03
「さて、と……静かになった事だし、俺達は出かけるとするか」
再び玄関に現れたウォルターは普段の着古した白衣ではなく、高級な作りのローブに着替えている。
「ウォルンタース殿……本当によろしいのですか?」
「なんだ、グラティア。俺がホムンクルスの精製者として、アフターフォローに行くのがそんなにおかしいか?」
「はい。あなたはそんな面倒な事に精を出す人ではないと思っています」
「即答かよ……まあ良いが。――ん? おい、イオリ、そんなもん放っておけ。お前も一緒に行くんだ」
「――え? あ、はい。何ですか?」
イオリはアルマトゥラをどうにかして動かそうとしていたが、びくともしなかった。
「昨日ホムンクルスを買って行った客の所に、不具合が出てないか確かめに行くんだよ。それに、お前の役目はちゃんと教えただろ? それを果たしてもらわないとな」
この世界を見て回り、伊織の世界との類似点があればウォルターに報告する。それが伊織に与えられた役割だ。
「グラティアさん、お客様にお茶をお出ししてきました」
「ありがとう、メモリア」
「よし、ちょうど仕事も終わったようだし、メモリアもついて来い。お前も、子供の相手くらいなら出来るだろ」
「え、と……ウォルター様、もしかして外出されるのですか?」
「ああ、ホムンクルスを買った客達のアフターフォローだ。イオリも一緒に行くから、ヘマしないようにお前がついててやれ」
「は、はい! わかりました! すぐに準備いたします!」
ぱあっと顔を輝かせると、メモリアは駆け足で身支度を整えに行った。
「さて、後は……そこのガラクタの処理か。オクトー、来い!」
ウォルターが声を上げると、すぐに庭園の向こうから一匹の犬型ホムンクルスが走ってきた。
小型犬サイズのトリアと違い、呼ばれたオクトーは大型犬サイズだ。向こうの世界のゴールデンレトリバーによく似ているが、その毛並は純白で、毛の長さもあれより更に長いものだった。
「そこのゴミを外に放り出しといてくれ。あ、床には傷つけないようにな」
「ワウッ!」
「え、でも、引きずったら傷がつくんじゃ……」
その心配は杞憂だった事がすぐにわかった。オクトーの純白の毛が勢いよく伸び、アルマトゥラに絡みくと、ゆっくりとその巨体を持ち上げたのだ。
「グゥ……」
アルマトゥラを背中に乗せると、オクトーはゆっくりとだが、しっかりした足取りで外へと運び出していった。
「ウォルター様、お待たせしました!」
唖然としながらそれを見送っていた伊織だったが、メモリアが息を切らせて駆け寄ってきた事でハッと我に返った。
「い、今のは……?」
「ん? オクトーは力仕事担当だからな。あれくらいなら雑作も無い。ま、お前に同じ事をやれとは言わんよ。役割が違うからな」
「いや、やれと言われても困ります……」
「それじゃ、出発するか。グラティア、もし何かあれば連絡頼むぞ」
「あなた宛ての用件なんて、一度も届いた事ないですけど……もしあればお知らせしますよ」
「よろしくなー」
ひらひらと手を振ると、ウォルターは伊織とメモリアを連れて館を後にした。
それを見送り、一人残されたグラティアが首を傾げる。
「それにしても……今まで頑なに外出を避けていたのに、どういう風の吹き回しかしら」
ウォルターがフィードとグラティアの館に来て以来、これまで一度も外出していなかった。買い物などの雑用は全てメモリア一人に任せていたのだ。
「ま、あの人の頭の中を考えても、徒労にしかならないわね……性格はあんなでも能力は別格なんだし、多少の奇行には目をつぶるとしましょう」
ウォルターが館の雑用をやらせるために精製した、トリアやオクトーら全部で十体の犬型ホムンクルス。それらはどれ一つとしてそこらの天道士に真似出来るモノではなかった。
労役から戦闘まで完璧にこなし、ついでに見た目も愛らしい。過剰なまでの性能を誇るそれらを精製した技術と知識は、もはや常人の理解が及ぶ領域では無い。
