戦士が美少女になった理由
マダム・ヴェルダは、扇の向こうで笑って言った。
「女性しか入れない区画へ、どうやって入ったのか」
ガルドは椅子に座っていた。
座らされていた。
両手で自分の肩を抱き、今にも逃げ出しそうな顔をしている。
ただし、美少女なので、怯えた小動物みたいに見える。
中身は、昨日まで大剣で魔王軍の門をこじ開けていた男である。
「聞きたくねぇ」
ガルドが言った。
「聞かなければ進みません」
セシルが言った。
「進まなくていい」
「正午に表彰式があります」
「進め」
即答だった。
レオンは頭のシーツを押さえながら、ヴェルダを見た。
「女性専用の上級会員区画と言ったな」
「ええ」
「そこに聖剣の保管庫へ通じる情報があった」
「正確には、保管庫へ出入りする管理人の控え室につながる通路の情報ですわ」
「ややこしいな」
「裏の施設ですもの。簡単にしておく理由がありません」
セシルが小さく頷いた。
「つまり昨夜の私たちは、その区画へ入る必要があった」
「ええ」
ヴェルダの視線がガルドへ向いた。
「そして、入れる人材が必要だった」
ガルドが椅子ごと一歩下がった。
「俺じゃねぇだろ」
「昨夜は、あなたでしたわ」
「なんでだよ!」
「適性です」
「どこが!」
ヴェルダはガルドの今の姿を上から下まで眺めた。
「結果をご覧くださいませ」
「結果を見るな!」
レオンはこめかみを押さえた。
「ユージンか」
「もちろんですわ」
ヴェルダは、昨夜の場面を語り始めた。
「競売の後、皆様は一度、控え室へ通されました。竜の仮登録、鎖の貸出、保管料の支払い、その他いろいろ」
「その他いろいろが怖い」
「怖いのは請求額ですわ」
「言うな」
レオンの声がかすれた。
ヴェルダは楽しそうに続けた。
「そこで魔法使い様が、奥の保管金庫へ入るには管理人の解除印が必要だと突き止めました」
「ユージンは仕事が早い」
セシルが言った。
「説明は遅いが」
ガルドが言った。
「それはそうです」
「認めるのかよ」
「事実です」
ヴェルダは扇を閉じる。
「ただ、その管理人は女性専用の上級会員区画にいました」
「なぜ」
レオンが聞いた。
「秘密の多い場所ですから」
「答えになっていない」
「裏カジノでは、答えになっております」
セシルが深く息を吐いた。
「それで、誰かが入る必要があった」
「はい」
「私では駄目だったんですか」
ヴェルダはセシルを見た。
「僧侶様は、竜の封印維持で手が離せませんでした」
セシルの顔が固まった。
「……そうでしたね」
まだ思い出してはいない。
けれど、欠けた聖印がその答えだった。
昨夜、彼女はずっと何かを支えていた。
たぶん、全員の尻ぬぐいを。
「では、他に女装という手も」
レオンが言った。
ヴェルダはレオンを見た。
頭のシーツを。
それから、顔を。
「勇者様は目立ちます」
「この状態で言われると説得力がある」
「昨夜は髪もありましたし」
「やめろ」
ガルドが小さく笑った。
レオンは振り向いた。
ガルドは即座に真顔になった。
「笑ってねぇ」
「笑ったな」
「笑ってねぇ」
「今のは笑った」
セシルが言った。
ガルドは黙った。
ヴェルダは続ける。
「魔法使い様は、自分が変装する案も出しました」
「ユージンが?」
レオンは少し意外だった。
「あいつ、自分を変身させる気だったのか」
「ええ。ですが、術を維持しながら交渉するには負担が大きい。禁呪の反動も残っていましたから」
セシルが眉を寄せた。
「それで、他人にかける方が楽だった」
「そうですわ」
ヴェルダの視線が、またガルドへ向かう。
「体力がある。多少魔力の負荷がかかっても倒れない。黙っていれば迫力もある」
「黙っていれば?」
ガルドが唸る。
「そこが問題でしたわね」
「俺は何をした」
「変身前ですか、変身後ですか」
「もう分けるな」
レオンは椅子の背に手を置いた。
「その時、ガルドは了承したのか?」
ヴェルダは少し考えた。
「了承というより、売り言葉に買い言葉でしたわ」
「どういう流れだ」
「魔法使い様が言いました。『お前は黙っていれば顔立ちは悪くない。骨格も変えやすい』と」
ガルドの顔が険しくなる。
「それ、褒めてんのか?」
「たぶん違います」
セシルが言った。
「続けて魔法使い様は、『女に見えるようにする。中身は変えられないから喋るな』と」
「喋るなって言いすぎだろ!」
「必要な指示です」
「お前まで!」
ヴェルダは微笑む。
「戦士様はこう返しました。『上等だ。俺が女に見えるわけねぇだろ』と」
レオンは目を閉じた。
セシルも目を閉じた。
ガルドは口を開けたまま止まった。
「……言いそうだな」
「言いましたわ」
