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隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


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悩みがないのは良いことなのか否か

 悩みのない人間なんていないと思うのだけど、問題はその度合いではないかな……なんて唐突に思ったのは仕事の帰り道での出来事だった。


 職場でのメンタルヘルス……

 つまり仕事が原因で心を病んでしまわないようにするためにはどうすれば良いかということなのだけど……その研修に参加したからこんなことを考えてしまったのかもしれない。


 あたし自身も数年前は大きな悩みを抱えて生きていた。

 何せ、昨日まで高校生だったあたしが、子供を産んで社会に出て仕事をし、独り暮らしを始めたのだから、分からないことだらけで、毎日、日常に悩みながら生きていた。


 研修でもやっていたけど……


 悩みは抱え込まず誰かに相談した方が良いと思う。

 あたしも随分、周りに助けられた。

 そして無事に娘の夕凪(ゆうな)と一緒にここで生きている。


 会社帰りのバスの中。

 車窓からは赤い夕焼けが見える。

 ふと夕凪(ゆうな)を見るとあたしにもたれかかって、うとうとし始めている。


 今日は保育園で運動会の練習があったらしく、きっと疲れたのだろう。


 あたしは夕凪(ゆうな)を抱え上げた。

 ずしりと重さを感じる。いつまでも赤ちゃんではないのだ。分かってはいてもこんな時に娘の成長を実感する。


 悩みと言えば……

 隣の二階堂さんには変な癖があって、考え事をすると何かを叩き出す。


 彼女……

 もしかしたら悩みが多いのかな? 



 ――――――――――



 悩みのない人間なんていないと思うのだけど、とりあえず今のところあたしには悩みはない。

 強いて悩みがあると言えば、晩御飯を家で食べるか、それとも焼き鳥屋に行くかぐらいのものであり、まあ、それだって悩みと言えば悩みなのだが、深刻なものではない。


 職場のメンタルヘルス……つまり心を病まないようにするために、悩み事を抱え込まず相談して、悩みが深刻なものだったり、すでに心が病んでいたりする場合は適切な機関につないでくれるという部署がうちの会社にはある。


 それが『相談室』

 そしてこの『相談室』に各部署で持ち回りで『話に行く日』というものがあり、だれかが相談室に行く日があるのだ。


『話に行く日』の希望者は毎回いない。

 相談室に行くというのは何か病気にかかってしまったという悪いイメージが払しょくできないからだろう。


 たいした悩みがないあたし。

 でも退屈な仕事をするなら相談室に行く方がいいので、この機会を積極活用させていただいている。

 これがけっこう楽しかったりする。

 一人でいることが多いので、不愛想だと思われてしまいがちなあたしだけど、案外おしゃべりは嫌いではないのだ。


『お疲れ様です』

『お疲れ様、調子はどう?』


 相談室に入ると室長の那珂心音(なかここね)さんがいる。

 あたしより一回りぐらい年上だろうか。雰囲気が柔らかく話がしやすい人で、彼女は社内では『相談室の心音さん』と呼ばれている。


『ちょっと太りました』

『そう?』

『見た目は変わってないからいいんです』


 あたしは心音さんとひとしきり笑った。


 悩みはないに越したことはない。

 しかし生きていれば必ず何かしらの悩みがあるものだ。

 そんな悩みは程度にもよるが話をすることによって解決する場合が少なくない。解決しないまでも話すことによって考えがまとまって解決策が分かるかもしれない。

 そういった事の手助けをしてくれるのが相談室です……と社内報に書いてあった。


 だからあたしは『話に行く日』が来たら率先していくようにしている。


 決して仕事をさぼりたいとかそういう動機ではない。


『特に悩みというほどのことではないんですけどいいですか?』

 あたしは心音さんに話し始めた。

 一応、相談室に行く時は、話のネタを仕込んでおくようにしている。


『いいですよ。てゆうか二階堂さん、仕事退屈なんでしょ?』

『え? そ、そ、そんなわけないじゃないですか』

『そう? でもここはそういうのでも使っていいから大丈夫よ』

『あ……はい……でも一応、それなりに悩みはあるんです』

『そうなの?』

 心音さんは完全にあたしが仕事をさぼりたくてここに来ていると思っている。

 違う……と言いたいところだけど、100%そうじゃないかと言われたら、けっこう高めの数字で『さぼりたい』という気持ちが沸き上がって来てしまうので、否定もできないところだ。


 こういう時は話題を変えるに尽きる。


『楽して痩せる方法とかってないですかね?』

『ないです』

 即答だった。

 以前に聞いたことがあるのだが、心音さんは学生時代ソフトボールのキャッチャーをやっていたのでこの手の相談は一番してはいけない相手なのかもしれない。

『てゆうか……なんで痩せたいの?』

 さすがの心音さんも少しあきれた顔をして言った。

『少し太ったからです』

『見た目変わらないからいいってさっき言ってたじゃない』

『見た目変わらなく見えます?』

『う――ん』

『でしょ?』

『そっか……自覚はあるわけね』

『もちろんです』

『楽して痩せる方法ってあるかしらね?』

 聞き上手の心音さんだが、たまに質問に対して質問で返してくることがある。

 でもこれはうまい方法で、自分の質問を客観視することができるのだ。

『とりあえず今のところ試してみたものはすべてダメでした』

『だろうね……』

『でもあたしの知らないことでなんかいい方法があればいいなあと思って』

『いろいろ試した二階堂さんが知らない方法をこの体型のあたしが知ってると思う?』

 あたしは思わず心音さんを凝視した。

 肥満ではないが、少しふっくらしていると言われても仕方ない体型である。こんなことを言っては失礼だが、年齢の問題もあるのだろうけど……。

『でも二階堂さんが()()()()()()()()()()で痩せる方法は知ってるわよ』

『え! なんですか!! 知りたいしやりたい!!!!』


 夕方……

 あたしは自宅のベッドで寝転んで天井を見上げた。

 完全にはめられたような気がする。


『有酸素運動がいいらしいわよ。歩くとか走るとか泳ぐとか』


 確かに身体を動かして痩せるという発想はまったくなかった。

 てゆうか、あたしは楽して痩せたいのだけど……

 できる限り身体は動かさずにダイエットしたい。


 そんなあたしの思いとは裏腹に心音さんは有酸素運動を勧めてきた。

 聞けば、高校時代の友人が毎日ジョギングしていて、まったく体型が高校の頃と変わっていないらしい。

 そんなん知らん……と言いたいところだが、そうも言えず……。


 結局、あたしはジョギングをすることを約束させられてしまった。

 この手の相談を一番しては行けない人にあたしは相談してしまった。心音さんはしっかり話を聞いてくれるから本当に悩みがある場合は相談室を利用した方がよいのかもしれないが……


 ダイエットの相談だけはしない方がいいのかもしれない。

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