最初から、ハイリスク・ハイリターンなのは承知の上だ。
グラティアは溜め息まじりの表情で、力なく頭を振った。
(ウォルター様とお出かけ……♪ ウォルター様とお出かけ……♪)
「メモリア、何か嬉しそうだね?」
「え! あ、いえ! そんな事ないですよ!?」
慌てて緩んでいた表情を引き締めるが、まだ微妙に目尻が垂れ下がっている。
「呼び出し馬車を使いたい所だが……グラティアの小言が面倒だし、歩くか」
「グラティアさんの小言……? 馬車を呼ぶのってそんなに高価なんですか?」
「まあ、言うほどじゃないんだが……いかんせん、フィード達もあまり余裕がある訳じゃないんでな。なるべく無駄な出費はしないようにしてるんだ」
「余裕が無い、って言われても……あんなに大きなお屋敷に住んでるのに……」
しかし、思い返せばメモリアも同じような事を言っていた気がする。
「あいつらは元々『パクス商会』……だったか? そこの跡取りだったらしいんだが……あいつらの親の代で没落したんだと。それで結局、あの館だけが遺されたって訳だ」
「あー……なるほど、そんな事情が。でも考えてみれば、確かに……」
あれだけの大きさの館に、使用人の一人もいないのはそういう理由だったのか。本来であれば多数の使用人を抱えていたのだろうが、没落した事で皆去ってしまったのだ。
「あいつらと知り合った時、ちょうど俺も空中都市で研究できる場所を探してたからな。天道士として力を貸す代わりに、住む場所を提供してもらったんだよ。地上の暮らしも悪くなかったんだが、まともに天道術を研究するには色々と足りなかった」
「あ、そんなに簡単に地上と行き来できるんですね」
「天上人は基本的に出入り自由だ。――とは言え、地上で暮らせる体力があるやつは少ないからな。まっとうな天上人なら、滅多に自分の空中都市から出ないだろうな」
「え、でも今、ウォルターさんは地上で暮らしてたって」
「おう、おかげでこんなに日に焼けちまったよ。地上は空中都市と違って、陽射しがキツい上に雑菌なんかも多いんだ……体力が無いやつなら、順応する前にコロッと逝っちまってもおかしくない」
天上人には珍しい、ウォルターの褐色の肌は地上で暮らしていた事が理由のようだ。
「地上の方が陽射しがキツいって……普通は逆ですよね? それに、よく考えたら……空中都市が雲の高さに浮かんでるのなら、空気が薄くてまともに生活できない筈じゃ……」
「ほう……少し気になってはいたが、お前って学生にしては随分と目端が利くよな。そっちの世界はそんな事まで教えてるのか?」
「え? いや、別に学校の授業で習った訳じゃ……でも、本はたくさん読むので……」
別に他の趣味が禁じられていた訳ではない。ただ、本を読んでいると父達が喜んでくれたので、何時しかそれが伊織の唯一の趣味になっていた。
「空中都市には、内部の環境を一定に保つ特殊な結界が展開されていてな。それにより気圧を安定させ、有害な紫外線や外敵の侵入を物理的にシャットアウトしているんだ」
「それも天道術ですか……もう、何でもありなんですね……」
伊織のイメージだが、恐らく不可視のフィルターのような物が展開されているのだろう。以前にも思ったが、空中都市に関する技術は明らかにオーバーテクノロジーだ。
「空中都市は快適な無菌室ではあるが……そのせいで基本的に天上人の肉体は脆弱だ。俺も今でこそ適応できているが、地上に降りた直後はかなりヤバかったからな」
フィードやグラティア、そして昨日の展覧会に来ていた天上人。ウォルターの言う通り、誰もが華奢な体格に見えた。
彼らの色素の薄さは、結界に守られているため紫外線に当たらないのが理由なのだろう。更に労働はホムンクルスが担っているとなれば、肉体が衰えるには十分すぎる環境だ。
ウォルターの鍛えられた肉体、それはそれだけ長い時を地上で過ごした証なのだ。
「だが、地上は地上でそう悪いもんじゃないんだ。空中都市よりもホムンクルスが行き渡ってないからな。もし色んな経験を積みたいのなら地上の方が向いてるくらいだ。なあ、メモリア?」