「それ、完全に負ける流れじゃねぇか」
「負けましたわ」
ヴェルダの返答は早かった。
ガルドは椅子に沈んだ。
美少女が椅子に沈むと、やけに絵になる。
腹立たしいほど絵になる。
「それで変身したのか」
レオンが聞いた。
「ええ」
ヴェルダは競売場の隅を指した。
「こちらの控え室で」
三人はその部屋へ移動した。
狭い化粧室のような場所だった。
鏡。
香水瓶。
赤い布の長椅子。
そして床に、かすかに残る魔法陣の焦げ跡。
ガルドはその焦げ跡を見て、露骨に一歩下がった。
「ここか」
「ええ」
セシルが床を見た。
「変身術の陣ですね。かなり乱暴です」
「乱暴?」
「普通、骨格変化と外見偽装は分けます。これは一気にやっています」
ガルドが青ざめた。
「一気にやるなよ、俺の身体を」
「昨夜の時間がなかったんでしょう」
「俺の身体にも都合があるだろ!」
レオンは鏡を見た。
昨夜、この部屋で、巨体のガルドが美少女に変えられた。
その瞬間を想像する。
かなり面白い。
だが笑うと殺される。
「レオン」
ガルドが低く言った。
「今、想像したな」
「していない」
「しただろ」
「していない」
セシルが言った。
「しましたね」
「なぜ分かる」
「口元です」
レオンは咳払いした。
ヴェルダは嬉しそうだった。
「変身が終わった時の皆様の反応は、それはもう」
「言わなくていい」
ガルドが遮った。
「言ってください」
セシルが言った。
「おい!」
「必要な情報です」
「絶対違う!」
ヴェルダはためらわなかった。
「まず、勇者様が絶句しました」
「まあ、する」
「僧侶様は額を押さえました」
「しますね」
「魔法使い様は、『成功しすぎた』と」
「ユージン!」
ガルドが叫んだ。
「そして戦士様は、鏡を見てこうおっしゃいました」
「やめろ」
「『誰だこの女ぁぁぁぁ!』と」
ガルドは頭を抱えた。
「今朝と同じこと言ってんじゃねぇか!」
「変わらない方で安心しました」
「安心するところか!?」
レオンは耐えきれず、少し笑った。
ガルドが睨む。
「笑ったな」
「少し」
「正直か」
「すまん」
セシルも視線を逸らしていた。
ガルドが見る。
「お前も笑っただろ」
「祈っていました」
「何を」
「忍耐を」
「笑ったんだろ!」
「少し」
「お前も正直か!」
ヴェルダは化粧台に置かれた仮面を手に取った。
「問題は、その後ですわ」
「まだ問題があるのか」
ガルドはもう疲れていた。
「女性専用区画へ入るには、見た目だけでは足りません。立ち居振る舞い、言葉遣い、歩き方」
「全部無理だ」
レオンが即答した。
ガルドが立ち上がる。
「おい!」
「無理だろ」
「無理です」
セシルも即答した。
「少しは仲間を信じろ!」
「信じているから無理だと言っています」
「どういう信頼だ!」
ヴェルダは頷いた。
「昨夜も、まったく同じやり取りをしていましたわ」
「成長がない」
レオンが言った。
「昨日の話だぞ!」
「昨日から今朝にかけて退化はしました」
「身体のことか!?」
「状況全体です」
セシルが言った。
ヴェルダは話を進める。
「魔法使い様は、戦士様に三つだけ命じました」
「三つ?」
「一つ。喋るな」
「無理だな」
「二つ。座る時に足を開くな」
「無理ですね」
「三つ。誰かに話しかけられたら微笑め」
「絶対無理だ」
ガルドが机を叩いた。
細い手なのに、音は重い。
「お前ら即答すんな!」
「では、できますか」
セシルが聞いた。
ガルドは少し黙った。
「……今なら、頑張れば」
「昨夜は?」
「酔ってたら無理だな」
「はい」
セシルが頷いた。
「そういうことです」
「自分で言って負けた気がする」
ヴェルダは鏡の前へ歩く。
「それでも、最初はうまくいきました」
「本当か?」
レオンが聞いた。
「ええ。戦士様は黙っていれば、本当に目立ちましたから」
「目立ったら駄目なのでは」
「美しい方は、どこにいても目立ちますもの」
ガルドが頭を抱える。
「美しいって言うな」
「事実です」
「事実でも言うな」
「では、たいへん整った外見」
「同じだろ!」
セシルが小さく言った。
「黙っていれば、本当に……」
ガルドが振り向く。
「おい、今お前まで何か言いかけただろ」
「祈っていました」
「またそれか!」
レオンは手を叩いた。
「先へ進もう。女性区画で何があった」
ヴェルダは満足そうに頷いた。
「戦士様は、魔法使い様の偽造した会員証で区画に入りました」
「偽造」
セシルが低く言った。
「後でユージンさんにも説教ですね」
「本人が戻ってきたらな」
レオンが言った。
その一言で、一瞬だけ空気が沈んだ。
ユージンはどこかへ消えた。




