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隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


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58/201

エビスビールは他のビールの比べて特別なのか否か。

 隣の二階堂さんには変な癖がある。

 考え事をして煮詰まってくると部屋の壁を叩くのだ。

 最初はびっくりしたけど、変な癖だと知ってからは何も怖くはない。

 最近では彼女が何かに煮詰まってきている時にお茶を誘うことをあたしも夕凪(ゆうな)も楽しみにしている。


 どんどんどんどん…


 今夜も壁を叩く音がする。

 4歳になった夕凪(ゆうな)はあたしを見る。

 あたしは夕凪(ゆうな)に言った。

『お姉ちゃん、呼んできてくれる?お部屋でお茶でもしましょうって。』



 --------------



 特別な日には特別なことを……というのは日常生活に少し彩りを持たせてくれる。


 特別と言ってもそんなにスペシャルなことでなくてもいい。例えば夜道を歩いていたら狸を見かけたとか、野良猫がちょっと懐いてくれたとか、楽しみにしていた小説の新刊が出たとかそういうことでいいのだ。


 今日は特別な日……というわけではないのだが、会社帰りに、紫陽花が綺麗に咲いていたのがなんだか嬉しかった。霧雨に紫陽花の青がやたら映えるようで……夕方の少しずつ暗くなっていく時間を物悲しく語っている様子がとてもせつなかった。花を見てこんなせつない気持ちになるのは梅雨のこの時期だけだろう。梅雨が明けてしまい晴れた日が続くとこんな気持ちになることもない。

 夕方の時間帯が胸にキュンとくることなどそうそうないのだ。


『はああ……』


 長いため息が出る。

 でも不思議と嫌な気分ではない。

 会社から帰る帰宅の道のりを何も感じずに歩くのではなく、季節を感じることができるのは幸せなことだ。中にはこういうこととは無縁な少し寂しい人間もいるのだ。


 一見すると何事もないように見える日常も、あたしにとっては特別な瞬間になることがある。

 今日の夕方はそんな時間だった。


 だから……特別な日には特別なことを……。


 自宅近くのスーパーに寄り夕飯の買い物と、食後に食べる予定の草餅と……それからビールを買うことにした。ビールの置いてある棚にはいろんな銘柄のビールがあるのだが、今日は特別な日だからエビスビールを選んだ。

 お会計を済ませてアパートに戻る。

 玄関を開けて中に入るが、霧雨があたしをずぶぬれにしてくれたので、部屋に入る前に、着ていた黄色いポンチョを脱いで、玄関の前で水を切る。黒い長靴だがふちが白くデザインされたもので、実はお気に入りの長靴だが、新聞を引いてその上において乾かしておく。

 いつもなら買ってきたものを冷蔵庫に入れたらラジオをつけて、すぐにベッドに横になり、夕飯前にちょっとダラダラするのだが、今日は濡れた洋服を脱いですぐにシャワーを浴びてから、部屋着に着替えることにした。


 梅雨の時期で暑いはずなのに今日はなぜかちょっと肌寒い。

 暖かいシャワーを浴びるとなんだか生き返ったようだ。

 風呂上がりに髪の毛を拭くと、なんだか髪の毛が伸びたような気がする。また切りに行かないと……と思いながらも早速エビスビールに手が伸びた。


 ぷしゅ!


 炭酸の抜ける音がする。

 タブを空けてすぐにコップにビールを注ぐ。

 すぐさま飲む。

 一気飲みは強要されていなくても一気に飲み干してしまう。

 苦みもコクも、普通のビールとは段違いに違う。まして普段飲んでいる発泡酒の類に比べるとなんて美味しいのだろう。


 エビスビールは特別だ。


 ん?

 でもちょっと待てよ。

 冷静になれ、あたし。


 エビスビールは他のビールと違って価格が少し高めだ。

 確かに特別は特別だし、すごく美味しいし、今日みたいな日に飲むのには最高だけど……そもそも価格帯が違うということは他のビールと比較してはいけないのではないだろうか。

 高価格……ということはそれだけ手間もかかっているし原材料も良いものを使っているということだ。


 う――ん……

 考えが煮詰まったところで玄関のチャイムが鳴る。

 あたしは我に返った。気が付けば空のコップを握りしめて壁の前に立っていた。


 う……いつの間に……


 どうやらあたしはまたやらかしてしまったらしい。

 お隣さんには草餅と……それから夕飯がまだなのでいくつか買ったお惣菜も持っていくことにしよう。


ちなみに二階堂さんが購入したのは500㎖の6缶パックのものです。

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