大勝ちした勇者パーティー、なぜかドラゴンを買う
「昨夜の目玉は、S級竜種でした」
マダム・ヴェルダがそう言った瞬間、ガルドの目が光った。
本当に光った。
美少女の顔で。
「おい」
レオンは低く言った。
「今、目が光ったぞ」
「光ってねぇ」
「光りました」
セシルも言った。
「光ってねぇって!」
「自分では見えませんからね」
「そういう冷静な返しやめろ!」
ガルドは両手で自分の顔を押さえた。
細い指。
白い頬。
完全に美少女だった。
ただし中身は、昨日までドラゴンの骨を見て「いい剣の柄になりそうだな」と言っていた男である。
レオンはヴェルダを見た。
「そのS級竜種が、今うちの宿の中庭にいる黒いやつか」
「ええ。グラニス。封印済みの高位竜種ですわ」
「封印済み」
セシルの目が細くなる。
「封印済みなら、なぜ今朝シーツを食べているんですか」
「封印は暴走を抑えるものですわ。食欲までは抑えません」
「最悪の仕様ですね」
「生き物ですもの」
「生き物を競売に出さないでください」
ヴェルダは悪びれなかった。
「買いたがる方がいるのです」
三人の視線が、ガルドへ向いた。
「俺を見るな」
「まだ何も言っていない」
「目が言ってんだよ!」
ヴェルダは赤い扉に手をかけた。
「実際に見ていただいた方が早いでしょう。昨夜、皆様が足を踏み入れた場所です」
扉が開いた。
その向こうには、昼間とは思えないほど暗い広間があった。
壁には赤い布。
天井からは金の燭台。
中央には競売台。
その周囲に、顔を隠すための仮面と、札を上げるための細い杖が並んでいる。
レオンの頭の奥に、昨夜の光景が少しだけちらついた。
金貨の匂い。
香油の匂い。
誰かの笑い声。
ユージンの低い声。
――帰るぞ。
そこで記憶は途切れた。
「ここで競売を?」
「ええ」
ヴェルダは競売台へ歩いた。
「皆様は、聖剣の保管先を確認するためにここへ入りました。奥の保管金庫へ続く搬入口が、この先にございますので」
「つまり、本来は聖剣回収のためだった」
セシルが言った。
「そうですわ」
ヴェルダはにっこりした。
「本来は」
それだけで、三人の胃が重くなった。
ガルドがぼそりと言う。
「本来って言葉、嫌いになりそうだ」
「私もです」
セシルは淡々と答えた。
ヴェルダが手を叩く。
黒服の男たちが、競売台の脇に置かれていた分厚い帳簿を開いた。
そこには昨夜の落札記録が残っていた。
「まず出たのは、呪われた銀鎧」
「買ってないだろうな」
レオンが言った。
「買っていませんわ」
「よかった」
「戦士様は欲しそうでした」
「おい」
「防御力高そうだったんだろ」
ガルドが言った。
「呪われているんだぞ」
「呪いを抜けば使えるだろ」
「抜く人の負担を考えてください」
セシルが刺した。
ガルドは黙った。
「次に、持ち主の秘密を勝手に喋る鏡」
「最悪だな」
「戦士様は『敵に持たせれば勝てる』とおっしゃっていました」
「発想だけは悪くない」
「人としては最悪です」
「人としてまで言うな」
「そして、最後」
ヴェルダの声が少し低くなった。
「黒い檻が運ばれてきました」
広間の奥に残っていた車輪の跡を、ヴェルダが扇で示す。
床に深い傷が走っていた。
ただ重いものを引いた跡ではない。
何かが内側から暴れ、抑えつけられた跡だった。
「檻は封印銀製。運び手は八人。全員が鎧を着ていました」
「鎧?」
「ええ。万一、吐息が漏れた時のために」
「漏れるものを競売に出すな」
セシルが言った。
「封印済みですもの」
「さっき食欲は抑えないと言いましたよね」
「吐息も少し漏れますわ」
「封印とは」
ガルドが一歩前に出た。
「でかかったのか」
セシルが振り向く。
「今、そこですか」
「確認だ」
「目が完全に子供です」
「この顔は俺のじゃねぇ」
「その言い訳はもう使えません」
「くそ」
ヴェルダは楽しそうに答えた。
「ええ、大きかったですわ。檻の中で丸まっていても、馬車二台分は」
ガルドが息を呑んだ。
「馬車二台分……」
「ガルド」
レオンが言った。
「お前、昨夜その顔をしていたんだな」
