スナフキンは孤独を愛しているのか否か
隣の二階堂さんには変な癖がある。
考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。
最初はびっくりしたけど、変な癖だと知ってからは何も怖くはない。
最近では彼女が何かに煮詰まってきている時に、お茶を誘って話を聞くことをあたしも夕凪も楽しみにしている。
ところが最近はどうしたことか、二階堂さんは帰りが遅い。
遅いと言っても20時前には帰っているのだけど、考え事をする暇もなく寝てしまうらしく、壁を叩く音は最近しない。
こんこん……
今夜は玄関の扉をノックする音がする。
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バイクの教習を終えて、教習所の近くの洋菓子屋さんを覗いたらまだやっていたので、ついつい中に入ってしまった。甘い匂いが鼻をくすぐり、あたしは誘惑に負けてあれやこれやとケーキを買ってしまった。
甘いものは別腹というが……実はあたしはそこまで甘いものが好きなわけではない。
でもお酒のシメに甘いものとか……
コーヒーのお供に甘いものとか……
案外、そういうことはする。
だからダイエットが必要で、ちゃんと歩かないといけないのだが、身体を動かすことがあまり好きではないので持続できない。
まあ……今日はバイクの教習でしっかり身体を動かしたからよしとしよう。
先日から悩んでいた一本橋は思いのほかあっけなくクリアすることができた。
あんなに力が持続しなかった膝が今日に限っては自然にぎゅっと力が入って、最後まで疲れずに済んだ。
力の入れ具合を覚えたのか、それともたまたま……まぐれでできたのか、それは分からないが、膝をバイクの内側に入れると今までとはありえないぐらいにバイクが安定することには驚いた。
あたしは今までふらふらと400ccの大きなスクーターに振り回されて教習を受けていたのだが、一本橋がうまく行ってからはそんな感じではなくなった。
簡単に見えるバイクの操作だが、実に奥が深いのだな……と思った。
帰りのバスの中で読んだトーベ・ヤンソンの『楽しいムーミン一家』は面白かった。
本は面白いし、バイクの教習はうまく行ったし、実に今日は幸せである。
ふと腕時計を見ると、なんだかんだまだ19時前だった。
バス停を降りて、アパートに着く。
そういえばあたしは一人で行動することが多い。
そんなことが玄関を開けたら急に頭に浮かんだ。
秋風が吹くようになり空が高くなってきたが、まだまだ日中は暑い毎日で、部屋に入ると真っ先にすることがエアコンをつけることだ。そして買ってきたケーキを冷蔵庫にしまってから、早々に服を脱いでシャワーを浴びる。
汗を流して、部屋着に着替えるとシャワーの熱気で身体は火照ってくるのだが、気持ちはすっきりする。
一人って楽しいよなあ……。
なんでこんなことを考えてしまうのだろうか……と思ったら頭の中にスナフキンが一人で焚火を見つめている姿が浮かんできた。
あ、そうか。
ムーミン読んだからだ。
スナフキンは孤独を愛している。
分かるな――。
スナフキンの気持ち。
一人で物思いにふけりながら歩いたり、家でぼ――っとしたりするのって無駄に見えて実はとても意味のある時間なのだ。スナフキンが孤独を愛し、一人で出かけてしまうのもそんなところではないだろうか。
そういう時間ってあまり人に話しかけられたくない。
あたしは冷蔵庫から冷たい日本酒を取り出した。
今日は昨日購入しておいた真鯛の刺身があるから冷酒を飲む。
やはり魚には冷酒だ。
だけど……孤独を愛している割にスナフキンも案外、人懐こいところがあるような気がする。
彼はムーミントロールと一緒に行動することも少なくない。
ムーミントロールとスナフキンは知り合いというより親友というノリだ。
彼は本当に孤独を愛しているのだろうか……。
あたしは刺身の上にわさびを乗っけて、醤油さしに入れた醤油に少しだけつけて一切れ食べた。
白身魚の繊細な味わいが広がる。わさびがツーンと来るのもいいアクセントだ。
実に美味しい。
そしてコップに入れた冷酒を一口。
清流のようなすがすがしい香りが魚の繊細な味わいを膨らませつつ喉に押し流してくれる。
『はあ……』
短いため息。
もう、こんなにも幸せ。
こういう時間はやっぱり一人が良いなあ。
そうか……。
スナフキンもこんな気持ちなのかな?
一人が良い時もあるし、孤独も好きだけど、気の置けない友人でもあるムーミントロールと一緒にいるのも悪くない。孤独を愛しているけど、いつも孤独でいたいわけではない。
かっこいい。
確かに人は一人では生きていけないし、一人が好きなあたしでも時にはみんなでワイワイご飯を食べに行きたいと思う時もある。
無理に孤独になる必要はない。
一人になりたいときに静かに一人になる。
それが孤独を愛するということなのだ。
あ。そうだ。
あたしは時計を見た。
まだ時間は20時前。お隣の玄関をノックしても迷惑にはならないだろう。
洋菓子屋でたくさん買ったケーキを持って行ってあげよう。




