プランタに野菜を植えるのは正しいのか否か
隣の二階堂さんには変な癖がある。
考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。
最初はびっくりしたけど、変な癖だと知ってからは何も怖くはない。
怖いどころか煮詰まっている時の彼女の話はとても面白い。
彼女はいつもいろんなことを考えていて……でも実は同じことをあたしも考えていたりして……そういうごく普通の日常を共有できるのが楽しいのだ。
だから、最近は壁の音がしたときには必ず彼女を我が家に招待する。
いつ壁の音がしてもいいように甘いものを用意して待っている。
どんどんどんどん…
今夜も壁を叩く音がする。
4歳の夕凪は嬉しそうにあたしを見る。
あたしは夕凪に言った。
『お姉ちゃん、呼んできてくれる?甘いものでも食べましょうって。』
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『はああ……』
あたしは帰り道、夕焼けを見ながらため息をついた。
昨日はいささか疲れる飲み会だった。
まさかあんな結末になるとは。
正直……自分の恋愛にだって興味がないのだから他人の恋愛に興味など持てるわけもない。
あの煮え切らないジュリエットが自分の気持ちに正直になれたのは良かったのだが、自分の気持ちを相手に伝えられるかというのはまた別の問題で、結局、それにしばらく付き合わなければならないと思うとため息の一つも出てしまうのだ。
考えてみればあたしはあの二人とは社内でだれよりも仲が良い。
嫌な二人ではないから構わないのだが、仲が良いということはしばらくあの話に付き合わされるということだ。あたしは葉山ちゃんのように思い切ったことはできないし、する気もないから、これからあの二人があたしを挟んで飲みに行ったり遊びに行ったりしている以上は一切進展はしない可能性もある。
こうなると『二階堂は何をやっているんだ?』という感じで社内の他の人間から見られてしまうような気がしてそれはそれで嫌なのである。
まったく……
付き合うなら付き合う。
付き合わないなら友人のままでいる。
もうそろそろはっきりさせてもらいたいものだ。
あたしはそんなことを考えながらバスに揺られて自宅に向かった。
自宅近くのスーパーで苗と土を買って帰る予定だ。
結局、プランタに植えるものは野菜にしようと思っている。
というのも花を植えると言っても何を植えていいかちょっと思いつかなかったからである。
やっぱり植えるなら野菜がいい。実が生って食べられるのが一番だ。
自宅近くのバス停に着いたので、あたしはバスから降りる。
バイクの教習の方が少しずつ進んでいるので、このバスに乗るのはあとどれくらいだろうか。
いや……お酒を呑むときはバスでいくんだろうから、それなりに利用するのかな?
そうか。
バイクで通勤するようになったらそれをきっかけに飲み会、断ればいいんだ。
まあ、毎回断るのはちょっとだけど、2回に1回は断れるはず。
スーパーの出入り口のところに土と苗がおいてあった。
苗はきゅうり、トマト、茄子、ゴーヤがある。
茄子がいいなあ。
何と言っても茄子は美味しいし、花も綺麗だ。
よし。
茄子にしよう。
あたしは苗と土をとってスーパーの中に入った。
ビールもついでに購入して、あたしはスーパーを後にした。
本当に使い勝手のいいスーパーだ。
土と苗とビールは案外重い。
スーパーから自宅まではわずかな距離だけどそれでも夕方のじめっとした湿気を含んだ空気感と昼間の暑さの余韻のせいで、アパートの玄関を開ける頃には、汗びっしょりになっていた。
エアコンをつけたあと、ベランダに出て、手早く土をプランタに入れ、苗を植え変える。
マリーゴールドのために買った小さな如雨露に水を入れて、プランタに水をやる。ついでに横に綺麗に咲いているマリーゴールドにも水をたっぷりとかける。
『お友達がきましたよー』
夕方の心地よい風が頬を伝う。
気持ちよくなったので、あたしはついマリーゴールドに話しかけてしまった。
如雨露を片付けてさっさとシャワーを浴びて汗を流そう。
そう思って、あたしは窓を閉めた。
汗をかいた服を脱ぎ捨て浴室に入る。
お湯は張らない。水道代もバカにならないし、夏場はお湯につかると茹蛸のようになってしまうからだ。暑さが引かずエアコンの下でまた汗をかいてしまったら、なんのためにお風呂に入ったのか分からなくなる。
それにしても……夏の暑い時期に熱いシャワーを浴びるのはなんでこんなに気持ちがいいのだろう。
でもシャワーとは言え、長い間浴び続けると身体が火照ってしまうので、さくさく身体と頭を洗って浴室から出ることにする。
あ――さっぱりした。
先日購入したパンダのイラストがプリントされた少し大きめの黒いTシャツと黒のジャージという組み合わせの部屋着に着替えて、浴室から出て台所に行くとエアコンが効いている。6畳二間の部屋はあまり広いとは言えないけどエアコンがしっかり効くというところはありがたい。
冷たいエアコンの風が気持ちいい。
冷蔵庫からビールと常備菜を出して、ラジオをつける。
冷えてて美味しそうだ。
コップを冷凍庫で冷やしておいたのでそれを取り出して、ビールをそそぐ。
泡が綺麗にコップにふちにつく。
一気にビールを飲み干す。
頼まれなくても一気飲みしてしまうぐらいに暑い日のビールは美味しい。
『あ――――――っ!美味しい!!』
ビールを飲んでいる姿が一瞬、母とだぶったのだが、もう気にしないことにする。
親子なのだから似てて当たり前だ。ただ、親子というのはなんで嫌なところだけ似てしまうのだろう。
あたしはベランダの方を見た。
なんだかさっき植え替えたばかりなのに茄子の様子が気になった。
茄子が生ったら、何を作ろうかな?
ん?
ちょっと待て。
そういえばプランタには誰の影響も受けずにあたし自身のインスピレーションで選んだ苗を植えてベランダを彩るはずだったのでは?
……にもかかわらず、いつの間にかあたしは食べることばかり考えてる。
『咲菜は昔から食いしん坊だからな――』
その場にいないのに母と姉が笑いながら話している様子が手に取るように分かる。
う――ん……。
これでいいのか?あたし……。
煮詰まったところで玄関のチャイムが鳴った。
あたしはふと我に返った。目の前には壁がある。
どうやらまたやらかしてしまったらしい。最近はこの悪癖も影をひそめたと思っていたのだがそうでもないらしい。
茄子ができたら一番にお隣に持っていくことにしよう。




