16
「咲月ちゃん?」
「っ!?」
肩に掛かった手に軽く揺すられて、ハッと我に返る。
いつの間にか、寝てしまっていたらしい。
横を見れば、心配そうにこちらをみる伊達刑事の顔があった。
「大丈夫?」
「すみません、寝てしまって」
「いや。色々あって疲れてたんだろ? もうすぐ、着くよ」
一拍置いて車内アナウンスが響き渡る。車窓から外を見ると、立ち並ぶ民家と田植えが始まっているらしく水田を走る田植機の姿が見えた。
「……田舎だ」
「お、都会民様がなんか言ってるぞ」
「すみません。東京からあまり出たこと無くて」
「ははっ、まぁ、俺もだけど。ミコはどこ出身だっけ?」
「長野生まれですが、父親が転勤族だったので北は北海道から南は九州まで、果てはシンガポールまで色んなところで育ちました」
「え! 海外にも? すごいですね」
「覚えていることは少ないですけどね」
他愛もないことを話しながら、新幹線を降りて駅の改札を出る。東京とは違った、嗅いだことのない匂いと少し訛った現地の人の言葉が耳に入ってくる。
あの、電話の人を思い出した。
「咲月ちゃん、行くぞ」
「あ、はい!」
どうやら、レンタカーで移動するらしい。
事前に予約していたおかげで、スムーズに乗ることが出来た。
「まだ、会うまで時間があるな……一度、火事があった場所を見に行ってみるか」
「え?」
「誰か住んでいるんですか?」
「いや、残された親族はいないから土地も売られないまま残っている可能性が高いな」
確認するように伊達刑事は私に視線をよこす。
なんと返事をしたものか困って、それにうなずき返すしか出来なかった。
タロ――東海林親太郎の生家は、駅から二十分ほどの国道から逸れた田んぼの真ん中にあった。あった、というかあったらしい。車が着いた場所は、二軒の民家の前に綺麗に広がる雑草畑だ。家が建っていた形跡は残っておらず、綺麗に地面が整地されている。周りの水田は田植えが終わったらしく、苗が静かに風に揺れている。
緑の眩しさに思わず目を細めた。
「随分綺麗にされているな?」
「民家も近いですし、焼け跡をずっと残しておけなかったんじゃないですか?」
二人の声を背中に聞きながら、青々と茂る雑草の中を進む。
ここに、タロが生まれた家があったのだ。
パチパチと火の粉が爆ぜた。消防車やパトカーのサイレンが鳴り響き、野次馬たちの悲痛な声があたりに満ちている。
あんなにうるさかった蛙の声は止み、耳鳴りが頭の中に響く。
ここで、燃えたのだ。
胸がざわついた。突然両肩にのしかかる重みが増す。
このままだと、私は、泥の中に埋まって――。
「あんたら、こげなところでなにした? 役所の職員か?」
慌てて振り返ると、軽トラックから身を乗り出してこちらを胡乱げに見つめる農作業着の男性と目があった。
すかさず伊達刑事が近づいて、懐から警察手帳を取り出す。
「いや、警察です」
「警察っ!?」
「ちょっと、ここにあった東海林さんのお孫さんの件でお伺いしてもいいですかね?」
「孫って、シンちゃんのことが?」
「そうです。東海林親太郎さんのことです」
「シンちゃんのことって言われても、家が焼けてからもう十年も経つんだぜぇ。あんとき、十五か六くらいだったが?」
男性は軽トラックのエンジンを止めると、車から降りてきた。
「名前を伺っても?」
「オレ? オレは、あの家の佐藤だぁ。シンちゃんのことは、生まれた時から知ってる。この辺りは子供も少ないし、遊ぶ場所も公民館くらいしかねぇがら……よう、庭に遊びに来てた」
佐藤と名乗った男性は困ったように視線を巡らせると、タロのことを思い出すように目を細めた。
「あの日は、オレが水を見に外に出てたんだが……シンちゃん、家さ入れなくて納屋にいだみだいでさ~ボヤに火事に、かわいそうに」
「もしかして、火事当日に一緒にボヤを消した男性というのはあなたですか?」
「んだ、オレだ」
滝本刑事のメモを思い出す。家が火事になった日、数時間前にボヤが起きている。
庭の石灯籠に火が付いたのだ。気づいたタロと男性によって火は消し止められ、消防の調べでは近日賑わせていた、あの七件の不審火と同じ状況で八件目がここで起きたのだ。
