一本橋は難しいのか否か
隣の二階堂さんには変な癖がある。
考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。
最初はびっくりしたけど、変な癖だと知ってからは何も怖くはない。
最近では彼女が何かに煮詰まってきている時に、お茶を誘って話を聞くことをあたしも夕凪も楽しみにしている。
どんどんどんどんどんどんどんどん……
今夜も壁を叩く音がする。
4歳になった夕凪と目が合った。
あたしは夕凪に言った。
『お姉ちゃん、呼んできてくれる?お部屋でお茶でもしましょうって。』
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バイクの教習にもようやく慣れてきた。
慣れてきたときに何かが起こるというのは世の常であるらしく、あたしにも例外ではなかった。
一本橋という教習が何度やってもうまく行かない。
一本橋とは……400ccの大きなスクーターで幅30㎝ぐらいの平均台を約15mほどゆっくりと脱輪しないように走るというものだが、こんなものどう考えても物理的に無理だ。なのに教官や他の教習生たちはいとも簡単にやってしまう。
『膝を内側に締めてぐっと力を入れるとバイクが安定しますよ』
教官は親切に教えてくれた。
その通りにやってみるのだがどうにも膝の力が持続しない。
これはもしかしたら筋力不足なのかもしれない。
動くのがキライで普段から家でじっとしているつけをこんなところで払わされるとは思わなかった。
季節は夏から秋に変わろうとしており、仕事が終わって教習を受ける時間には冷たい夜風が心地よいはずなのに、教習が終わるころには気が付けば汗をかいている。
バイクに乗る時にはスカートで乗るわけにはいかないから、黒いGパンと長袖のボーダーTシャツに着替えてから教習を受ける。出勤の時にはスーツを着て、帰りはロッカーで教習用の私服に着替えて帰るものだからいつも不思議な目で見られるのだが、隠すことでもないので『今、バイクの免許取りに行ってるんです』と答えるようにしていたらやはりというべきか……いろんな人から止められた。
まあ、止められてもこちらは辞める気など最初からないのだから別にいいのだが、教習が始まってすでに一本橋までいっているにもかかわらずここで辞めたら、お金がもったいないではないか。
危ないからバイクは辞めた方がいいとか、事故をしたら命にかかわるとか、いろんな話をされるのだが……大きなお世話である。
確かにバイクは危ない。
それは教習を受けている時点でなんとなく分かる。
あんな大きくて重いバイクで転んで、バイクの下敷きにでもなったら身体の小さなあたしなど起き上がれもしないだろう。それに車と違って身体が外に出ているのだから、ぶつかればタダではすまないことも分かる。
ただ……何をするにしても、危険というものは付き物ではないか。
バイクが危ないから車にしたところで、大型トラックにぶつかってしまえばぺしゃんこになるだろう。
電車にしたところで脱線したりすることだってある。それに電車だと痴漢被害に遭うことだって少なくないと聞く。
こう言っちゃなんだけど、満員電車に乗って毎朝ぎゅうぎゅう押されて苦しい思いをした挙句、痴漢にあうぐらいなら、バイクに乗って事故して死んだ方がいくぶんかましだ。
どう考えるかは人それぞれだろうけど、要はバイクに限らず何をするにしても危険はつきものであり、危ないからやめた方がいいだなんておかしな話はないのだ。
それに転んだりぶつかったりしないために教習を受けている。
一本橋などはバイクを安定させる授業の最たるものだろう。
そうだ。
それにしても一本橋がうまく行かないことには免許など夢のまた夢だ。
あたしはアパートの自分の部屋でビールを飲みながら考えた。
どうしたら一本橋がうまくクリアできるのだろうか。
膝の力が足りないというのならスクワットでもしようか。
いや……
筋トレというものは一朝一夕にはいかない。
どうすればいいのだろうか。
う――ん。
考えが煮詰まったところで玄関のチャイムが鳴る。
ふと我に返るとあたしは壁の前に立っていた。
またあたしはやらかしてしまったらしい。
もう考えるのはよそう。いくら考えても結論はでない。
『案ずるより産むが易し』ともいうし。




