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どれくらい経っただろうか、いつの間にか車は止まっていた。
どうやら赤羽署の駐車場が目的地だったようだ。
中で話をするのかと顔を上げると、二人がこちらに視線を向けるのは同時だった。
「落ち着いた?」
「はい。すみません……中で話しますか?」
「いや、ここで大丈夫。こいつが呼び出されたから、話し終わったら家まで送るよ」
こいつ、と親指で指された御子柴刑事は小さく頭を下げると伊達刑事の足元に置いていた紙袋を引っ張り出した。見慣れたドーナツチェーンの袋を私へと差し出した。
「好きなの1個どうぞ」
「ありがとうございます」
中身はチョコレートが付いたドーナツが十個ほど並んでいる。どうやら、御子柴刑事は甘い物、特にチョコレートが好きなようだ。ありがたく一つ選ばせてもらう。
「俺のは?」
「伊達さんが食べられるのは選んできてないです」
「……お前、俺の金だろそれ」
「ごちそうさまです」
伊達刑事は悪態をつくと、スマホを取り出して何かを確認していく。
「昨日、咲月ちゃんを襲った男の身元が分かったよ。まぁ、予想してただろうが彼が佐藤太郎本人だった」
やっぱり、と思った。
「で、この佐藤太郎が一年程前からトクリュウの案件役で、背後にいた暴力団から別の暴力団の傘下に鞍替えしたみたいで、そいつらからの指示なのか今回の放火事件を起こし、事務所から大量の個人情報が入ったUSBメモリを奪った疑いが持たれている」
「え」
「で、それを咲月ちゃんのよく知る人物に預けた」
「タロに?」
「建設現場で二人が会っているのを見かけた日雇い労働者から証言を得ている。佐藤太郎は何かを押し付けると、すぐに去っていったらしい。恐らく、後で取りに来るまで預かってくれるように依頼したんだろうな」
「でも、そんなもの、部屋には……」
自室の隠しものが出来そうな場所を考えてみる。
ロフトは全部片付けたので、残すは私の私物がある場所だけだ。
「とりあえず、不審なものを見つけたらミコに連絡してくれ。こいつ組対だから、今めちゃくちゃ忙しくなってるんだ」
「代わってくれてもいいんですよ」
「まぁ、人手が必要になったらな……っと、話が逸れたな。本題はここからだ」
伊達刑事はメモ用紙を私に差し出した。
「咲月ちゃんが調べてくれた火事事件の詳細を滝さんが山形県警に知り合いがいるって問い合わせてくれたんだ」
「滝本刑事が?」
「そう。咲月ちゃんは探偵にでも転職したほうがいいかもしれないな。君の予想は大当たりだ」
「大当たり……やっぱり、火事で生き残ったのは……」
「世帯主の孫で、当時十五歳の高校生だ。市の児童養護施設の退所日から行方をくらませていて、未成年後見人だった人物が捜索願を出している」
タロを探している人がいる。それだけで、胸が熱くなった。
「元未成年後見人だった人と連絡が取れて、話を聞きに行くことにしたんだが一緒に行くかい?」
「いいんですか?」
「知りたいんだろう?」
伊達刑事の言葉に私は頷いていた。
「そうだ。彼の本名だが、トウカイリンシンタロウというらしい」
息を呑む音がした。自分が出した音だと気づくのに一拍遅れた。
メモに滝さんが書いていると言われて、めくったメモを恐る恐る開いた。
綺麗な文字で書かれた名前を、震える指先でなぞる。
「東海林親太郎」
頭の中で、私の名札を見て「とうかいりん」と呼んだ彼の声が反芻する。あのとき、私の名字を見た時、彼は何を思ったのだろう。
止まったはずの涙が、また溢れてきた。
「やっと、名前を呼べるね」
耳元で火が灯る音がした。
温かな光だ。
闇夜を照らし、家路を教える。
優しいオレンジ色の火だ。
東京駅の喧騒を横目に、山形新幹線の乗り口へと向かう。
平日の朝九時だというのに、人の多さと混みようは流石東京駅だ。
御子柴刑事の身長が高いおかげで、二人を探すのは簡単だった。相変わらず二人はスーツ姿で伊達刑事も相変わらず喪服のような真っ黒なスーツだ。
私もスーツで来たほうが良かっただろうか、と自分の姿を見下ろす。何を着ていけば良いのか思いつかず、とりあえず落ち着いた色でまとめようと、ネイビーのブラウスに黒のワイドパンツ姿だ。スカートにも見えるうえに動きやすいため、ワイドパンツは重宝している。それに一泊分の荷物が入ったリュックを背負っているが、目の前の二人はほぼ手ぶらだ。着替えはどうするんだろう。
