そこそこ美人……というのは誉め言葉なのか否か
夕方……。
夕凪と家に帰ってきたらお隣さんの部屋の電気が消えていた。
帰りは保育園に寄って、スーパーにも寄るので、うちの方が隣の二階堂さんより帰りが遅いことが多い。
にもかかわらず、今日は電気がついていないのだから、帰りが遅くなるのだろう。
まあ……仕事をしていればいろいろ付き合いもあるだろうから仕方ない。
今日は一緒にお茶ができないなあ……なんて思っていたら夕凪も同じことを思っていたようだった。
『お姉ちゃん、今日は来れないね』
4歳にもなると女の子は急に大人っぽくなる。
ビックリするようなことを言ったりもする。
保育園にお迎えに行くと同じ年齢の男の子は夕凪と比べると幼稚だ。
シングルマザーのあたしは女の子のしっかりさにずいぶん助けられているのだけど……それでも男の子の年齢相応の幼稚な反応を目にしてしまうと……かわいいなあ……と心から思ってしまう。
どっちが可愛いかと言えば、それはどっちも可愛いのだろうけど……
ないものねだりというか……男の子もいいなあ……なんて思ってしまうこともある。
そういえば……
可愛いと言えば……
よく……
そこそこ可愛いとか……そこそこ美人とか……
言われることがある。
これ……誉め言葉なんだろうか? と訝ってしまうことがある。
ただ……『そこそこ』って便利な言葉なのかもしれない。
確かにあたしはものすごく美人ではないし、ものすごく可愛いわけではない。
親にとってはものすごく可愛いのかもしれない。
あたしだって夕凪はものすごく可愛いけど他人からしたらどうだろう。
やっぱり……
そこそこ可愛いし、そこそこ美人なのかもしれない。
本当に便利な言葉だ。
他に何かいいようはないのだろうか。
夕飯を作るために台所に立って野菜を切りながらあたしはまったく夕飯とは関係ないことを考える。
二階堂さんなら何かを叩いて考えだすところだろう。
あたしはそういうわけにはいかない。
てゆうかそんな変な癖はない。
そこそこっていう言葉……
いらないんじゃないかな。
普通に『美人』でいいんじゃないかな。
よく……痩せれば美人という言葉があるけど、そういう人は太っていても顔立ちがくっきりして可愛い顔をしているからそう言われるわけだ。
なら何も痩せればとか言わなくてもいいような気がする。
顔立ちがくっきりしてキレイ……と良いところだけ言ってあげればいい。
その方がお互いの為だ。
あえて痩せれば……とかいって太っていることを思い出させなくてもいいのではないか。
あ。
でもそういう人って太っているから美人に見えないけど、よく見たら美人……ということであって、良いところばかり言うということはやっぱり嘘になってしまうのかもしれない。
う――ん……。
考えが煮詰まったところで玄関のチャイムが鳴った。
『は――い』
『こんばんわ――』
そこにいたのは満面の笑みのそこそこ美人な二階堂さんだった。
手にはスーパーのお惣菜。
きっとつい買いすぎてしまったのだろう。
今日は一緒にご飯でも食べましょう。




