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隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


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冷やし中華は美味しいのか否か

 夕方……。

 夕凪(ゆうな)の手を引いて『夕焼け小焼け』を歌いながら家に帰ってきたらお隣さんの部屋の電気が消えていた。


 帰りは保育園に寄って、スーパーにも寄るので、うちの方が隣の二階堂さんより帰りが遅いことが多い。

 にもかかわらず、今日は電気がついていないのだから、帰りが遅くなるのだろう。

 まあ……仕事をしていればいろいろ付き合いもあるのだろう。


 それにしても今日は暑かった。

 介護の仕事などをしていると、夏は地獄のように暑い。

 特に入浴介助などは、高齢者が転倒しないように気を使いつつ、必要に応じて身体を支えたり、手の届かないところを洗ったりすることがあり、お風呂の熱気にもあてられて非常に暑い。

 石川五右衛門の釜茹でを思い出させるような暑さだ。

 汗があり得ないぐらい出るし、気を付けていないとこちらが熱中症で倒れそうになることもある。


 あたしは家を出るときはちゃんと化粧をしていくのだが、帰りはすっぴんであることが多い。

 別に好きでそうなっているのではなく、入浴介助をしてしまうとメイクが全部落ちてしまうからだ。

 顔を洗い、ごしごしと拭いてしまうと、あっという間にすっぴんに逆戻りだ。

 それでも職場で化粧をし直すという手もあるのだけど、どうせ仕事が終われば夕凪を迎えに行き、家に帰るだけなのだからもういいやと思い、面倒になって最近はすっぴんのまま帰ることが多くなってしまった。


 すっぴんで髪の毛はボサボサ。

 

 たまに両親が夕凪(ゆうな)を見てくれるので美容院に行くことはできるが、入浴介助云々は抜きにしても、普段、自分のことに構っている暇はない。本来ならあたしの年齢だと、独身を謳歌(おうか)し、目一杯お洒落を楽しんでいるところだろう。

 街中を夕凪(ゆうな)と歩くとそういう女の子をたくさん見かける。

 あたしがこういう生活をしているのは自分の軽薄な過去のせいなので、そこはあまり気にしていない。


 そんなことが気にならないぐらいあたしは今、幸せだからだ。

 誰かのために身を粉にして何かを行うという行為は実は幸せに直結しているのなのかもしれない。


 そうだ。

 今日は冷やし中華にしよう。


 暑かった一日を振り返りながら、ふとそんなことを思い立った。

 だから帰りに寄った小さなスーパーで材料を購入してきた。

 暑い日はなぜか冷やし中華が食べたくなる。


 なぜだろう。


 冷やし中華という食べ物はそこまで美味しいものではないような気がする。

 いや……不味いわけではない。

 美味しいものではないと言っては冷やし中華に失礼だ。


 美味しいのだが、そんなに中毒性はない食べ物なのだ。

 同じ中華でも餃子やラーメンなんかに比べると、そう何回も食べるものではない。

 暑い日に冷やし中華を食べると、冷たい中華麺が心地よいけど、いつも食べたいわけではない。


 どうにも不思議な食べ物である。

 でも……夕凪(ゆうな)は好きなのだ。

 子供にとっては熱々のラーメンなどに比べると冷たくて喉越しの良い冷やし中華は美味しく感じるのかもしれない。素麺(そうめん)や冷や麦などに比べたら冷やし中華は味が多彩だし、言われてみれば夏の定番メニューなのだろう。


 あたしはフライパンで薄焼き卵を焼き、細く切って錦糸卵を作る。

 砂糖を入れて甘めに味付けにしてあるから、さっきから夕凪(ゆうな)がずっとこっちを狙っている。

 最近『手伝う』と言ってはつまみ食いをするようになってきた。

 そういうのが楽しい年頃(としごろ)なのかもしれない。


 ハムやキュウリも細く切る。

 そしてトマトを少し小さめに切って、冷たい中華麺の上に盛り付けていく。

 なんだか、とてもきれいだ。


 あ……しまった。

 紅生姜を忘れた。

 それに材料が結構な感じで余っている。

 夕凪の分は普通の半分以下で、あたしの分に材料をたくさん載せたとしてもあと一人分……。


 困った。


 う――ん……


 考えていると玄関のチャイムが鳴った。

 玄関の向こうには今さっき帰ってきたばかりという感じの二階堂さんがいた。


『こんばんは――。実家から大量に紅生姜が来ちゃって……おすそ分けです』

『ちょうど良かった。晩御飯食べました??』


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