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死んでも生活は続く  作者: 紫 和春


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第4話 見たところ

 少しして、快のメンタルは徐々に安定してきた。感情を表に出したことや、泣き疲れたという状態だろう。


「落ち着いた?」

「はい……」

「動けそう?」

「……はい」

「それじゃあ、少し歩いて、先生のところに行くよ。今のカイの状態を診てもらわなくちゃいけないし、精神世界にも慣れなくちゃ」


 ミリシアルは快から離れ、ベッドの横に立つ。

 そして彼女は快に手を差し伸べる。その手を快はゆっくりと掴んだ。

 その時になって、快は初めて彼女の顔をまじまじと見た。赤子のような綺麗な肌も、腰まで伸びた髪も白く、目は灰色のように見えてどこかキラキラしているように見える。身長は目測で160cmくらいだろうか。手足はスラッとしているが、女性としてメリハリのある柔らかそうな肉付きをしていた。服は透明感のあるシャツとスカートが一体になった、いわゆる白ワンピを着ている。足元に靴の類いは見られないため、素足なのだろう。

 そんな彼女に手を引かれ、快はベッドから起き上がった。体は太っているのにも関わらず、いつもより軽く感じる。

 快の恰好も、白いTシャツに白のゆったりとしたズボン。動きが制限されるようなものではない。


「カイは外に出るのは初めてだよね?」

「そう、ですね」

「大丈夫。どこも家の中のようなものだから」


 そういって部屋を出て廊下を進み、玄関のような場所をくぐる。外は部屋の中よりも少し明るいくらいだった。それ以上に、部屋の中と同じような地面や空、建物が目の前に現れる。いつぞやの月面の写真を見た時と同じ、遠近感が狂いそうな光景だった。建物があるだけ精神世界のほうがマシか。


「先生の家はこっちよ」


 ミリシアルは快と手を繋いだまま、道のような場所を進む。

 10分ほど歩くと、ミリシアルはとある建物の前で止まった。


「ここよ」


 ノックなどはせずに、ミリシアルは扉を開ける。するとそこには、あの老齢の男性が立っていた。


「よく来たね、ミリシアル。それとカイ君だったな」

「先生。また彼を診てくれますか?」

「もちろんだ。上がってくれ」


 そういって快とミリシアルは、先生の家に上がる。廊下を進んで部屋に入ると、そこは以前瞬間移動で来た部屋だった。

 先生が丸椅子に座り、快はもう一つの椅子に座る。


「さて、君のことを診るにあたって、肉体世界の情報を少し仕入れた。前回より多少はマシになっていると思うぞ。触ってもいいかね?」

「あ、はい」


 先生はそのまま快の腕に触れる。


「ふむ。脈拍は102。血圧は105の68。歩いてきたからこのくらいのものだろう」


 腕に触れて数秒も経っていない。快が驚く間もなく、先生は次々と快の体を診ていく。


「内臓は問題なし。呼吸も問題なし。目の様子は……」


 目の下を引っ張り、眼球の様子を見る。


「これも大丈夫。……口も喉も大丈夫そうだね」


 まるでX線やCTスキャンの画像を見ているように、快の体を見てズバズバと言っていく。


「うーん。精神世界では血液は滅多にないのだが、彼にはあるようだな。ちょっと血糖値が足りてないようだ。おそらく肉体世界の体が影響しているのだろう」


 こうして一通り、快の体調を確認する。


「ひとまず、見た目が太っているのと血糖値が低いこと、空腹であること以外は問題ない。この感じでは栄養失調か血糖値異常で倒れるだろうから、一日に一回の食事をおすすめするよ」

「分かりました……」

「しかし……。精神世界に肉体世界の体がやってくるのは初めての経験だからね。処方としては、とにかく精神世界での生活に慣れるほかないだろう。この世界の空気やら刺激に触れていれば、精神世界の君自身を思い出すか、体が変化するだろう。それでも、この世界の刺激はものすごい低刺激だから、結果が出るまでに時間はかかってしまうだろうね」


 先生の診断はそのようなものだった。


「辛抱強く待つしかないということですか?」


 ミリシアルが聞く。


「そうだな。対症療法とも言えない、ひどい治療法だ」

「そう……ですか……」


 現状、快の保護者のような立場であるミリシアルは、困難な治療になることを受け入れるしかなかった。


「ありがとうございました」


 二人は家の前で先生に頭を下げ、帰路に付く。特に手を繋ぐこともなく、無言でゆっくりと道を進んでいた。


「……カイ、大丈夫?」


 沈黙を破ったのはミリシアルのほうだった。


「うん……、大丈夫です」

「そう……」


 本当は大丈夫ではないと思ったミリシアルだが、それ以上は何も言わなかった。

 快としては、本当の自分が何なのか分からなくなっていた。肉体世界か、精神世界か、どちらが本物の自分なのか。そもそも精神世界の精神が肉体世界に入り込んでいるから、精神世界の人格が本物なのだろうが、それは「肉体世界のお前は偽物だ」と言われているようなものだ。それだけは否定したかった。

 そんなことを快は考えて、顔が地面のほうへ向く。

 それを察したのか、ミリシアルはそっと快の手を取った。


「きっと、なるようになるよ」


 快のことを元気づけるための言葉だった。

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