「はい。私もたくさんメイドのお仕事を勉強させて頂きました」
メモリアは誇らしげに頷いている。
「あれ? でも、ホムンクルスって最初から何でも出来るんじゃ……?」
「ん……まあ、中にはそういうのもいるな。だが、メモリアに関しては精製の際に、基礎知識しか与えなかったからな……今のメモリアの能力は、こいつのこれまでの努力の成果だ」
「もったいないお言葉です」
ウォルターにしては珍しく、褒めるようにメモリアの頭を撫でてやっている。
謙虚な言葉とは裏腹に、明らかに表情が緩んでいる。前から感じていたが、メモリアのウォルターへの想いは、ただの主従関係では説明できない深いもののようだ。
「だから今のお前なら、誰に仕えてもうまくやれるさ。お前が望むなら、何時でも新しい主人に鞍替えして良いんだからな?」
「――――ッ!」
何の気なしにかけられたその言葉に、メモリアは暗い表情でうつむいてしまった。
(あー、そういう事か……昨日メモリアが泣いてたのってこういう……ウォルターさん、いくらなんでも酷過ぎるよ……)
一見、選択の自由があるようだが、その言葉は明らかにそうするように促すものだ。言い換えれば、『さっさと別の主を探せ』と言っているように聞こえなくもない。
「…………ッ」
「ウ、ウォルターさん! ちなみに、目的地までどれくらい距離があるんですか!?」
必死にこらえ、固く唇を結ぶメモリアの瞳からは今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうだ。
昨日のフィード同様、伊織も無理に普段より明るい声で、話を変えようと試みる。
「ん? そうだな……公共馬車を使って、約一時間といった所か。――――ほら、あれだ」
ちょうど視界の先には長いベンチと、そこに停まる馬車が見えてきた所だった。
「良いんですか? さっき馬車は使わないって……」
「あれは公共馬車と言ってな、決まった時間に特定のルートしか走らないが、代わりに料金は必要ないんだ……ま、一種の社会インフラだよ。さて、あれが出発するまで後五分か。丁度良いタイミングだったな」
二頭の馬型ホムンクルスが引く幌付きの荷車。詰めれば十人ほどが乗れそうだ。
「それで、イオリ。外を出歩いた感想はどうだ?」
「そう、ですね……」
フィードの館の敷地からここまで、林の中を歩いてきたので特に珍しいものはなかった。しかしその足場は石畳が敷かれ、歩きやすいように整備されたものだった。
石畳は馬車が行く道にも隙間なく敷かれ、不快な揺れは殆ど感じない。
「やっぱり、何となくヨーロッパ風な感じが――って、すいません……ヨーロッパとか言われてもわからないですよね……」
「まあ、ヨーロッパとかは知らんが、何故そう感じるのかは聞いておきたいな」
何故ヨーロッパ風と感じるのか。何故日本風とは感じないのか、と言い換えても良い。
「それは……やっぱり石造りだからかな……僕の住む国は木や土を利用したものが多かったので、その辺りに違いを感じるんだと思います」
「ほう、イオリの世界じゃ木や土で建物を造るのか! しかし、それで強度に不安はないのか? 出来れば、実際にどんなものか見てみたいもんだ」
「だったら僕を無理やりこっちに連れて来るんじゃなくて、ウォルターさんが向こうに来てくれたら良かったじゃないですか……」
「ハハッ! まったくだな!」
(ハァ……今のは皮肉だったんだけどなぁ……)
ウォルターは悪びれもせずに笑っている。やはり面の皮の厚さが半端ではない。
「イオリの世界、か……ああ、一度行ってみたいもんだよ。本当にな……」
「……ウォルターさん?」
遠い目をして呟くその瞳に、いつもの狂気一歩手前の好奇心は見て取れない。
何かを、誰かを懐かしむようなその呟きに、伊織は何か引っかかるものを感じたが、ウォルターはそれ以後口を開こうとしなかった。




