02
「うう……気持ち悪い……」
展示会の後、またもフラスコの中で撹拌された伊織は意識を失っていた。
翌朝、意識を取り戻した伊織はのそのそとフラスコから這い出した。
無人の実験室の扉を開けて廊下の様子を窺うと、いつものように黄色の毛並の犬型ホムンクルスが掃除に励んでいる。
「おはよう、トリア。ウォルターさんかメモリアは何処かな」
名前を教えてもらい、相手が人語を解するという事もあり今では仲良しになっていた。
「ワン!」
尻尾をぱたぱたと振りながら、先導するように歩きだした。
三階を素通りして二階に下りたかと思うと、二階も素通りして一階へと下りて行く。
「あれ、誰か来てる。お客さんかな……?」
玄関に知らない人間の姿が見える。数人を相手にフィードとグラティアが応対しているようだ。しかし気のせいだろうか、どうにも不穏な空気が漂っている。
「イオリくん……! イオリくん……! そっちに行っちゃ駄目です……!」
背後からの声に振り返ると、扉を半分開けてメモリアが顔を出している。
「お、おはようメモリア。もしかして、何かあったの……?」
「イオリか。もう少し寝てると思ったんだが、今日は早起きだな」
「寝てたんじゃなくて気絶してたんですよ!」
抗議の声を上げるが、ウォルターは聞き流している。伊織の抗議が聞き入れられないのは今更だが、それとは別に今は別の事に興味が行っているようだ。
ウォルターの右眼にはこの間の片眼鏡が掛けられている。それを通して何を見聞きしているかは何となく察しがついた。
「あのー……何なんですか、あの人達……?」
「……ふん。俺の噂を聞きつけたハイエナ共だ。どうやら、大人しく引き下がるつもりはないみたいだな」
手渡された片眼鏡を装着すると、フィード達の様子が伝わってくる。
「――――我々は一言ウォルンタース殿に挨拶させて頂きたいだけなんですよ。取り次いでもらえませんかねぇ?」
「ですから、何度も申し上げている通り、ウォルンタース殿は約束の無い方とはお会いになりません。用件があるならお伝えして後日こちらから連絡させて頂きますので、今日の所はお引き取り下さい」
「いやいや! せっかくこうして出向いた訳ですし、せめて一言だけでも御挨拶を」
中年の男達が視界に映っている。言葉こそ丁寧なものだが、二十歳そこらのフィード達を侮っているのが態度の端々にあらわれている。どうやらこの問答を延々と繰り返しているようだ。
「え、と……この人達はウォルターさんに挨拶をしたいだけみたいですし、別に会ってあげても良いんじゃ……」
「おいおいイオリ、いくらなんでもお人好しすぎるぞ。この手の連中が素直に挨拶だけで帰る訳がないだろ。何だかんだと理由をつけて、自分の都合を押し付けるに決まっている」
「は、はぁ……」
いまいちピンと来ない伊織だったが、ウォルターはこういった手合いには慣れているのだろう。門前払いを決め込んでいるようだ。
「やれやれ……それでは用件を変えましょうか。――アルマトゥラ!」
「な!? ちょっと、何をしてるんですか! 許しもなくホムンクルスを入館させるなど、非礼ですよ!」
客が声を上げると玄関の扉を開けてホムンクルスが入ってきた。グラティアの抗議にも耳を貸す気は無いようだ。
ホムンクルスは全身鎧を纏う人間のような姿だが、その身長は2メートルを超えている。拳は人間の倍ほどの大きさもあり、人型ではあるが人間型ではない亜人型だ。
「このアルマトゥラは我々が新たに規格を設定したホムンクルスでしてね。是非、ウォルンタース殿の意見を仰げればと思いまして」
「いやいやいや! 駄目ですって! 早く外に出してあげてください! こんな所をウォルンタース殿に見られでもしたら――――!」
「もう遅いぞ、フィード」
「あ、あれ!? ウォルターさん!?」
何時の間に移動したのか、視界に映るウォルターの姿に伊織が驚きの声を上げる。
「おお、ウォルンタース殿! お目にかかれて光栄です!」
「ふむ、金属質のホムンクルス……用途は労役と戦闘、といった所か……」
「その通り! このアルマトゥラは我々フェルス商会の技術の粋を集めた最高傑作――――」
「三流だな、話にならん。あらゆる点で中途半端だ。マテリアルの無駄としか言いようがない」
熱を帯びた演説はいきなり冷や水を浴びせられた。こうなる事を予想していたのか、フィードは目ていられないとばかりに目を覆っている。
「な、ななな……!」
「そもそも、労役にしろ戦闘にしろ、二足型を精製するなら半端な大きさは無意味だ。おまけに単なる金属質の表面だと? 硬度を求めるなら、専用の術式を仕込む方が遥かに効率が良い。これで『技術の粋を集めた』とは笑わせる……どれだけ高くガラクタを積み上げようと、ゴミはゴミなんだよ」
「――――ッ!!」
情け容赦の無い批判に晒され、客達の顔が一気に紅潮する。恐らく商会でもそれなりの立場にいるため、こういった直接の批判に慣れていないのだろう。
「こ、このアルマトゥラが、ガラクタ……! ゴミ……!? そ、そこまで言われて引き下がれると思いますか?」
「なんだ、本当に役立たずか証明しろとでも言いたいのか? 俺は別に構わんぞ。……相手をしてやれ、トリア」
「ワン!」
呼ばれて現れたのは黄色い毛並の小犬型ホムンクルス。