「してねぇ」
「今している」
「だから、この顔は――」
「もう無理です」
セシルが言った。
ガルドは黙った。
ヴェルダは競売人の口調を真似た。
「『S級竜種グラニス。封印済み。知性あり。王国登録外。契約未成立』」
セシルの顔が硬くなった。
「契約未成立の高位竜種を競売に?」
「危険な品ほど、値は上がります」
「本当に最悪ですね」
「商売ですわ」
「最悪の商売です」
「褒め言葉として受け取ります」
「褒めていません」
「知っております」
レオンは床の傷を見つめた。
昨夜、黒い布が外れた瞬間。
檻の中で、金色の目が開いた。
そんな光景が、ほんの一瞬だけ脳裏をよぎった。
その目は、人間を見下していた。
だが、ひとりだけを見た。
ガルドを。
「竜は誰かに反応したのか」
レオンが聞いた。
ヴェルダはゆっくりガルドを見た。
「ええ。戦士様を見ました」
ガルドが黙る。
「昨夜はもちろん、今のお姿ではありませんでした。巨体の、戦士様でしたわ」
そこだけは、はっきり言った。
昨夜のガルドは男だった。
美少女になったのは、その後だ。
「竜が俺を見た?」
「ええ。目を開けて、笑ったように見えました」
「ドラゴンが笑うのか?」
「高位竜種ならありえます」
セシルが言った。
「人間を覚える時、最初に目を見ると言われています」
ガルドは何も言わなかった。
珍しく、何も。
ヴェルダは続けた。
「そこで競売人が煽りました。『どうやら、竜の方も気に入ったようです』と」
セシルが額を押さえた。
「最悪の煽り文句です」
「昨夜の戦士様には効きましたわ」
「でしょうね」
「でしょうねって言うな」
ガルドが弱々しく言った。
ヴェルダは帳簿の次の行を指で叩いた。
「最初に札を上げたのは、戦士様です」
ガルドが天井を見た。
「俺かぁ……」
「認めるの早いな」
レオンが言った。
「だってドラゴンだぞ」
「今それを言うな」
「でもドラゴンだぞ!」
セシルが深く息を吸った。
「ガルドさん」
「はい」
「今朝、中庭にいたものを見ましたね」
「見た」
「花壇が消えましたね」
「消えた」
「シーツを食べましたね」
「食べた」
「王都の高級宿の中庭です」
「はい」
「それでも欲しいですか」
ガルドは黙った。
長く黙った。
そして、小さく言った。
「……今は、ちょっとだけ」
セシルが目を閉じた。
「正直でよろしい」
声は全然よろしくなかった。
「ユージンは止めただろ」
レオンが聞く。
「止めましたわ」
「何と」
「『手を下げろ。今すぐ下げろ。ガルド、手を下げろ。切り落とされたいのか』と」
「かなり止めている」
「ええ」
「俺は?」
ヴェルダは微笑んだ。
「勇者様は、最初は止めていました」
レオンは少しだけ息をついた。
「よかった」
「ですが」
「ですが?」
「競売人が『この竜は、魔王軍残党への牽制にも使える』と言った瞬間、少し迷われました」
レオンは固まった。
セシルが見た。
ガルドも見た。
「……いや」
レオンは首を振る。
「それは、戦略的な」
「今それを言うと、昨夜のレオンと同じです」
セシルが言った。
レオンは黙った。
言い返せなかった。
「さらに競売人は言いました。『世界を救った英雄の凱旋に、竜が従えば、民はさらに沸くでしょう』と」
「それは詐欺師の言葉だ」
レオンが言った。
「昨夜の勇者様は、少し頷いておられました」
「俺を殴ってくれ」
「今のあなたを殴っても、昨夜のあなたは止まりません」
「分かっているなら冷静に言わないでくれ」
ガルドがぼそりと言った。
「でも、竜を連れて凱旋って、ちょっと格好いいよな」
セシルが無言でガルドの足を踏んだ。
「痛ぇ!」
「今のは未来の発言を止めるためです」
「未来を踏むな!」
ヴェルダは笑いをこらえながら、帳簿をめくった。
「札は上がりました。戦士様が上げる。勇者様が止める。魔法使い様が怒る。僧侶様が謝る。すると競売人がまた煽る」
「地獄だな」
レオンが言った。
「ええ、とても盛り上がりましたわ」
「盛り上がるな」
「客商売ですので」
セシルが低く聞いた。
「いくらですか」
