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沈黙を破るように、横から声が掛かった。
「滝さん、一人で先走るのはやめてくださいって言ってるでしょう」
声の方を見ると、スーツ姿の男が二人立っていた。
一人は短めのタイトショートの黒髪に鋭い目つき、怪我をしているのか白い眼帯をしている小柄な体躯に真っ黒なフォーマルスーツに紺色のネクタイの男。その一歩後ろに色素の薄い髪と瞳、一九〇はありそうな長身をグレーの仕立てのいいスーツで身を包んだ男が立っている。
二人の姿に、滝さんと呼ばれた強面の刑事が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……なんで梵が来るんですか?」
ぼん、と呼ばれた眼帯の男は困ったように首の後ろを掻いた。
「あんたが一人で無茶するだろうからって、ミコに引きずり出されたんですよ」
「僕がお願いしました」
「御子柴、梵の手を煩わせるんじゃねーよ」
背の高い青年は虎のような迫力のある強面刑事の怒声を涼しげな表情で受け流した。
二人とも驚くほど面立ちは整っていて、雑誌から抜け出してきたと言われてもうなずいてしまいそうなほどだ。どこか凸凹した印象の二人は、マジマジと自分たちを見ている私へ視線を向けた。
眼帯の男の視線が上から下、それから右手をしばらく凝視した後、視線を上げてにこりと音がしそうな笑みを浮かべる。
「こんにちは。赤羽署の伊達です。ちょっと、お話を聞かせてもらえますか?」
そう言ってスーツの胸ポケットから警察手帳を取り出し見せてくる。『警部 伊達正宗』と書かれていた。さらに慣れたように名刺を一枚取り出し、こちらへ差し出してくる。『警視庁赤羽警察署刑事課強行犯係 警部 伊達正宗』と書かれていた。
随分と若いのに、警部という階級に驚いた。刑事ドラマで得た知識だが、階級的に管理職的な立場の人のはずだ。
(それに名前……なるほど。だから……“梵”って呼ばれてるんだ)
彼と同じ読みの武将――伊達政宗は幼名が梵天丸だ。歴女の友人が飼い猫に同じ名前を付けていたのを思い出す。
「同じく、赤羽署の御子柴です」
そう言って見せられた警察手帳には『巡査部長 御子柴時雨』と書かれている。
「……赤羽署の滝本だ」
一瞬だけしか見せてもらえなかった手帳には『警部 滝本透』と書かれていた。
私は小さく会釈して「東海林です」と名乗った。後から来た二人の反応から、既に私のことを知っているようだった。どうやら、滝本さんだけ情報の伝達が上手くいっていないらしい。
コントのようなやりとりをしてしまって、段々と恥ずかしくなってくる。
「私に話せることであれば、お話しできます」
「ご協力感謝します」
伊達刑事に促され、四人でバーの中へと入る。
私の様子を伺っていた店長は目が合うと気まずげにひきつった笑みを浮かべて片手をひらひらと振って見せた。
「お時間取らせてすみません。お二人に、十六日に亡くなった佐藤太郎さんの事でお話を伺いたくて」
「えっ!? タロが死んだ!?」
店長が驚きの声を上げる。驚いたのはこっちだった。警察にはここで少し働いていたことは話していたため、もう事情を聴きに誰かが来ていると思い込んでいた。
「ご存じ、なかったんですか?」
「え、知らない知らない。嘘、マジで?」
向けられた視線に応えるように私は小さく頷いた。
「急性心筋梗塞で……突然死でした……」
「……マジかよ」
しんみりとした空気を破るように、滝本警部が軽く片手を振る。
「その、佐藤太郎さんだが、現在放火殺人の容疑が掛かっている」
「そんなはずありません」
滝本警部の言葉に反射的にそう答えていた。
「どういうことだ?」
ギロリと凄むように睨まれて、蛇に睨まれた蛙のように身動きできなくなる。思わず小さく息をのんだ。
私をかばうように伊達刑事がひらひらと片手を振って見せる。
「滝さん、顔が般若になってるぜ」
「凄んでねぇ、普通の顔だっ」
「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。それで、えっと、東海林さん?」
「……はい」
「いやぁ、ごめんね、驚かせちゃって。そんなはずはないって、言う理由を教えてもらっても?」
「はい。タロ……彼は、火恐怖症なんです。ライターやマッチに火を自分で点けるのも難しいと思います」
私の言葉に同意するように、店長も小さく声を上げた。
「あなたもご存知で?」
「あー、俺は人づてに聞いたというか。この店の前に建っていたバーのマスターとその常連の客に聞きました。客がからかうつもりで目の前でライターを点けたら、火に驚いて卒倒して大変だったって……」
「彼は火にトラウマが?」
「そこまでは……」
「私も、詳しくは聞きませんでした。本人も話をしたそうには見えなかったので聞いていなくて……」
そう言葉にすると、チクリと胸が痛んだ。
「以前働いていたマスターが彼ととても親しかったので、その繋がりで店長さんも詳しいのではないかと……話を伺うために私はこちらに来ました」
「いやぁ、俺も何も聞いてないなぁ……でも、確かに、マスターなら詳しく知ってたと思う。あいつ拾ったのマスターだし、コロナでぽっくり逝っちまうまで、面倒見ていたし」
「そのマスターと彼が知り合ったのはいつか覚えは?」
「あー、俺がバイトを辞める頃だから八年は前ですね。突然、バーにいて、今日からこいつが働くからって紹介されたんですよ……名前も、タロって名乗って」
「なるほど……」
「あの、放火っていつ起きた火事でしょうか? 彼、ここ最近は部屋から出ている様子はなかったと思うんですが」
三人の刑事は視線を交わしあった。それから、口を開いたのは御子柴刑事だった。
「昨日、ニュースになったばかりなので簡単に話しますが、十五日の昼に雑居ビルの二階から火災が起き、二名の死体が見つかりました。指定暴力団灰羽組の組員でトクリュウの元締めと思わしき人物です」
「トクリュウって、あの、闇バイトの?」
ニュースでよく目にするようになった言葉だ。特殊詐欺のグループで、大きな事件の犯人が捕まったのをネットニュースで読んだ覚えがある。
「固定した組織はなく、SNSを利用して集まっては離れるを繰り返す、緩やかな犯罪集団だと思われがちですが、海外に拠点を置く犯罪組織や指定暴力団が背後についている場合があるんですよ」
「そう、なんですね」
御子柴刑事は淡々とそう答えると、話を続けてもいいか確認するように小首を傾げた。目で話を促せば、再び彼は淡々と話始める。
「その案件屋……所謂、元締めと実行犯たちとの仲介屋的なポジションに佐藤太郎が付いていた可能性が出ているんです」
スーツの胸元から三つ折りの紙を取り出した。A4のコピー用紙に防犯カメラの映像を拡大したそれには、マスクと帽子をかぶった男が走っている途中のポーズで映し出されている。
「火災が起きる前に、ビルから逃げるように去った男です。佐藤太郎さん、では?」
「見ても、いいですか?」
「どうぞ」
マスクと帽子からはみ出ている髪色はタロに似ていた。染める余裕はないため、彼の色は地毛なのに明るい茶褐色をしている。着ている服も量販店で売っているようなタンクトップの上に黒いシャツを羽織っている。
「タロ……佐藤、太郎では、ないと思います」
「何故そう思う?」
「………彼がタンクトップを……肌が見えるような服を着ないからです」
耳にサイレンの音がこびりついている。
遠ざかっていた音が、どんどんと近づいてくる。
その音を呼び水に、事情聴取で言われたことが頭の中に響く。




