デートの付き添いは楽しいのか否か
隣の二階堂さんには変な癖がある。
考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。
最初はびっくりしたけど、変な癖だと知ってからは何も怖くはない。
最近では彼女が何かに煮詰まってきている時にお茶を誘うことをあたしも夕凪も楽しみにしているのだけど……残念ながら今日は土曜日なのであたしたちがアパートにいない。
何か用事がある時は別なのだが、大抵土曜日は娘の夕凪と実家に泊まりに行くことにしている。
あたしも実家で少しゆっくりして心も身体も休めることができるし、夕凪はおじいちゃんやおばあちゃんと遊んでもらえるのが楽しい様子だし、両親としても孫は可愛いようだ。
三者三様の土曜日なのだが、それぞれにとって良い休日である。
土曜日は二階堂さんもいないことが多いようだ。
きっと出かけるのだろう。
彼女にとってもいい休日でありますように。
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松沢さんか石岡くんに誘われて3人で呑みに行くことがよくある。
今日も19時から戸塚の焼き鳥屋で飲み会だ。
この二人と飲みに行ってもあたしはただ聞き役に徹しており、大抵は二人のやりとりを見て楽しむだけだ。3人で呑みに行くという話は意外と社内でも有名な話になっており、『二階堂はお邪魔虫だ』と笑いながら軽口をたたかれるほどであるが、別に邪魔しているわけではない。二人があたしを誘うのであたしは行くのだ。
それに……さすがのあたしも一度は断ったことがあるのだが……
『二人で行ってきなよ』
『え――――――っ! やだよ――。石岡くんと二人きりなんて』
『いや……なんで?』
『だってぇ……。二人きりだなんて……。恋人みたいじゃん』
『違うの?』
『やだ! 違うわよ』
『そうなんですか……』
『二人きりなんて恥ずかしくて無理だから』
とまあ……松沢さんは、このように中学生のような反応をしてくるので、ならばあたしも行こうかねと思ったわけだ。
この二人。
口では付き合っていないと言っているし、実際に付き合っている感じでもないのだが、お互いどこか意識しておりなんだかおもしろい。そして石岡くんもなかなかの男前だし、松沢さんもかわいい。
黙っていればお似合いのカップルなのだ。
あたしはそんな二人のやり取りが面白くて、酒の肴にさせてもらっている。
『あの二人と飲みに行って楽しいの?』
……と聞くのは山本杏奈さんで、営業の山本さんの奥さん。気の強い彼女は自分だけが会話の外にいるような飲み会には行きたくないという。
まあ……普通の感覚だろう。
『おもしろそうよねえ。あたしもいきたい』
……と目を輝かせてくるのは相談室の心音さん。
相談室で、人の相談をふんふんと聞くのが仕事の彼女にとっては、二人の甘酸っぱくもくすぐったいやり取りはずっと見ていても飽きないのかもしれない。おそらく心音さんはあたしと同じ感覚なのである。
『ねえ……あんたもなんか面白い話ないの?』
先日。
うっかり地雷を踏んで、姉の電話に出てしまったあたしは、池袋のドトールに呼び出されて、散々訳の分からない乙女ゲームの話を聞かされた。
半分以上は聞き流したのだが、姉の話を聞き続けるということはあたしにとっては微弱な放射線を当たり続けるようなものであり実に身体に悪い。
姉は基本的に自分の話ばかりしている。
だからあたしは『そうなんだ』とか『へええ』とか『すごいじゃん』とか適当に相槌打っていたら、満足するかなと思っていたのだが……そうでもなかった。
こうなると酔っ払いの親父よりも性質が悪い。
『面白い話? あ――。え――と……アパートの大家さんがね』
『それ、この間……聞いた』
『嘘?! 言った覚えないけど?』
『聞いた。いや聞いてないかもしれないけど恋の話じゃなさそうだから却下』
いや。聞いてないだろ。
恋の話じゃなさそうだから却下ってなんだ。
大家さんに謝れ!
と言いたいところだが、実際に口に出すと狂ったように怒り出す姉なので真剣に考えるふりをしてみた。まったくもって面倒な姉だ。
お隣の夕凪ちゃんの方がよっぽど大人である。
『会社の同僚にね……石岡くんって子がいてね……』
姉は目を輝かせて聞き始めた。
そして話し終えた時もまだ目がときめいていた。
無駄にリボンのついたふりふりしたロリータファッションが彼女を少女漫画の主人公に仕立てるのだろう。
やっぱり狂ってる……。
それにしてもあの二人と飲みに行くのはデートの付き添い……という形になるのだろうか。
でも石岡くんも松沢さんも付き合っていないと本人たちは言うし、あたしも一緒にいるからこそ分かるのだがたぶん二人は友人以上ではあるものの恋人ではない。
ただ仲が良いだけだ。
いや……。
てゆうか……付き添いって。
あの二人……あたしより年上じゃん。
ふと我に返って時計を見ると18時を指していた。
そろそろ出なければいけない時間だ。
まあでも、あの二人と飲むのは楽しいから、良しとしよう。




