ジュリエットの悩みは中学生レベルなのか否か
ここのところバイクの教習が忙しくて飲み会の誘いを断り続けていたら、ランチの時に松沢さんにつかまってしまった。
彼女が元気がないのは知っている。
あたしが飲み会に参加しないから、石岡くんと会って話ができないからだ。
いや、もう二人で話せばいいじゃん。なんであたしを巻き込もうとするかな……。
『あのさ。その……』
そして石岡くんの話をするときの松沢さんは他の話をするときにくらべるとすこぶる歯切れが悪い。
『石岡くんの話ですか?』
『うん……』
『二人で飲みにでも行けばいいじゃないですか?』
あたしはランチで出てきたトマトソースのパスタを一口食べながら言った。
美味しい。
美味しいには美味しいけど……
今日はラーメン屋に行きたかったのに。
塩ラーメンとミニチャーシュー丼を食べるために昨日はがんばって歩いたのに。
『まだそんな段階じゃないのよ……』
泣きそうな顔をして松沢さんは言った。
小さい身体をさらに小さくして、少し上目遣いでこちらをみる。
ショートカットにキレイにストレートパーマをかけて少し内巻きにカールをかけた髪型と大きな二重の瞳は上目遣いをすることによって彼女の可愛さを引き立てるが……残念なことに目の前にいるのはあたしだ。
そういう顔で石岡くんと話せばいいじゃん。
『そんな段階? え? じゃあ今はどんな段階??』
『二人きりにはなれない段階かな』
後ろ向きな発言な時はなぜか歯切れがいい。
『でも『好きだ』って言ったんでしょ?』
『え? いやあ……そのお……』
恥ずかしそうな顔をして急に下を向き歯切れが悪くなる松沢さん。
『してないんですか?』
『……だって……』
だってなんだ?
いや、好きなら好きと言わないと何も始まらない。
もう何度も言ってるではないか。
恥ずかしがってばかりいても仕方ないではない。
『言った方が良いと思いますよ――。葉山ちゃんのあれ、もしかしたら本気かもしれないし』
あたしは脅しをかけた。葉山ちゃんのあれ……つまり飲み会の時に新入社員の葉山ちゃんが言った言葉だ。
『石岡さん、かっこいいし、気遣いできるし……』
とか言ってた発言だ。葉山ちゃんに焼き鳥を取られた記憶が鮮明過ぎて、実際には何言ってたかよく覚えてなかったりするけど……。
ただ、彼女のあの発言で自分の気持ちに正直にならないとまずいということに松沢さんは気づいたはずだった。足踏みしているようならもう一度脅しをかけないといけない。
『最近、車の鍵を返しに来るとき、よく話してるんですよねえ。石岡くんと葉山ちゃん』
確かによく話している。
それは事実だ。
ただその内容は、エンジンオイルの交換時期や、ワイパーのゴムの交換、営業用のパンフレットの発注の話など、業務の内容のみであり、そんな色めいた話はしていない。
むしろ葉山ちゃんがよくしゃべっているのは年下の植竹くんで、彼とは同期入社で遠方の実家から会社の寮に入ったという共通点もあるらしく、楽しそうに近況を話し合っている。
『そ……そうなんだ……どうしよ』
『早めに自分の気持ちを伝えた方がいいですよ』
『え――! じゃあ二階堂ちゃん一緒に言ってよ!』
『いや……それはちょっと……』
『なんで??友達じゃん』
確かに松沢さんは友達と言っても差し支えはない。
彼女と飲みに行ったり登山に行ったり……とにかく行動を共にするのは嫌ではないし楽しい。
でもなあ。そういう大事なことは自分一人で言った方が良いと思うんだよね……。
『いや……中学生じゃあるまいし……』
『もうなんでもいいからお願い!!』
松沢さんは両手を合わせてあたしに拝むような仕草をして言った。
いや、そんなに拝まれても無理なものは無理だ。
『あのお……石岡くん』
『何ですか??』
『実はあたし……石岡くんのことが……』
『ちょっと待って。松沢ちゃん。その先はボクが言うよ』
……という場面になんであたしがいなきゃならんのだ。
嫌に決まってるじゃん。
そんな空気の中にどんな思いで過ごせばいいんだ?
こちらの身にもなってくれ。
『いやいやいやいや……それは無理ですって』
とは言うものの、元気のない松沢さんを何とかしてあげたいという気持ちはある。
元気のない松沢さんなどネタが乗っかっていない寿司みたいなものでただの酢飯だ。
なんとかしてあげたいという気持ちはあるのだが、世の中、他人の力になれることとなれないことがある。こういうことは自分でなんとかしてもらわないと困る。
『あ!じゃあいいこと思いついた!』
『いいこと?』
なんか嫌な予感がする。
こういう場合の『いいこと』というのはあたしの経験上、絶対にいいことではない。
『ねえ、二階堂ちゃん。お姉さんに相談できないかな?』
やはりろくな話ではなかった……。
次話に続く……。




