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隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


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友達以上恋人未満というのはありなのか否か

 炭の香りと煙がお店の中に充満している。

 時間は19時を過ぎているから店内は他のお客さんも多い。

 焼き鳥が焼けるいい匂いが煙の臭いに交じっており、誰かに何かを言われているわけではないのだけど、何か少し追い立てられているような気持ちになる。そんな気持ちも奥の座敷に入ると今度は気持ちが落ち着いてくる。


 湘南モノレールで大船にたどり着いたあたしたちは結局、戸塚まで帰ってきてしまった。

 住んでいる戸塚には見慣れた風景がある。

 たった一駅なのに大船よりも戸塚の方が落ち着くのはなぜだろうか。

 『住めば都』なんて言うけど、すでにあたしにとっては大分の実家よりも戸塚の方が落ち着くのだ。


 戸塚には行き慣れた馴染みのお店がある。

 それに住んでいるところから近いから帰りも楽だ。

 

 このお店は戸塚図書館の近くにある。

 一人でゆっくり楽しめるカウンター席もあれば、みんなでワイワイやるための奥の座敷もあり、とてもいいお店だ。


『で……ひなたって誰??』


 居酒屋で飲みながら説明すると、つい言ってしまったので後に引けなくなった『ひなた』の存在。

 てゆうか、正直あたしもよく分かってないんだよなあ……。


 それにしてもなんだか変なことになっているような気がする。

 松沢さんの必死な表情を見るとなんだかあたしが責められているような感じになっている。

 

 おかしい……


 なんであたしが責められなければならないのだ。

 浮気がバレた男の気持ちというのはこういうものなのだろうか。

 てゆうかそもそも石岡くんは松沢さんと付き合っているわけではないのだから、浮気というのも違うだろうし。

 いやいや……落ち着け、あたし。

 そういえばあたしは石岡くんじゃないのだから責められる所以(ゆえん)はどこにもないのだ。


『どこから話したらいいのかな……』

『どこから??』

『うん。というのも正直に言うとね……あたし、ちゃんと話聞いてなかったから情報も断片的でしかないんですよね』

『断片的?なんでちゃんと人の話、聞かないのよ――。二階堂ちゃんそういうとこあるよね――』


 不満気な顔をして松沢さんは言った。

 そんなこと言われたって……。


 登山で疲れた体にはアルコールがよく回るのか、松沢さんの顔は少し赤くなっている。

 そして声も少し大きい。


『まあ……それは置いといて……』

『置いといていいものかどうか迷うけど、今日のところは見逃しとくわ』


 今日のところ……いやずっと忘れていただいても大丈夫です。


『そういうことを踏まえて聞いてもらいたいんだけどね』

『分かった。大丈夫』


 大丈夫?

 本当に??

 大丈夫じゃないような気がするのはあたしだけか?


『その前に……松沢さんはどうするつもりなんですか?これから』

『どうする?どうするって??』

『いや、だから友達以上恋人未満を続けるつもり?』

『うん……まあ、とりあえずは……』


 自分から自分の気持ちを伝えるという行為は、案外、女子にはハードルが高い……ような気がする。

 あたしにはよく分からないのだけど、確か、そんなことを姉がまくしたてていたような気がする。聞き流していたからよく覚えてないけど。

 だから松沢さんのこの反応も分からんでもない。しかし友達以上恋人未満という関係は永遠に続くものではない。というのも最初は友達で、付き合っているうちに友達以上の関係になる。でもこの時点では恋人未満なのだ。

 ここから時計が止まることはない。

 何事においてもそうだが、中途半端な関係というのは存在しないのだ。

 時計の針が進むにつれて、この中途半端な関係を前に進めなければならない。


『恋愛にどっちつかずはないのよ』

『え?』

『て……ある人が言ってた』

『ある人?』

『姉ちゃんの言葉なんだけどね』


 こんなところであの姉の言葉が役に立つとは思ってもいなかった。

 姉の話はあたしにとっては本当にくだらないことが多いので基本的には適当に聞き流しているのだけど、話している方としては適当に聞き流されていることを敏感に感じるらしい。

 話の最中で何度か『ちょっと、あんた聞いてるの?』と言われるのだ。


 だけど、興味のない話を聞き流して何が悪いのだ。

 聞いているだけありがたいと思ってほしい。

 と……正直な気持ちをぶつけたところで、彼女には通じないだろう。

 せいぜい……『あ、そうなんだ。まあいいや。ちゃんと聞いてよね』と相手の気持ちなんかお構いなしに話を続けるに違いないので、口には出さない。疲れるだけだし。


 聞き流されるのはそれなりに嫌らしいので、姉はくだらない話をちょいちょい名言風に話してきたりする。

 これが悔しいことに耳に残るのだ。

 そして耳に残ったその言葉こそ『恋愛にどっちつかずはない』という言葉だったりする。


 おお。

 実は名言風というより……意外なことに名言だったんじゃん。

 びっくりした。


『そっか……お姉さんの言葉か……確かに言えてるのかもしれないなあ……』

『まあ、姉ちゃんの言葉をそのまま受け取ると、松沢さんがこのままの関係で満足するということは一歩下がって石岡くんとは友達のまま……』

『それは嫌!』


 食い気味で松沢さんは言った。

 そりゃそうだろう。

 誰が見たって彼女が石岡くんのことが好きなのは明らかだ。石岡くんだっておそらく彼女のことが好きなはずだ。二人は両想いなはずなのだ。


 てゆうか……もう……

 なんてめんどくさいロミオとジュリエットなんだろうか。

 もうどうでもいいのでさっさと駆け落ちでもなんでもしてくれないかな。


 あたしは店員を呼び出してビールのおかわりを頼んだ。

 身体を動かした後のビールはなんでこんなに美味しいのだろうか。

 そんなことはいい。

 それよりも……。


 空になった中ジョッキの底を机の上に軽くぶつけてみる。

 ゴン!という少し重たい音がする。

 ゴンゴンゴン!

 なんか名案はわかないだろうか。


『それにしても……石岡くんそんなにいいかねえ……』


 あたしは思わずつぶやいた。

 いや、石岡くんがどうのこうのというより、そんなに恋愛って楽しいものかねえ……という意味でつぶやいたつもりだったのだけど、これが功を奏した。


『二階堂ちゃん!それはちょっと聞き捨てならないわよ!』

『ん?そうですか??』

『そうですか?じゃないわよ。石岡くんはあれでもって瑛太に似てカッコいいし、人の気持ちを理解できる人だし、優しいし……』


 途中まで言って松沢さんの目にはいっぱいの涙が浮かび始めた。

 分かった分かった……だからもう泣くのは勘弁してくれ。


『もう! 電話する!!』


 え??

 何??

 何が起こってる???


『もしもし、石岡くん?』


 松沢さんが持っているピンク色のスマホケースに収まっているスマートフォンから石岡くんの声が聞こえる。

 最近の電話機は性能が良くなったなあ……などと余計なことを考えながらあたしは成り行きを見た。

 そういえば『ひなた』の存在はうやむやになったな……よかったよかった……。


『おお、どうしたの?』

 石岡くんの呑気な声が聞こえる。

 もしかして……この人、何も感じてなかったとか?

 まあいいけど。


『あのさ……』

『うん、どした?』

『今から飲みに来ない?戸塚のいつものお店にいるんだけど。二階堂ちゃんもいるよ』


 少し前のめりになって話を聞いていたあたしが思わずこけそうになったのは言うまでもない。


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