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隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


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自分探しの旅に出ると自分は見つかるのか否か

 気が付けば暑さが少し緩んできただろうか……


 あたしは夕方の空を見ながらそんなことを思った。

 娘の夕凪(ゆうな)の保育園のお迎えをして、二人でバス停まで歩く。

 4歳の娘の小さな手があたしの右手をぎゅっと握る。

 なんだか幸せな瞬間だ。


 今年の夏もどこにも行かなかった。

 多分、あたしが普通に生活していれば、お盆休みにでも旅行に行っていたのかもしれない。

 貴重な時間をあたしは愚かな行動で台無しにしてしまった。

 そのことには後悔しかないが、こうやって小さな娘と手をつないで歩いているとこれはこれで幸せだなあと感じるのだ。


 秋の空は『釣瓶落(つるべお)とし』

 きっと、バスに乗る頃には真っ暗になっているだろう。 



 ――――――――――



 気が付けば秋風が吹く季節になったような気がする。

 周りを見回すと夕方には赤とんぼが飛んでいるし、少し前まで明るかった夕方も油断するとあっという間に暗くなっている。秋の釣瓶落(つるべお)としというやつだ。


 夏休みにあたしは大分(おおいた)の実家に帰った。

 たまには両親に顔を見せておこうと思ったのだ。大学に入学したあとそのまま卒業後も神奈川に居着いてしまっているので、1年に数回ぐらいは元気な姿を見せるのも親孝行のうちだと思う。

 実家に帰ってもゆっくり過ごす……というわけにもいかず、しっかり畑仕事を手伝ったので、かえって腰が痛い。


 そして姉は帰ってこなかった。


 まったくもってあの姉は必要でない時にはあれやこれやとくだらない話をしつつ、妹を困らせる癖に、肝心な時にはまったく使えない。


 あたしの夏休みはそういう感じでそれなりに実家の雰囲気と大分(おおいた)の自然を感じて、気分もリフレッシュできて良い夏休みだった。


 夏休み明けには、会社ではランチの時間に、夏休みに何をしていたのかという話になる。


 総務にはランチの時間にはけっこうな人が集まってくる。

 ちょうど1階の玄関部分の近くに位置する場所にオフィスがあるものだから、外にランチに行った人間が食事を終えて帰ってきてから雑談するのに都合がいいのだ。


 夏休みに何をしていたか……。

 まあ、大抵はあたしと同じように実家に帰っていたとか、実家に帰らないまでもどこそこに旅行に行っていたとかそんな話で盛り上がる。

 中にはどこにも行かずに過ごしたという者もいるのだけど、それは少数派である。


『俺は自分探しの旅に出てました』


 営業の石岡くんは言った。


 自分探し?

 いや……自分探しとはなんだ?

 自分を探す?

 どこで見つけるんだ?

 そもそも自分を失くすことなんかあるのか?


 そういえば……営業の石岡くんは製造2課の松沢さんと仲が良い。

 いつも一緒にいる。

 あの二人の添え物のようにあたしも一緒にいる。

 誘われるから断るのも悪いと思って付き合っているのだがそれなりに楽しい。

 社内では、いつも一緒にいるこの二人は付き合っているのではないかという噂が流れている。


 まあ……だれが見てもそう思うだろう。


 自分探しの旅とか言っているけど、どうせ松沢さんと一緒だったに違いない。


『自分探し? 何ですか?? それ』


 純粋に分からなかったからそう聞いた。

『一人で旅をしながら自分を見直すんだよ』

『それって旅しなくても良いような気がしません?』

『……いや……そうじゃなくてね……』


 そうじゃないと言われても……自分を見つめ直すなら自宅でもできるではないか。

 あたしなんか毎晩やっている。


『松沢さんとどこかに行ってたんじゃないんですか?』

『まさか。みんな同じこというんだけど、本当に俺と松沢ちゃんは付き合ってないよ』

『そうなんですね……』

『そもそも付き合ってたら、飲みに行くのにいちいち二階堂さん呼ぶのはおかしいだろ』


 確かに石岡くんの言う通りである。

 まあ、別に石岡くんがどこで誰といようが別にそんなことはどうでもいい。

 それよりも……


 自分探しの旅とはなんだろう……


 自分探しなら自宅でもできるような気がしないでもない。

 『自分探し』と言えばそれなりにカッコいいけど、要は単なる一人旅のことなのではないだろうか。


 夜、自宅のアパートに帰った後も、あたしは昼間の会社での会話を思い出しながら、自宅の部屋にあるベッドで寝転んで天井を見つめた。


 自分を探すというのは自分を見つめ直すということ。

 別に旅に出なくてもできることではあるがそこに旅を求めるのは、日常とは違う風景から何かを感じることができるからなのか?

 でもせっかくの旅行にそんなテーマみたいなものを持たせてしまっては、仕事で行っている出張みたいになってしまい、楽しめないような気がする。


 う――ん……


 ハッと気づくとあたしは部屋をうろうろと歩き回り、隣の部屋につながっている壁の前にいた。


 しまった……。

 またあたしはやらかしてしまったようだ……

 幸い……お隣はまだ帰ってきていないようだ。


 あ。

 お隣と言えば……

 後で実家でもらった野菜を持って行ってあげよう。


 それにしてもあたしは自分探し云々よりも、この悪癖を何とかしたい。

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