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兄の背中

ターシャはその夜、自分の部屋のベッドの中で天井を見つめていた。


あの後、公爵夫妻の部屋に連れていかれた。

祖母だと思っていた公爵夫人は、優しく言った。


「私たちはあなたを本当の孫だと思っています。本当はずっとここにいてほしい。一緒に暮らしたい……」


夫人は少し言葉を切り、静かに続けた。


「だけど、それはかえってあなたを苦しめることになります。

あなたのその、クラウス様譲りの黒髪と深い緑の瞳。そしてロザーリア様そっくりのお顔……」


夫人は申し訳なさそうに微笑んだ。


「ロザーリア様が亡くなり、あなたが孤児院に入れられたと知った時、居ても立ってもいられませんでした。

衝動的に『エリアスの実の娘』として引き取ってしまったのです。浅はかでした……」


「かえって辛い思いをさせてしまいましたね。

もしあなたが皇帝の血筋を引く方なのであれば……帝国に行くべきです」


その言葉が、ターシャの頭の中で何度も繰り返されていた。


――孤児院にいたあの頃。


そこまで辛いと思ったことはなかった。

けれど、寂しさは確かにあった。


王女であった母を亡くし、国王である祖父は私を認めず、孤児院に入れた。


フェルネス叔父様は毎日のように孤児院を訪ねてきて、いろいろなことをしてくれた。


だが、それが他の子供たちの嫉妬を呼んだ。


食事を奪われたり、菓子だと言って渡された物が泥だったり。

ベッドの中をびしょ濡れにされたこともあった。

池に突き落とされたこともある。


……いろいろあったなあ。


でも、あれを思えば宮廷での悪口ぐらいどうってことない。


そんな日々が半年ほど続いたある日のことだった。


「私がそなたの父だ」


豪華な馬車で迎えに来てくれたエリアスお父様。


信じられなかった。

夢を見ているのかと思った。


道すがら、亡き母の夫であること、私が娘であることを一生懸命説明してくれた。


アストリア王国に着くと、すぐに国王陛下がお目通りしてくださり、公爵夫妻も優しく受け入れてくれた。


しかし、すぐに「髪の色」と「瞳の色」でいろいろ言われることになった。


「ロザーリア公子妃と、あの黒髪の騎士の娘に違いない」


そんな噂は、あっという間に広がった。


この国の王家は皆、色素が薄い。


髪は銀色。

瞳は紫。


紫の色が濃いほど、王家の血が濃いとされる。


他国の女性を嫁に迎えても、生まれてくる子供は皆、銀髪に紫の瞳になる。


お兄様もそうだった。


お父様とお母様の正真正銘の息子であるお兄様は、国王陛下に近いほど瞳の紫の色が濃かった。

顔立ちもどことなく国王陛下やお父様に似ていた。


私が父の血を引いていないことは、誰の目にも明らかだった。


五つ年上のお兄様は、今、他国に留学している。


お兄様……どうしているかな。


誰よりも優しくて、強いお兄様。

大好きなお兄様。


……会いたいなあ。


もし帝国へ行ったら、二度と会えなくなってしまう?


ターシャは慌てて身を起こした。


「いやだ……!」


思わず声が出る。


「お兄様に会えなくなるのはいやだ!

やっぱり帝国行きは何としてもやめよう。お兄様とこのまま別れたくない!」


強い決意を胸に抱きながら、ターシャは再び横になった。


すると、懐かしい記憶が浮かんでくる。


兄と散歩していた日のこと。


木の根に足をひっかけ、盛大に転んでしまった。


泣きじゃくるターシャを、兄は何も言わず背負い上げてくれた。


温かい兄の背中。


いつも、お兄様とフェルネス叔父様と三人で過ごしていた。


叔父様は時間を作っては二人を町へ連れて行き、剣の稽古をつけ、難しい勉強を教えてくれた。


楽しい日々だった。


――その頃、母は病床にあった。


騎士であった母は、魔獣退治の際、毒を浴びそうになった部下をかばい、自らその毒を受けてしまったのだ。


普通なら即死するほどの毒だった。


それでも母は、なんとか命をつないでいた。


しかし、病状は日ごとに悪化していった。


面会が許されたのは、一日にほんの十分ほど。


母は兄と私を抱きしめ、ただ涙を流した。


「フェルネス……二人を頼みます」


「何を弱気なことをおっしゃいます。姉上は大丈夫です。必ず治ります」


フェルネス叔父様は、いつもおどけたように母を励ましていた。


時々、今の父であるエリアスも見舞いに訪れていた。


「大丈夫だ。二人は私がしっかり育てる。心配するな」


母の手を握り、


「また来る」


そう言って帰っていった。


そして母は亡くなった。


葬儀の後、私は祖父の側近に連れられ、辺境の国境付近の孤児院に入れられた。


「その髪と瞳では本国で何を言われるかわからない。娘の不義を疑われるのは心外である」


祖父は体面を気にしたのだ。


兄だけが、本国の父の元に引き取られた。


それを孤児院に訪ねてきたフェルネス叔父様から聞かされた。


フェルネス叔父様は国王の第二王子である。

だが、称号と居室以外のすべての権限を奪われていた。


理由は、叔父様を産んだ祖母様が出産で亡くなったからだという。


祖母を深く愛していた祖父は、妻を失ったのはフェルネス叔父様のせいだと思い込み、叔父様を冷遇した。


「フェルネス様には何の罪もないのに……」


召使いたちがよくそうぼやいていた。


放っておかれた弟が不憫で、母ロザーリアは必死にフェルネス叔父様の面倒を見ていたそうだ。


母には腹違いの兄――伯父がいた。


伯父は母とフェルネスに優しかった。

だが父である国王には逆らえず、見て見ぬふりをしていたと侍女から聞いた。


祖父は何度も言っていたらしい。


「その黒い髪と緑の瞳は隠さねばならぬ」


……なぜだろう。


離婚していたのに。


うーん……。


なんだかよく分からなくなってきた。


夢の中で、今までの出来事が次々と浮かんでは消えていった。

ターシャの母国は小国で、実質上、エリアス達がいるアストリア王国の属国です

なぜターシャが孤児院送りにされたかは、後の番外編で書く予定です。

番外編は本編が終わってから順次公開予定です

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