「な、なな、なななな……!」
愛玩用にしか見えないホムンクルスを用意され、客達の怒りは頂点に達していた。
「だが流石にここじゃ不味いか。とりあえず外に出て――――」
「潰せェ! アルマトゥラァ!」
「オオオオォォ!!」
完全にキレた主人の命が下り、アルマトゥラはその剛腕をトリアへと振り下ろした。
玄関のタイルが砕け散り、フィードとグラティアが慌てて避難している。
「拳がでかけりゃ当たるとでも思ったのか? 遅いんだよ」
トリアは軽快な動きで拳の一撃を回避していた。それどころか、拳に飛び乗ると腕を伝って一気にアルマトゥラの喉元に食らいついた。
「む、無駄な事を! ただの犬の牙が通るとでも――――」
ミシリと音を立て、術式で強化されたトリアの牙が金属質の表皮を貫いていた。
「言っただろうが。硬度を求めるなら専用の術式を仕込めと。……もう良いぞ、トリア。終わらせろ」
ウォルターが命じた次の瞬間、トリアの全身から紫電がほとばしった。紫電は牙を伝いアルマトゥラの内部に注ぎ込まれていく。掃除用に纏う微弱な静電気とは一線を画する、直視すれば目がくらむ程の強力な電撃。
「オ、オオ……ォ……」
電撃に内側から焼かれ、ぶすぶすと黒い煙を上げながらアルマトゥラは崩れ落ちた。
「ば、馬鹿な……アルマトゥラが一撃で……」
「馬鹿な、じゃないだろ。馬鹿はお前らだ。ただの金属で出来たホムンクルスなんざその程度のものなんだよ。防御術式はおろか絶縁機能すら仕込まなかった自分達の怠慢を反省しやがれ」
項垂れる客達にトドメを指すと、白衣をひるがえして去っていった。
「あ、あぁ……なんという事だ……」
「さて、傷心の所に申し訳ないのですが」
肩を落とす男達にグラティアが詰め寄る。その額には青筋が浮かんでいる。
「この始末はどうつけて頂けるのでしょうか?」
玄関はアルマトゥラの一撃により、床のタイルが粉砕され大穴を空けられていた。
他にも金属質の巨体が倒れた事で広範囲にキズと亀裂が走っている。
「こ、これは……その……!」
頭が冷え、ようやく自分達のやった事が理解できたようだ。家主に許可なくホムンクルスを連れ込み、あまつさえ建物を破壊したのだ。ついカッとなってやりました、で済む話ではない。
「とりあえず、今からフェルス商会に伺いましょうか。今回の一件、どういうおつもりなのか、会長に問い質させて頂きます」
「ま、まま、待って下さい! しょ、商会には知らせないで下さい!」
「補償なら我々が責任を持って全うさせて頂きます! なので、どうか穏便に……!」
「穏便に……?」
使えない家畜を見るような眼差し同様、その言葉も恐ろしく冷たい響きだ。
「こちらが何度も穏便に済まそうと、お引き取り願ったのをお忘れですか?」
「そ、それは……!」
「そうですね……どうしても商会に知らされては困ると言うなら、代わりに『議会』に連絡しても良いのですよ? 商会同士の話し合いで事を済ませるか、公にして『議会』の判断を仰ぐか。好きな方を選びなさい」
第十空中都市メルクリウスは『自由競争』の理念を原則に活動している都市だ。だが、自由が許されるからと言っても無法地帯では無い。
様々な規則の施行や、治安を維持する為の部隊を管理している組織があり、それが『議会』と呼ばれる組合だった。『議会』は多数の商会の代表者からなる組合で、『議会』に反抗する事はメルクリウスの全商会を敵に回す事を意味していた。
「ま、まあまあ、グラティアもそう言わずに……もちろん壊されてしまったものは補償してもらわないと困るけど、何も会長さんや議会を巻き込まなくても」
「フィード、これは面子の問題です。彼らは私達を軽視し、あまつさえホムンクルスによる蛮行に及んだ。その報いを受けさせなければならない」
「それは、確かにその通りだね……でも、彼らにも彼らの面子があったんだよ。結果だけを取り上げて罰するのはどうかと思うんだ」
「フィ、フィードゥキア殿……!」
「フィードで構いませんよ。とりあえず立ち話もなんですし、テラスに移りませんか? さ、お茶でも飲みながらこれからの事を考えましょう」
「うぅ……申し訳、ない……寛大な処置、感謝の言葉もありません……」
「良いんですよ、きっとそちらにも事情があったんでしょう。それにしてもフェルス商会さんって戦闘用ホムンクルスも手掛けてたんですね。恥ずかしながら、初耳でした」
「いえ……実はこのアルマトゥラがその試作品でして――――」
中年の男達は慰められながら、とぼとぼとテラスへ歩いて行った。
怒りと呆れ混じりの顔でそれを見送るグラティアに、ウォルターに言われてやってきた伊織が恐る恐る声をかける。
「あの……このホムンクルスはどうしますか?」
「動かせるなら外に出しておいて……でもその前に、テラスに紅茶を用意するようメモリアに伝えてもらえないかしら。……気に入らないけど、来客用の葉で」
「はい。そう伝えます」
「ハァ、まったく……兄さんは甘すぎるのよ。イオリくんもそう思うでしょう?」
「え、えーと……僕はフィードさんは良い人だと思いますけど……」
「それは、私もそう思うけど……商売には向いてないんじゃないかと心配なのよね……」
「あ、あはは……」
内心同感ながらも素直に頷くのは申し訳ない。乾いた笑いでごまかす伊織だった。