「おはようございます」
「お、咲月ちゃんやっほ~」
「…………」
御子柴刑事は無言で一礼する。
彼の身体に隠れて気づかなかったが、駅弁の入った袋とカフェチェーン店の大きな紙袋を持っていた。私の視線に気づき、御子柴刑事は軽く掲げてみせる。
「朝ごはんと間食です。飲み物、カフェモカで良かったですか?」
「わざわざ、すみません」
「いえ、伊達さんの奢りです」
「伊達さん、ありがとうござます」
「いいよいいよ。腹が減っては戦はできぬってな」
気にするなと言わんばかりに伊達刑事は片手を振る。別に戦いに行くわけではないのだが、思わず笑ってしまった。
「咲月ちゃん、仕事は大丈夫?」
「はい。先日のこともあって、三日ほど有給を使わせてもらいました」
元の休みを合わせて四日も休みを貰えた。
「急に悪いね」
「いえ。こちらこそ、連れてきてくれてありがとうございます」
私一人では、タロを知る人と話など出来なかった気がする。
「じゃあ、行こうか」
「あ、切符をまだ……」
「伊達さんが出してくれました」
「え!?」
「経費で落としてもらうから大丈夫」
そう言って渡された新幹線の切符を受け取る。
「ほら、行くぞ」
促され、慌てて二人の背中を追った。
ゴールデンウィーク前なこともあり、新幹線内は空いていて私たちも含めて両手の指で足りるくらいの人しかいない。
座席につくと早速ホットサンドとカフェモカを渡された。弁当も食べるかと聞かれたがそこまで空腹を感じていないため断った。
御子柴刑事の前には駅弁が二つと菓子パンにお茶とコーヒーが並ぶ。
「伊達さんは弁当ひとつでいいですか?」
「ああ」
伊達刑事の前に駅弁が一つとコーヒーが置かれる。御子柴刑事の弁当は三つに増えた。
ホットサンドを食べ終え、カフェモカを飲みながら車窓から外を眺める。
タロの生まれた場所は、山形県米沢市にある。
調べてみると、真っ先に上杉氏の城下町の文字が目に飛び込んでくる。
上杉謙信など有名な戦国武将縁の地として有名らしい。関ヶ原の戦いで西軍が敗れ、会津地方を支配していた上杉景勝は徳川家康に降伏し、米沢へと移封された。
江戸時代から明治の廃藩置県まで米沢藩上杉氏の城下町として長く続いていくことになる。
東京と米沢を結ぶ山形新幹線つばさ号は福島を経て山形県新庄市まで向かう。福島から新庄間は在来線を走る新在直通方式のミニ新幹線として名高い。新幹線の車両に大きい小さいがあるのがイマイチ分からなかったが、実際に東北新幹線やまびこと連結している姿を見て一回り小さいことに驚いた。在来線を走るための車体でスピードもそれに合わせて落ちるらしい。
町中を新幹線が走っていく様子は珍しさもあってか人気で根強いファンがいるようだ。
車窓から見る景色が立ち並ぶ家々から、深い山中へと変わっていく。スマホでニュースを見ていて気づいたが、四月の終わりからゴールデンウィーク中はお祭りがあるらしい。川中島の合戦を再現した軍団行列が街の中を練り歩くそうだ。
タイミングが合えば祭りに行ってみたかったが、職種柄忙しい二人の時間を使わせてもらって同行しているため難しいだろう。
いつか。
いつか、一人でゆっくりと来られる日を作りたい。
「さっちゃん」
ふと、顔を上げると暗い道を歩いていた。右手は誰かの左手に握られている。
ああ、タロの手だ。
二人で手を繋いで、建ったばかりのマンションから漏れてくる光を頼りにいつもの通勤路を歩く。足が覚束ない。
ちゃんと歩かないといけないのに、足は重く、まるで泥の中を進むようにゆっくりと足を上げる。
「さっちゃん」
私の名前を呼ぶ声がする。
右手はぐいぐいと引かれ、歩を緩めてくれないせいで、どんどんと腕が引っ張られていく。
「タロ、私、そんなに早く歩けない」
歩けない。足が、地面に沈んでいく。
ずぶずぶと、底のない泥の中に足が埋まっていく。
ぎゅっと、右手が握られる。
「さっちゃん」
ハッと、顔を上げると遠くにタロが立っていた。まるで、彼が光を放っているかのように暗闇の中で浮かび上がっている。
ぐいぐいと、右手を引かれた。
タロは目の前にいるのに、私の手を引いている人は誰なのだろう。
「さっちゃん」
パチパチと火の粉が爆ぜた。
足を泥に取られ、がくりと身体が傾く。
ああ、このままだと泥の中に頭から突っ込んでしまう。
そしたら、溺れて、私は、私は――死ぬのだろうか。




