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死んでも生活は続く  作者: 紫 和春


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第3話 人の経歴

 彼は普通の人だった。学校ではそれなりの友達がおり、成績もクラスでは中の上といったところ。運動も小学校中学年の頃から野球クラブに所属するくらいには出来た。

 とにかく、良くも悪くも凡庸な人間、それが彼である。


 そんな彼に、最初の転機が中学生の時に訪れた。ほぼ小学校からの繰り上がりの状態だったクラスメイトの数人からいじめを受けるようになったのだ。

 中学2年生であった約1年の間、いじめられるようになった原因もよく分からないまま暴力を受け、そして中学3年生の時にいじめの主犯たちと仲直りしていた。

 この時に受けたいじめが、主に暴力によるものと、彼自身が汚いという精神的なものであった。暴力に関しては、男児であったためにある程度耐えることができた。しかし、精神的ないじめに対してはそこまで耐性があったとは言えない。その精神的ないじめによって、彼は後年間接的な意味で精神疾患を発症することになる。


 次の転機があるとすれば、彼がそれぞれの学校を卒業したことだろう。中学校卒業、高校卒業、大学卒業。この環境の変化によって、それまでの人間関係がリセットされていくという、そこそこよくある現象に遭遇していた。

 人間関係がリセットされていくということは、それまでの出会いが無かったことになる。つまり、人間関係を構築し直すことが都度発生するのだ。すると何が発生するか。

 心を許せる他人が存在しなくなるということである。家族ですら本心を話せることがなくなるのだ。言いたいことが心の中で積もり積もっていき、すべて腐敗していく。故に、心はドブのようになるのだ。


 そして最後の転機が、とあるSNSを利用したことが原因だ。そのSNSではあらゆるテーマで炎上していた。まさに日常茶飯事と言わんばかりに燃えていた。そんなSNSに、ある意味素直な彼は影響されまくっていた。ということで、彼の政治的な思想はあらゆる方向に先鋭化していき、相反する心がいくつも存在するような状態だ。

 そして人間関係が希薄だった彼には、その思想は毒であり、ある種のアイデンティティとなっていた。そしてSNSはそういう彼を肯定してくれた。


 そういうことが重なって、彼の心は非常に歪んでしまった。それは就職後も変わらずそのままであり、丸くなることはあるものの、完全に治ることはなかった。

 常日頃から温厚な性格と過激な思想がぶつかり合い、精神は徐々にすり減っていく。

 その上で発症した精神疾患で服用していた薬の副作用の影響もあり、メンタルはグチャグチャになる。


 こうして、いつの間にか意識はどこかに飛んで行った。


──


「……という感じ、ですかね……」

「なるほど……」


 ミリシアルは、快の話を聞いて考える。


「肉体世界ではよくある、定型発達ぎみの人生ね……」

「あぁ、そっすか……」


 快は落胆した。自分の人生はそんなものだったのか、という気分がしたのだ。


「その肉体世界での精神が、この精神世界まで蝕んでいるということだと思う。多分先生もそのように言うかも」

「俺の人生って……」


 快は泣きそうになっていた。彼女の言葉には何もトゲのようなものはないのだが、なぜか自分を否定されたような気分になるのだ。

 それを見てミリシアルは、体を少しずらし、快の事を優しく抱きしめる。


「大丈夫よ。私がいるから。カイのこと、ちゃんと理解するから」

「え、ちょ、え」


 快、女性に抱きしめられるという初めての経験である。彼の経歴から察せるだろうが、彼女いない歴イコール年齢であることは自明だ。故に、こうして異性と肌の接触が発生する今の状況に困惑しているのである。

 そして思考がオーバーヒートして、快は固まってしまった。


「あら? 大丈夫?」

「大丈夫……では、ないです……」

「ごめんね、嫌なら言ってくれてもいいのよ?」

「いや……、その……」


 それでも快の目からは涙がポツリポツリと流れる。人生において、彼女が初めて快のことを理解しようとしているからだ。それだけで快は、生きている意味を見出せる気がした。


「ぐっ……、うぅ……」


 快の心の奥から辛い感情が湧き出て、いつの間にか嗚咽まで出ていた。

 男の涙に価値などない。むしろ泣いている男なんぞ社会のゴミと言わんばかりの世界で生きてきた。快も幾度となく涙を流しては、それ自体が無駄であることを理解していた。

 でも、ここでは許される。それが嬉しかった。


「辛かったら、私に言ってね。いつでも受け止めてあげるから」

「はい……っ」


 それからしばらく、快はミリシアルに抱かれたまま泣いた。

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