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隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


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子供とは個性の塊なのか否か

 考え事をすると壁を叩きながら独り言を言ってしまうという悪癖はどうにも治りそうにない。


 何と言っても気が付けば部屋をぐるぐる歩き回っていることが多いし、壁を叩く行為に関しても、完全に無意識でお隣がチャイムを鳴らして知らせてくれるまで気づかないという有様だ。

 隣の春海ちゃんが良い人だから関係は良好なのだが、世の中そんなにいい人ばかりではない。


 悪いところを責めたてるのではなく、良いところを見てくれて、一緒に日常を共にしてくれる素敵な人に囲まれて生きていけるということは何と言っても幸せなことである。

 幸せというのは、大げさなドラマの中ではなく、ごく普通のこういった日常の中にあるのだ。


 今日は早く家に帰ってくることができた。

 夕焼けを見ながら家路につけるとあたしは気分がよくなる。


 どん!!

 どどん!!


 冷たいビールがあたしを待っている。

 そんなことを考えながら、シャワーを浴びて部屋着に着替えて一息ついていると、隣からすごい音がした。


 言うまでもなく……あたしが壁を叩いたわけではない。

 最初、何かあったのかと思ったがそうでもないらしい。

 というのも、お隣からは子供の声がするからだ。


 お隣の住民は浦野春海ちゃん。

 あたしの2つ下の女の子で、ここに引っ越してきたときは高校を中退してまだ赤ちゃんだった夕凪(ゆうな)ちゃんを抱いていた。シングルマザーなのだが、つっこんだ話はしていない。人にはそれぞれに事情もあるものだし、そんな過去のことを引っ張って話をするよりも、今を楽しく生活できた方がお互いのためだとあたしは思うから、何かの折に彼女が自分で話し出せば別だが、過去のことをあれこれと聞くつもりもないし、そこまで興味もない。


 彼女と最初に会った時はあたしも大学生だった。


 論文を書くのにいろいろ考えていたら例の悪癖がでてしまい、あたしは彼女に随分迷惑をかけてしまった。生まれたばかりの赤ちゃんがいるのに本当に申し訳ないことをしたと今でも思っている。


 実に懐かしい話だ。


 それにしても今日は夕凪ちゃん以外にももう一人子供がいるようだ。

 なんだろ。

 何を言っているのかわからないが、キャーキャーいいながら楽しそうに二人で遊んでいる。

 たまに春海ちゃんが『静かにしなさい』と大きな声を上げているのが聞こえるが、どうせこのアパートには春海ちゃん以外にはあたししか住んでいないのだから、気にしなくてもいい。

 てゆうか、少なくともあたしは、この楽しそうな子供の声をうるさいとは感じない。


 ただ……たぶんだけど、毎日だとこれはこれで疲れるかもしれない。

 だから親というのは大変なものだなと思う。

 そういえば先日も風邪を引いた時にたまたま実家の母がここに泊まりに来たのだが、未だに『調子はどうだ?』とメールが来る。もう何週間も前の話なのだが、母親というのは子供がいくつになっても母親なのだろう。


 玄関のチャイムが鳴った。

 別にあたしのことは気にしなくてもいいのに。

 そんなことを思いながら幸せな気持ちであたしは玄関の扉を開いた。

 扉の向こうには春海ちゃんと足元には夕凪ちゃんともう一人、男の子がいた。二人とも先程まできゃあきゃあ言いながら騒いでいたのに、あたしが視界に入った瞬間、目を丸くして不思議そうにあたしを見上げている。


 子供のこんな表情はかわいい。

 ついつい声をかけたくなる。


『すみません。今日は騒がしくて』

『いやいや……気にしないで。いつもはあたしの方が騒がしいんだから』

『ありがとう。職場の人の子供を預かることになっちゃって……』

『大変そうね。そうだ。今日、お好み焼きでもしようかなと思うんだけどよかったら一緒にどう?』


 実は夕飯……最初は他の物にしようと思っていたのだが、子供たちが好きなものと言えばホットプレートで焼いたお好み焼きだろう。これならあるものでできるし、もし足りないものがあってもあたしか春海ちゃんが近くのスーパーまで行けばいいのだ。


