お酒の代わりに珈琲を飲むことは知性を磨くことにつながるのか否か
仕事が終わってからのビールは美味しい。
夏が終わり、ちょっと肌寒くなり、暖かいものが美味しい季節になったにもかかわらず、やっぱり仕事終わりの冷たいビールは美味しいのだ。
夏の暑い時期には『暑いから』と言い訳して呑んでいたのだけど、よく考えてみたら暑かろうが寒かろうが、好きなものは好きなのであり、寒いからと言って呑むのを辞めるということはないのだろう。
あたしはいつもと同じように仕事を終えてから、ベスパにまたがって家に帰る途中にある近所のスーパーによってエビスビールを購入しようとした。
『お姉ちゃん、元気そうだな』
あたしのことを『お姉ちゃん』と呼んでくれるのは、お隣の夕凪ちゃんと、体調が悪くなった時によく掛かる内科のおじいちゃん先生だけだ。
スーパーで会ったのは内科のおじいちゃん先生……確か名前は秋山先生だったと記憶している。
『あ。先生』
『またそんなに呑んで……』
先生はあたしが持っているカゴを見て苦笑した。
確かにエビスビールの500㎖が6本のセットと『安心院蔵』という麦焼酎の瓶が1本入っている。『呑みすぎ』と言われてもおかしくない量ではあるが、別にこれを1日で呑むわけではないのだ。3日ぐらいかけてゆっくり呑む。
『いやいや、先生だって変わらないじゃないですか』
あたしは先生のカゴを覗き込んで言った。
この人。
確かに医者だからお酒の飲み過ぎは良くないと患者に言うのが仕事なのだろうけど……人にはそんなことをいっておきながら自分はしっかり一升瓶の芋焼酎を買おうとしているのだ。
『いや、これはだな。時間をかけてゆっくりと呑むからいいんだよ』
『ホントですか? 少し前にも同じもの買ってるの見ましたよ』
『ははは。見られとったか。まあ、医者の不養生というやつだな。いずれにせよお姉ちゃんは若いんだから呑みすぎるなよ』
それにしてもなぜ呑み助というのは『時間をかけてゆっくり呑む』などと言い訳するのだろうか。
時間をかけようがかけまいが、たくさん飲んでいる事実は変わらないではないか。
そんなことを思いながらあたしは一人苦笑した。
先生と別れ、スーパーで必要なものをいくつか購入して、ベスパに乗って自宅に帰った。
アパートの古びた階段を昇りながらあたしはふと思った。
やっぱり最近呑みすぎなのかもしれない。
別になにか身体の調子が悪いというわけではない。
太ったということもない。
でも……気をつけるのは、調子が悪くなってからでは遅いし、太ってからでは痩せるのは大変だ。
玄関を開ける。
部屋の電気をつける。
秋も深まったので家に帰るころには部屋は真っ暗だ。
冷蔵庫に買ってきたものを入れる。
そういえば今日の夕飯は何にしようか。
作り置きしているおかずがあるのでそれで済ませてしまおうか。
エビスビールを冷蔵庫に入れる。
冷えていないとビールは美味しくない。
もちろん買ってきた時にもそれなりに冷えているのだけど、一晩、冷蔵庫に入れてきんきんに冷やしておく。その方が断然美味しい。
『またそんなに呑んで……』
先生の言葉がふと頭をよぎる。
ちょっとお酒は控えてみようか。
せめて今日だけでも辞めてみようか。
こう言っちゃなんだが、別にお酒を呑まなくてもそれなりに毎日は楽しい。
まあ、呑めたら呑めたで楽しいのだけど、あたしの生活はそんなにお酒に依存しているわけではない。
う――ん……。
あたしは台所のテーブルに座って自分の生活を改めて見直してみた。
コンコンコンコン……
考え事をしていると無意識のうちに何かを叩く悪癖は辞めたいのだが未だに治らない。
左手で頬杖を突きながら、右手の指でテーブルをコンコンと叩きながら、毎日の生活を振り返ってみる。
……なんだかんだ毎日呑んでるなあ……
やっぱりこれは良くない。
お酒は美味しいけど毎日飲むのは、いかにも不健康だし……知性に欠けるような気がする。
ふとテーブルの端に置いてあるコーヒーメーカーが目に入る。
そういえばコーヒー。
使う豆によって味がすごく変わるというのを聞いたことがある。
美味しいコーヒーを飲みながら読書をする。
うん。
かっこいい。
家に帰って作り置きのおかずを肴にエビスビールを呑む生活に比べると実に知性的だ。
あたしもそういう知性を磨くようなことをそろそろしなければいけない時期にきているのかもしれない。
まあ……コーヒーを飲むことが知性を磨くことと関係があるとは思えないのだけど。
少なくとも、毎日、酒を呑むよりは身体に良さそうだ。




