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隣の二階堂さん  作者: 阪上克利


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良い景色は食事を美味しくするものなのか否か

 ついに……と言うべきか。

 来るべきものがやってきた。


 松沢さんに登山に誘われたのである。


 この優柔不断なジュリエットの恋にいちいち首を突っ込むほどあたしは暇ではないし、そんなに興味もない。姉は時折、あたしのスマートフォンを鳴らしては松沢さんと石岡くんがその後、どうなったのかを聞いてくる。

 こういう話は姉の大好物なので、それはもう、生簀(いけす)に餌を蒔いた時の魚のように受話器の向こうで一方的に何かをまくしたててくる。

 本当にいい迷惑だ。

 しかもめんどくさいから途中で適当に聞き流していると、ちょいちょい『あんた聞いてるの?』と挟んでくる。

 まったくもって性質(たち)が悪いのだ。


 姉は以前にこの二人の間を取り持つという話をしたはずだ。

 しかしそんな話はどこへやら忘れ去られている。

 たぶん最初からそこまでする気はなかったのだろう。

 とにかくこの人は、人の恋の話を聞きながら自分に投影したり、その恋の行方を予想したりするのが好きなのであって真剣に考えているわけではないのである。


 さて……

 そういったことを知ってか知らずしてか……

 松沢さんはあたしを登山に誘ってきた。

 そもそもあたしたち二人はちょくちょく登山に行っては帰りに居酒屋で飲んで帰るという二人きりの女子会を開いている。


 これは案外楽しい。

 身体を動かしたという安心感からか……『こんなに食べたら太ってしまう』という恐怖心にかられることなく食事もお酒も楽しめるので実に健康的な趣味と言えよう。


 ただ今回だけは気が重い。


 登山の最中にあの話がでるのは間違いないと思ったからだ。

 あの話……。

 つまり石岡くんとの話である。

 彼女は石岡くんと仕事のことで喧嘩してから気まずい感じになっている。

 それまでは普通に仲良く遊んでいたのだ。

 友達以上恋人未満だったのである。

 でも喧嘩をしてしまい……気まずくなってしまった。

 お互いが意識していることが()しくも喧嘩することによって浮き彫りになってしまったのである。


 相談に乗るのが嫌だからという理由で誘いを断るわけにもいかない。

 なんとかしてあげたい……という気持ちは……はっきり言ってまったくないが、それでも話を聞かないわけにはいかないだろう。


 気が重いがあたしは登山に行くことにした。


 登山と言ってもそんなに本格的な登山の装備を持っているわけでもない。

 大体……帰りの居酒屋がメインの登山なのだ。そんなに本気で登山する気など最初からない。だから高い山には挑戦しないし、装備も動きやすい服装に普通の運動靴という出で立ちである。

 あたしたちが言う登山とは、どちらかと言えばハイキングに近い。


 ただ、それでも秋晴れの中、晩秋の少し冷たくなった空気を吸いながら山道を歩くのはとても気持ちが良いものだ。


 あたしたちは円海山という山を歩くことにし、登山道を通って鎌倉まで行くことにした。


 京浜東北線で『大船』から3駅ほどの場所で『洋光台』という駅で降りる。

 駅前から少し街の中を歩くが、それもまた面白い。

 洋光台は何もない街だけど、それがまたいいのだ。

 人が住んでいる息遣いがする。

 休日には休日の空気がしっかり漂っており、その中を歩くと気持ちがとても休まるのだ。


 オフィスビルがない住宅街で、団地がたくさんある街並みは、仕事をする場所というより、生活を楽しむところという感じがする。そんな街並みが心を癒してくれるのかもしれない。


 あたしたちはとりとめのないことを話しながら登山口まで歩いた。


 この優柔不断なジュリエットは自分の恋愛の話以外なら実に切れ味がよく、竹を割ったような性格で何を話していても気持ちが良い。

 そんな性格なのになぜ自分のことになるとあんなに奥手なのだろうか。


 もしかしたら人を好きになるというのはそういうことなのかもしれない。

 自分の気持ちを伝えればいいということではない。

 相手の気持ちも考えなければならない。

 それに自分の気持ちを伝えても相手には伝わらないかもしれない。もしかしたら相手の都合で、相手も自分に気持ちがあっても断られるかもしれない。

 いや、それならばいい。

 相手にはまったくその気がなく、断られるかもしれないのだ。

 そう考えると片思いというのは実に恐ろしい……。


 洋光台から『峰』というところまで歩き、登山道を歩きながら鎌倉の二階堂というところに出る登山道はけっこう長いコースである。


 山道をしばらく歩くと山小屋のような休憩場所があり、屋外にはテーブルと椅子がいくつか用意してあり、そこで休憩できるようになっていた。

 売店にはいろんなものが売っている。

 その中には、籠の中から銀杏をひとつかみして、その銀杏をその場で焼いてくれるというものがあった。


 あたしは松沢さんと顔を合わせた。

 ちゃんと冷たいビールまで置いてある。


『ねえ。二階堂ちゃん。ちょっと早いけど……』

『ですね。飲みましょ』

『うふふふ』

『うふふふふ』


 あたしたちはふざけて変な笑い方をしながら銀杏を購入して缶ビールを買った。

 焼いた銀杏を手でぺきっと割って、中身を口に放り込むと熱い銀杏の実からほのかに独特の香りが広がるのだけどそれがたまらなく癖になる。触感はもちっとしている。備え付けの塩をつけて食べても美味しいのだけど、銀杏のそのままの味を楽しみたいということと、ただ単にめんどくさいということが相まって塩はあまりつけない。


 もちもちした食感と香ばしくて少し癖のある味を冷たいビールで流し込む。


 幸せな瞬間だ。

 峠の休憩所まではそれなりに歩いたから、ちょっと汗もかいている。だから秋も深まり気温が少し低くなったこの時期でもビールがとても美味しい。

 山のいい景色や自然の空気の中で呑むお酒は本当に最高だ。

 お酒にしても食べ物にしても、いい景色や空気感が味を良くするというのは多々あることだ。


 あまり飲みすぎてしまうと残りの鎌倉まで歩く道のりがしんどくなる。

 ただでさえあたしはあまり体力がないのだ。

 お酒はすべて終わってからの楽しみにしておこう。


 そんなことを思いつつあたしは呑み終えた缶ビールの空き缶をゴミ箱に捨てた。

 ふと松沢さんを見たら、彼女は2本目のビールを購入していた。


 学生時代、バレーボールをやっていた彼女は間違いなく体力はあたしよりはあるのだけど、お酒に関してはそんなに強くはない。飲みすぎてよく泣いている。そう。彼女は泣き上戸なのだ。


『あのさ……。あたし……どうすればいいんだろ』

 松沢さんは2本目のビールをぐびぐびと飲んでから、意を決したようにあたしを見つめて言った。


 そんなに見つめられても……。

 う――ん……。


 銀杏の殻を手に取ってそれとなくテーブルを叩いてコツコツと音をたてる。

 またあの悪い癖だ。

 ただこの問題に関する解決策をあたしは持っていない。


 どうすればいいってそんなもんこっちが聞きたい。

 どうすんだ?これ……。

次回に続きます。

長くなってすみません。

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