ヴェルダは金額を言った。
レオンは一瞬、息を忘れた。
ガルドも固まった。
「……それ、家が買えるか?」
「王都の外なら、小さな牧場つきで」
ヴェルダが答える。
ガルドは静かに両手で顔を覆った。
「俺、何やってんだ」
「ドラゴンを買いました」
セシルが言った。
「説明が短すぎて刺さる」
「金はどうなった」
レオンの声がかすれた。
「勝ち金の大半は落札額に」
ヴェルダは指を折る。
「それに搬出費、封印維持費、契約仮登録費、警備費、竜種特別保管税、深夜受け渡し加算」
「やめろ」
「竜用鎖の貸出料」
「やめてくれ」
「宿までの誘導費」
「本当にやめてくれ」
レオンは頭のシーツを押さえた。
頭痛がした。
髪がないのに、頭痛はある。
理不尽だった。
セシルが低く言った。
「つまり、聖剣を受け戻すための金まで消えた」
「ほぼ」
ヴェルダは優雅に頷いた。
「しかも競売中に、聖剣は奥の保管庫へ移されました」
レオンは顔を上げた。
「待て。それはまずい」
「ええ。まずいですわ」
「通常金庫なら金と本券で戻せた。奥の保管庫だと?」
「手続きが増えます」
「どんな」
「保管解除印と、管理人の認証です」
セシルの顔が硬くなった。
「神殿系の保管記録が絡みますね」
「ええ」
レオンの頭の奥で、嫌な言葉が並んだ。
神殿。
記録庫。
僧見習い。
剃髪。
まだ繋がらない。
だが、嫌な予感だけはあった。
「それで、竜はどうした」
ガルドが聞いた。
「まさか、ここに置いて帰ったわけじゃねぇよな」
「置いていけば保管料が発生します」
ヴェルダが言った。
「また金かよ!」
「竜ですので」
「竜だから何でも許されると思うな」
「思っているのは竜の方ですわ」
誰も反論できなかった。
「結果、皆様はその場で引き取りを選びました」
「選ぶなよ」
レオンが呻いた。
「選ぶな、昨夜の俺たち」
「本当に見事な行列でしたわ」
ヴェルダはうっとりした声で言う。
「勇者様が前で道を開き、僧侶様が封印を維持し、魔法使い様が結界を張り、戦士様が鎖を引く」
「俺が引いたのか」
ガルドが聞いた。
「ええ」
「引けたのか」
「竜が歩く気になっていましたから」
「つまり俺が引いたんじゃなくて、竜がついてきた?」
「そうとも言えます」
ガルドの口元が少し動いた。
セシルが見逃さなかった。
「嬉しそうにしない」
「してねぇ」
「しています」
「くそ」
ヴェルダは続ける。
「深夜の王都を、S級竜種を連れて。宿まで」
「誰にも見られなかったのか?」
「見られましたわ」
「終わった」
「ただ、皆様が変装しておられたので」
「助かったのか?」
「いえ、余計に怪しかったですわ」
レオンは天井を見た。
どこにも救いがなかった。
「でも、まだ分からない」
セシルが言った。
「ドラゴンを買ったことは分かりました。でも、今朝の異常はそれだけではありません。ガルドさんの姿も、レオンの髪も、モップも、ユージンさんの失踪も」
「ええ」
ヴェルダは楽しそうに頷く。
「本当に面白かったのは、その後ですわ」
レオンの背中に嫌な汗が流れた。
「その後?」
「聖剣を取り戻すために、皆様はさらに動きました」
「聖剣は奥の保管庫へ移された」
セシルが整理する。
「金はほぼ消えた。本券はある。ドラゴンは連れ帰った」
「そして、奥の保管庫へ通じる情報は、女性専用の上級会員区画にありました」
ガルドが瞬きをした。
一度。
二度。
そして、ゆっくり自分の身体を見下ろした。
細い腕。
白い手。
胸。
腰。
レオンも、セシルも、同時にガルドを見た。
ガルドの顔から血の気が引いていく。
「……おい」
ヴェルダは、扇の向こうで笑った。
「次は、そのお話ですわね」
「待て。待て待て待て」
「女性しか入れない区画へ、どうやって入ったのか」
「待てって言ってんだろ!」
ヴェルダは、ゆっくりガルドの今の姿を見た。
昨夜の男の姿とは違う、今の姿を。
「今のお姿を見る限り、答えはもう出ているようですけれど」
ガルドの悲鳴が、裏カジノの天井に響いた。
「俺、昨日の俺に何されたんだよぉぉぉぉぉ!」




