で博多まで出て、そこから特急『ゆふ』という電車に乗れば、実家近くの駅に停車してくれる。

 普通に飛行機を使って帰ればいいのだが、こういうことは時間をかけて楽しむのがいいのだ。


『そんなかったるいことできるわけないじゃない』


 姉はいつもそう言うし、今回もそう言ったので、同じ日に帰るにしても実家までは別行動である。

『仲悪いの?』とたまに人から聞かれることもあるが、姉妹なんてこんなものである。

 別に仲が悪いわけではない。ただ単に価値観が違うだけなのだ。

 だからあの姉と一日一緒にいるというのはちょっと苦痛なのである。

 おそらく、旅の早い段階でなんの話題もなくなり姉は一人で乙女ゲームでもやり始めるに違いないし、姉から言わせると隣で同じ顔をした妹がビールを飲んでいるのは恥ずかしいということなので、それならお互い別行動の方がいいという判断をしているだけだ。


『かったるい……』と姉は言うが……普段なら、なんでも早く行動しなければならないこの世の中にあって、ゆっくり時間を使って移動を楽しむことはこの上ない贅沢なのだ。

 飛行機だと雲しか見えないけど新幹線と在来線を使えば、確かに時間がかかるが、車窓から見える風景の移り変わりをずっと見ていられる。

 これが最高の贅沢なのである。


 電車から見る風景は他のどの風景とも違う。

 同じ風景でも見方によっては変わって見えるのが面白いのだ。

 特に電車の車窓から見える風景はあたしにとっては格別で、いつも通勤で乗っている横須賀線の風景でさえ面白く映る。

 時間帯によっても違う風景を見せてくれるし、日によっても景色は違うように見える。

 もちろんこういうことは電車の車窓だけに限ったことではないのだが、電車の車内では他にすることもなく車窓をじっと見ることが多いから、そういうことを強く感じてしまうのである。


 新幹線に乗ると必ず車窓を眺めながらビールを呑む。

 不思議なもので新幹線に乗るとなぜかビールが呑みたくなってしまう。

 何故なのだろう。よく考えたことはないのだが、駅で購入した崎陽軒のシューマイ弁当を食べながらビールを飲むのは最高だ。

 問題はどのタイミングで呑むか……である。


 あたしはまず……電車(しんかんせん)に乗る前に一本空ける。

 朝から飲める機会などそうそうないのだから、ちょっと嬉しいし、何故かいつもより何割か増しで美味しく感じる。

 その後は乗車した後……指定席の番号を探して席に座ったら、発車する前に一本空ける。

 普段は乗らない新幹線の車内という非日常がビールをいつもより何割か増しで美味しく感じさせてくれる。


『九州の人間にはありがちなんだが……お姉ちゃんは自分が思っているより酒呑みだからな。一応ちゃんと自覚しといた方がいいぞ』


 1ヶ月ほど前に風邪を引いて、近所の内科クリニックを受診した時に初老の医師(せんせい)に言われたことが頭をよぎる。


 まあ……自覚はしてるよ。

 でもいいじゃん。

 特に何もないんだし。

 風邪引いた時は呑まないしね。


 ふと気が付けば……新幹線がゆっくりと走り出す。

 3本目のビールを開ける。

 この走り出しの瞬間は非日常への扉なのだ。

 銀河鉄道999が頭の中に流れる。気分よくあたしはビールを喉に流し込む。

 苦味とコクがたまらない。これが美味しいと感じるようになれば完全に大人である。

 いやあ……実に美味しい。


 車窓はどんどん都会の風景から田舎のものへと変わっていく。

 新横浜を出て小田原の駅を通過する前にすでに田園風景が見えてくるのだから、日本という国は主要な都市以外はほとんど田舎なのかもしれない。


 新幹線『のぞみ』はすごいスピードでぐんぐんと走って目的地に向かっていく。


『あー美味しいなあ……』

 座席でつい独り言を言ってしまう。

 車窓を見ながら冷たいビールを飲めるなんて幸せだ。

 幸せというのはこういう小さなことの積み重ねなのではないだろうか。

 たくさんお金があったりたくさん物を持っていたりとかではなく、小さなことを幸せだと感じる感性があることが一番の幸せなのだ。


 新横浜の駅で購入したビールはなくなってしまったので、しばらくビールなしの時間がつづくことは想定済みだ。こういうことを頭に入れておいたのでちゃんと一本、美味しいウイスキーを持ってきているので荷物の中から紙コップとウイスキーと冷たい水を入れた魔法瓶を取り出して、座席にあるテーブルに置く。

 ビールに飽きた頃には冷たい水割りもなかなか美味しい。

 そして、気が付けば電車は田子の浦のあたりを走っている。


 見事な富士山が見える。


 大学に入学が決まり大分から神奈川に引っ越し、下宿先の今のアパートに入った時に一番感動したのが、富士山が見えることだった。でもここから見える富士山は横浜から見えるものとは比べ物にならない。


 田子の浦に

 打ち出でてみれば

 白妙の

 富士の高嶺に

 雪は降りつつ


 山部赤人の詩を思い出す。

 田子の浦から見える富士山は日本一だと思う。

 山梨から見える富士山も山中湖から見たことがあるが、その双方を比べてみても、田子の浦が勝ちだとあたしは思う。こんなことを言っては山梨の人に怒られてしまいそうだが……。


 富士山を見ながら飲むウイスキーはまた美味しい。

 景色がいい肴になるのだ。

 実にいい気分である。

 ゆっくりと目をつぶる。


 いい感じで揺れるのでなんだか眠くなる…………。



―――――――――――



 ふと気が付いた時には広島だった。

 どうやらあたしは眠ってしまったらしい。

 もったいないことをしたけど、まあいいや。


 腕時計をみるとちょうど12時近くだった。

 崎陽軒のシューマイ弁当でも食べようか。

 そういえば飲み物がない……。

 富士山を見ながら小瓶のウイスキーもすべて呑んでしまったんだった……。


 いいタイミングで車内販売がやってくる。

 『あ、すみません。ビール下さい』

 

 やっぱり新幹線に乗るとビールがうまい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 分刻みで追われている現代人にとって、朝からビール飲んで、最速じゃない移動手段でのんびり窓の外を眺めるなんてまさに「日常の中の非日常な贅沢」ですね。 飾らず、力みすぎず、読みやすい文体が大好…
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