その後に、タロの家は燃えた。出火の原因は世帯主の部屋からで、煙草の不始末による火災と断定された。布団や燃えやすいものが周りに多く、火の回りも早かったらしい。家人たちは寝る前に相当な量の飲酒をしていたらしく、火事に気付かないまま亡くなったのではないかと書かれていた。
離れで寝起きしていたタロだけが、その難を逃れた。
「シンちゃん、相当ショックだったらしくてなぁ……火事の時も、田んぼの中に蹲ってかわいそうなくらい震えてた。落ち着くまでうちのカミさんが世話してたんだが、施設に入ることになって、それ以来とんと連絡のひとつもない。シンちゃん、元気にしったなが?」
伊達刑事と御子柴刑事は顔を見合わせる。
胸ポケットからスマホを取り出し、写真を佐藤さんへ見せた。
「二週間前に亡くなって身元を確認中の男性の写真です。東海林親太郎さんで間違いないですか?」
「亡くなったって……殺されたん?」
「いえ。病死です」
「はぁ……病気……若いのにかわいそうに」
佐藤さんはスマホを受け取ると、目を細め近づけたり遠ざけたりしながら写真の人物の顔を確認する。どうやら、老眼らしい。
「随分と、イケメンだごど~。シンちゃんで間違いないど思う。蒸発したシンちゃんの親父にそっくりだ」
「蒸発?」
「んだ。婿さ来たのはいいが、じっちゃは酒浸りのろくでなしだし、ばっちゃと奥さんが男好きの阿婆擦れと来たら耐えれるやつはいねべさ。シンちゃんが生まれてすぐにいなくなったんだ」
そんな環境でタロは暮らしていたのだ。
「シンちゃんはよう出来た子でね、優しい子だったぁ……それが、死んじまうなんて……」
佐藤さんは鼻をすすって、目頭を抑えた。
「施設に入ってから、シンちゃんがどうなったかは知らねぇんだ。養護施設さ行った方が何かわかるんねが?」
「ええ。これから行ってみようと思っています」
「んだながっし」
「また、聞きたい事が出来たらお伺いしてもよろしいですか?」
「さすけね。家さいっから、声かけてけろ」
佐藤さんに挨拶をして、私たちは車へと戻った。
「咲月ちゃん」
「は、はい?」
「顔色悪いけど、大丈夫?」
「あ、すみません、なんだか、耳鳴りがひどくて……今は、大丈夫です」
「そ?」
伊達刑事は私を心配そうに見た後、右肩にちらりと探るような視線を向けた。
「伊達さん、次はどこ行くんですか?」
「あ、ああ。ナビに入れる……これから、元児童養護施設の園長で東海林親太郎の養父に会いに行く」
「養父?」
「そ。十八になったら、児童養護施設を退所して就職なりなんなりして一人暮らしするのが普通なんだが、東海林親太郎は退所前に養子縁組をしている」
「……遺骨を引き取れる親族、ですか?」
「そう。会いたいだろう?」
はい、とすかさず頷いていた。会いたい。その人がいれば、タロの遺骨を、引き取ることができる。太ももに置いた手をぎゅっと握りしめた。
車は市内へ向かい、先ほどとは打って変わって家々が立ち並ぶ景色が広がる。
「腹ごしらえでもするか。ミコ何食べたい?」
「先程調べました。ラーメンにしましょう」
「ラーメンでいいのか? お前のことだから米沢牛とか言い出すかと思ったわ」
「さすがに昼からすき焼きを食べる気はないです。今回は観光で来てませんしね……帰りの駅弁は米沢牛弁当どまん中でいいですよ」
「ちゃっかりしてるよ、お前は」
二人のやり取りに思わず笑ってしまった。車は御子柴刑事が調べてくれたラーメン屋に向かい、名物の中華そばを注文する。米沢ラーメンの名で知られており、細打ち縮れ麺に透き通るような醤油味のスープが特徴だ。
あまり、外食をしないため久しぶりのラーメンはあっさりとした味なこともあって、心も体もホッとする美味しさだった。
「ミコ、足りるか?」
「味噌ラーメンもお願いします」
中華そばを早々に平らげ、御子柴刑事はすぐに味噌ラーメンを頼みだした。あまりの健啖家に言葉が出ない。
「……ラーメンを二杯」
「アラサーのくせに胃だけ高校生のままなの、うらやましい限りだよ」
「三杯は余裕です」
「今は止めてくれ」
御子柴刑事は静かに頷いた。伊達刑事はぶつぶつと何か文句を言いながら、器用にレンゲにミニラーメンを作って食べている。なんとも対局な食べ方の二人だ。
伊達刑事と私が食べ終わる間に御子柴刑事は二杯目も食べ終えてしまった。
昔好きだったゲームの食いしん坊なピンクのキャラクターを思い出した。




