表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

103/201

車窓から見える水平線に沈みゆく夕陽はため息がでるものなのか否か

『ひなたって誰?』

『え??誰のことだろ?』

『なんか怪しいなあ』


 別に隠したわけではない。

 確かに『ひなた』は石岡くんが好きだと言っていた女の子の名前ではある。

 どこの『ひなた』かは知らない。『ひなた』と彼がどんな関係かも知らない。てゆうかそもそも聞き流していたからよく覚えていない。聞き流した……ということはたいした話ではないということだ。

 だからよく覚えていないとしても、別に大きな問題になるような話ではない……と思う。


 どうなんだろ?

 実際のところは自信はないが……。


『怪しくなんかないよ』

『そう?』

『なんだろ……説明ができないことって世の中たくさんあるじゃない』


 我ながら苦しい論理だ。

 ぶっちゃけた話、そんなに深刻な話ではない。

 もし深刻な話で、石岡くんが本当にこの『ひなた』なる人物に恋をしているということならもっと真剣に話を聞いていたはずなのだ。だから正直に話しをしてしまいたいところなのだが……記憶が断片的にしか思い出せないのに、『ひなた』が石岡くんの好きな子の名前であることを言うのは間違いなく誤解を呼ぶだろう。

 彼はもしかしたら……女の子の名前は『ひなた』という名前がかわいらしいと言ったのかもしれないし、親戚の女の子で『ひなた』という子がいて可愛くて仕方ないという話だったのかもしれない。

 はっきりした記憶はない。

 だけどおそらくはその(たぐい)の話なのだが……とにかくちゃんと聞いていなかったから、はっきりしないのだ。

 だから誤解を呼ぶこの情報をそのまま流すわけにはいかない。


『咲菜は人の話をちゃんと聞かないからなー。絶対それで失敗するよ』

 姉の言葉が今になっては突き刺さる。


 ただそうは言うものの……。

 姉の話などくだらないことこの上ないし、独りよがりな独り言に近いような話なので聞く価値もないと思って聞き流していたのだけど、長い間、そんな姉を相手しているうちにあたしは興味のない話を聞き流す癖がついてしまったのだ。

 姉のせいにはしたくはないが、要はそれだけ興味のない話を聞くのは苦痛だということだ。


 でもやっぱり、こういうこともあるわけで……

 これからはちゃんと人の話は聞くようにしよう。

 あたしはひそかに心に誓った。


 幸いなことに、松沢さんは(いぶか)しげに『ふうん』とだけ言って、登山道を歩き始めた。


 下り坂が多くなったのは山道も終わりが近づいている証拠だろう。

 さて、これから鎌倉を少し歩いて、江ノ電に乗って江の島を見て、江の島から湘南モノレールで大船に戻ってから……美味しい焼き鳥が待っている。

 もう酒さえ飲んでしまえばこっちのものだ。

 松沢さんもさっきのことは忘れてくれるだろう。


『はああ……』


 ところが相模湾に沈む夕陽を江ノ電から眺めた時に、松沢さんは怪しげなため息をつき始めた。

 確かに車窓から見える夕陽はため息がでるほど美しかった。何かに訴えかけるような赤い夕陽が遠い水平線の向こうに消えていく風景を江ノ電の車窓から眺めるのは格別である。


 あの赤い夕陽は何を言いたいのだろうか。

 何かを言いたいのかもしれない。

 あの燃えるような赤さの中に何かを訴えたいのかもしれない。

 それが何かはわからない。

 でもわからなくてもいいのだ。

 何かを訴えかけているこの風景から、感じるものがあるだけで気持ちは満たされる。

 もしかしたら夕陽はそのためだけに燃えるような赤をここで見せてくれているのかもしれない。


 ため息がでるのはあたしも同じ。

 でも松沢さんのため息とあたしのため息は同じため息でも、感じるところが全く違う。


 先にため息をついたのは松沢さんだった。

 ため息のイントネーションであたしは彼女が何を考えているのかが分かる。

 いかんせん、彼女はあの姉と似たところがあるのだ。

 そういうことに関してはあたしは敏感になっている。


『はあ……あ――あ……』


 言いたいことがあればはっきり言えばいいのに……

 そんなことを思ってしまう。

 普段の切れ味鋭い語り口が嘘のようだ。


『どうしてなのかな……いつの間にこんなことになったのかな……』


 知らない。

 ……とは答えられないので心の中でもう一度呟いてみる。


 知らない。


『そういえば……さっきの『ひなた』って何?』

『え?!それ、このタイミングで思い出す??』

『どのタイミングでも気になるものは気になるわよ』

『まあ……そりゃそういうものですけど、現時点では言えないなあ』

『何よそれ。どういうこと?』


 どういうことも何もない。

 泣きたくないなら余計なことは詮索しないことだ。


『まあ、世の中、知らない方がいいこともありますからね』

『余計に気になる!教えて!!』

『え――』


 う――――ん……

 どうしようか……

 下手な伝え方したら絶対に荒れるだろうな。

 どうせ伝えるなら断片的な記憶ではなくちゃんとした情報がきちんとそろった時点で伝えたい。


 あたしは両手の指で頭をコツコツとたたいて考えた。


 今日はこの悪癖がたくさん出る日だな。

 まったく……ろくなもんじゃない……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