『いいの?』

『いいよいいよ。どうぞ!!』

『わーーい!!』

 春海ちゃんが何か返事をする前に、子供たちは喜び勇んであたしの部屋に入った。


 あたしは他人を部屋に入れることにそんなに抵抗がない。

 もちろん男性を入れるのは嫌だが、女性や子供ならウェルカムだ。

 もっと分かりやすく言えば、男性でもご夫婦だったりカップルだったりであれば、状況にもよるがうちに来てもらってもまったく構わない。

 部屋など常に整理整頓しておくものだし、散らかっているから他人を入れられないというのは、だらしがない証拠ではないかと思う。


 あたしは押し入れからホットプレートを出した。

 大きめのホットプレートだけど、案外一人暮らしでも愛用している。

 ちょっとバーベキューがしたくなったときに、これがあれば部屋の快適な環境の中でバーベキュー気分が楽しめるのだ。


 さて……お好み焼き。

 まずはキャベツを千切りにして、小麦粉を入れる。

 ふわっとさせるために長いもを入れたいところだが、あいにく冷蔵庫にはないのでお豆腐で代用する。

 豆腐をつぶして入れると何故かお好み焼きがふわっとするのだ。


 春海ちゃんはお菓子を取りに行くとかで、子供を置いて一度家に帰った。

 まあ……家と言っても一枚壁を隔てた部屋にすぎないのだが……。


 男の子の名前は(ゆう)くんというらしい。

 夕凪(ゆうな)ちゃんと二人でまな板を不思議そうに眺めている。

『お姉ちゃん、何作ってるの?』

『お好み焼きだよ』

『わーい。美味しそう。夕凪(ゆうな)ね、お好み焼き大好き!』

『優も優も』

『じゃあ、二人にも手伝ってもらおうかな――』

 あたしは冷蔵庫から絹ごし豆腐を出した。

『手を洗ってからこれをボウルの中でつぶしてくれる??』

『は――い』

 二人は仲良く洗面台に行った。


 あたしがちょっとお好み焼きを作るために台所で作業している間にも、二人はベッドでピョンピョンはねたり、電話の横のメモ帳を勝手に破いて飛行機を作ったりしていたから、帰るころには部屋は大変なことになっているに違いない。


 でもいいのだ。

 子供には遊ぶ権利がある。

 尻ぬぐいは大人がするものだ。

 存分に遊べばいい。


 それにしても男の子というのはなぜこんなにも擬音が多いのだろうか。

 ちょっと移動するにも女の子は黙って動くところを男の子は『びゅーん!』とか『どかーん!』とか言いながら走り出す。


 春海ちゃんが部屋から帰ってきて、さあ、お好み焼きを焼こうということになり、作っておいたお好み焼きの元をホットプレートに注ぐのを優くんにやってもらったのだが……

『どっば――――ん』

 と言いながら派手にやってくれていた。

 小麦粉をだし汁でとかしたものがあたりにこぼれる。

 夕凪ちゃんもほとんど同じことをやるのだけど、彼女の場合は慎重に焼いてくれる。

 同じ子供でもこんなにも違うのかと思うとなんだかおもしろいし楽しい。


 もしかしたら……

 これは個性の問題なのだろうか?


 男の子でも静かな子はいるだろうし、女の子でも騒がしい子もいるだろう。

 ただ大人からすると、こういう場で100%の自分を出せるのはうらやましい。大人になってしまうと人の目が気になってそんなこともできなくなる。


 子供は個性の塊なのだ。

 そして子供の個性は宝石のようにキラキラと輝いている。

 人はいつしかそんな輝きを失ってしまう。すべて失ってしまうか、ある程度残しておけるかは自分次第だが、大抵の大人は、この宝をどこかに忘れてきてしまうのだ。


 お好み焼きが焼けるいい匂いがする。

 子供たちはこの瞬間だけは静かにお好み焼きを見つめている。


 子供の宝石のようなキラキラした個性を見つめ続けることができる時、子を持つ親は一番、幸せを感じるのかもしれない。

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