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私の好きなところといわれたので、駅前にあるコーヒーチェーン店を指定した。
イタリアンエスプレッソが楽しめるカフェで、ここのカフェモカは甘さと苦みのバランスがちょうどよくて好きだ。二人は意外なことに甘いものが好きなようで、伊達刑事はホットコーヒーとアップルパイを、御子柴刑事はカフェラテとケーキ四種類にホットサンドまで頼んでいる。
彼は甘党で健啖家のようだ。
自分が落ち着くためにも、好きな店を選ばせてもらったが内装が落ち着いた雰囲気もあって男性二人を前にしても変に緊張感は抱かなかった。
ただ、不思議な視線を感じる。こちらの様子を伺う伊達刑事は、私を見ていないのに私の方を見ているのだ。それが何だか気になって、二人が飲み物を口にしてから話を切り出した。
「あの……私に、何か聞きたいことがあるんでしょうか?」
「あー、まぁ、色々聞きたいことあるけれど無理に聞こうとは思ってないかな」
「……伊達さん」
窘めるような低い声を掛けられ、伊達刑事は喉奥でくつくつと笑った。
「まぁ、咲月ちゃんが何の噓を吐いているのかは気になるかな」
「……嘘、は」
伊達刑事の目は笑っていない。すべてを見透かすような、そんな目をしている。
「随分と、自信があるんですね」
「まぁね。俺は化物だから」
思わず伊達刑事の顔を見てしまった。ゆっくりと持っていたカップをソーサーに戻すと、伊達刑事は不敵な笑みを浮かべて見せる。
「咲月ちゃんは“ひひ”って知ってる?」
「元は中国の妖怪ですね? 山中に棲んでいる、老いた猿がなる妖怪だとか」
「………え、すごっ。本当に知ってるんだ?」
すかさず応えた私に伊達刑事は本当に驚いた様子で、何度も目を瞬かせる。
「……一時期民俗学に、ハマっていたので……鳥山石燕の絵を知っているだけです」
「鳥山石燕?」
「江戸中期に活躍した浮世絵師です。妖怪画を描くことでも有名で、恐らくネットで調べればすぐに出てくる画像だと思います」
私の脳裏に、一枚の図画が思い浮かぶ。黒い猿が獣を倒している画だ。比々、または狒々と呼ばれる妖怪がいる。
ひゞは山中に住まう獣にて、猛獣を取り喰らふ事、鷹の小鳥をとるがごとしといへり 。
『今昔画図続百鬼』より
鷹が小鳥を捕るように、猛獣を狩る。大きな黒い猿で描かれていることが多く、真っ黒な姿は、一瞬伊達刑事の服装と重なる。
「へぇ、よく覚えてるな。“ひひ”は知能が高く、人の言葉を喋り、人の心を読み取る……“ひひ”の血を飲んだ人間は、鬼を見る力を得ると言われている」
「鬼?」
「そう」
伊達刑事は片手で口元を抑えると、笑みの形に目を細めた。
「俺は、その血を飲んだ。って言ったら信じる?」
みている。
眼帯に覆われているはずの目が、私を見ている。
私の右肩にいる何かを視ている。
肩口で、ぱちぱちと火の粉が爆ぜる音がした。
「………人をからかうのがお好きなんですね」
「あんまり、幽霊や妖怪とかは信じないタイプ?」
「そう、ですね。妖怪は自然現象の誤認や心理的錯覚、当時名称を付けられなかった未知の現象を残す先人たちの知恵だと思っています」
多くの鬼も人間だったのではないかと思う。当時の人々からは差別される側で鬼や妖怪という人ではないモノとレッテルを貼られてしまった。
「まだまだ、解明できていない自然現象も多いですし、一概に否定するつもりはありません。幽霊や鬼の類が本当にいるかもしれないな、と思うことはあります」
当たり障りのない言葉を選んだ。伊達刑事は「なるほど、ね」と小さく呟くと悩むようにコツコツと指先でテーブルを叩いた。
「あなたが“ひひ”の血を飲んで、鬼が見えるのは本当なのかは私に判断できません……ただ、伊達刑事はとても優れた目を持っていると思います。人は嘘をつくとき、特殊な訓練を受けている人間でなければ、仕草、表情、視線の動き、話し方に出る。あなたは私との会話で様々な質問をしてきました。その中で、私がどう答えているのか、いつもと違う反応を探っているように見えます」
私の言葉に伊達刑事は満足気に微笑んだ。
「君が隠していることを教えてもらっても?」
聞かれてしまっているのなら、答えるしかない。
国家権力に逆らうほどの度胸は私にはない。鞄の中から文庫本を取り出し、付箋を貼ったページを開いて伊達刑事に差し出した。
「これは?」
「鳥山石燕の妖怪図画です。タロ……佐藤太郎が気に入って、携帯していた本です」
「へぇ……なるほど。メモしていた手帳ってのはコレのことか」
文庫本を受け取ると、伊達刑事は私をチラリと見た。
「電話番号を書いた跡が残っていて、鉛筆で塗ったのは私です」
「後から消したのか……この番号に電話は?」
「掛けました。名前は聞けなかったんですが、男性が出られて……東北訛りのある方でした」
「佐藤太郎のことは知らない?」
「該当する人物に心当たりはないそうです」
「……控えさせてもらっても?」
「どうぞ」
私から文庫本を取り上げようとはしなかった。電話番号を控えると、伊達刑事はマジマジと古籠火のページを眺める。
「この鬼は灯籠に住み着いているのか?」
「古籠火は灯籠の火の妖怪です。古びた灯籠にしばらく火を入れてもらえないと、ひとりでに火が灯るそうですよ」
「へぇ。これは咲月ちゃんが言う、科学的に説明ができるのかい?」
試すような視線を向けてくる伊達刑事に私は小さく頷いた。
「……恐らく、自然発火が起きたのかと。電気のない時代、灯籠は身近な照明器具だったはずです。紙は今よりもずっと貴重ですし、古布を油に浸したものを利用していたはずです。油を含んだ布をずっと置きっぱなしにしていたら酸化熱を発生させます。火の始末を怠ったままでいれば、蓄熱につながり、夏場の高温期に布の発火点に達すると火種がなくても発火するかと……その奇妙な現象に尾鰭がついて、古籠火という妖怪に肉付けがされたんだと思います」
「はー、自然発火ね……そんな簡単に火が点くの?」
「伊達さんそんなことも知らないんですね」
ケーキをもう三つも食べ終えた御子柴刑事は鼻で笑うと、煽るようにそう言った。
「興味ないから知らねぇよ、ミコは何で知ったんだ?」
「僕も今知りました」
「お前なぁ……」
御子柴刑事は涼しい顔をしてカフェラテに口をつけた。それを横目で睨みつけ、気を取り直すように伊達刑事は咳払いを一つすると私に微笑んだ。
「……咲月ちゃんって先生か何か?」
「いえ、図書館の司書です」
「司書?」
「はい。公共図書館の……自然発火は防災訓練の講習会で消防士さんから聞きました」
「ああ、なるほどね。記憶力が良いね」
伊達刑事の言葉になんだか気恥ずかしくなってくる。
「その本。比々も載ってますよ」
「お、どれどれ?」
目次を確認しての比々ページを開いて再び渡す。伊達刑事は物珍し気に図画を眺める。
まるで、比々の絵を初めて見たような反応だ。




