祝福の中で
グランディル帝国皇女クラリスと、アストリア王国の新王太子カイレスの婚約は、瞬く間に大陸中へ広まった。
巨大魔獣に踏み荒らされた大地の跡を見て絶望に覆われていた大陸が、久しぶりに祝福の空気に包まれた。
しかし実際には、全滅したトリアノン王国を今後どう扱うかなど、問題は山積していた。
「すまぬ。婚約はできたが、結婚式はもう少し先になる」
アストリア国王はカイレスに詫びた。
「いいえ。婚約できただけで、今の私は充分でございます」
「そなたが自ら王太子に名乗りを上げた時は本当に驚いたが、そういうことだったとは」
元の王太子ダストスが、複雑な表情で言った。
「女のために自分の命を懸けるなど、意味がわからない」
「そなたも好きな女性ができたら理解できると思うぞ」
カイレスは笑った。
「そなたのおかげで我が国は被害を受けずに済んだ。その礼は言う。私は王太子という器ではなかったから、正直ありがたいぞ」
「私の代わりに公爵家を継いでくださるとのこと。よろしく頼みます」
「公爵家でも荷が重いが……。そなたがいてくれて本当によかった。それに、チビ……いや、皇女殿下がこの国に戻られるとは考えたこともなかった」
「前のようなことにはなるまい。まあ、あれがあったからこそ皇女の正体がわかったのだから、ある意味、その方の手柄もあったかもしれぬ」
国王が言った。
「反省しております。叔母上と皇太子殿下を命がけで救ってくれたのが、あの黒髪の騎士だとは知らなかったのです。申し訳なかったです」
ダストスの目には、黒髪の騎士が仲のよかったエリアスとロザーリア王女の仲を引き裂いた男、としか映っていなかった。
そして、離婚した後も何度もロザーリア王女を訪ねるエリアスに対しても、未練がましいという情けない気持ちでいっぱいだった。
挙げ句の果てに、ロザーリア王女とあの黒髪の騎士との間に生まれた子供を、我が子としてかわいがることに、どうしても抵抗があったのだ。
「いろいろ勉強し直したいため、実地で学びたいと思います。トリアノン王国跡地へ向かいたいのです。何かの役に立てればと……」
ダストスはそう言った。
廃太子となった姿を、この国の者たちに見られたくないという気持ちもあった。
「それがよい。いろいろ学んでくるがいい」
国王は言った。
「では、いろいろ準備があるため、これにて失礼いたします」
ダストスは旅立っていった。
一方、帝国にはシャローヌの両親と、一族の族長が訪れていた。
「この度は、そなた達のおかげで被害がトリアノン王国だけでとどめられた。深く礼を言う」
皇帝は頭を下げた。
「いえ、我々の言うことを信じて迅速に行動してくださった皇帝陛下、その他の国々のおかげでございます。我々だけではどうしようもありませんでした」
「自分達だけ大陸から逃げ出すこともできたであろう」
「帰るところが瓦礫しかない場所になるのは困りますからね……」
皆が笑い合う。
「シャローヌとは会ったか?」
「はい、孫達にも会いました。シャローヌの目が元通りになっていて驚きました」
「なんでも、エルドリアの医師に治療してもらったそうだ。今は寝たきりになっている国王の義理の甥だとか……。国王は相当嫌われていたのだな。その医師も国王が嫌で、母国を避けていたそうだ」
「そうですね……。我が妹が体調を崩したためエルドリアに寄ったところ、国王が現れて強引に連れて行かれました。抗議しましたが受け付けられず……。一応王妃として扱われていたそうですが……若くして亡くなりました……」
族長はぎりぎりと歯ぎしりをした。
「そういえば、そなたの名前は何というのだ?」
「フェルネスでございます」
皇帝は驚きの顔を隠せなかった。
「その国王と亡き王妃との間に生まれた息子も『フェルネス』、同じ名前だ。ちなみに妹君の名は?」
「ターシャと申しました」
「そうか……そういうことか……」
皇帝は静かにうなずいた。
「妹君は、さぞ一族が恋しかったのだと思う。そなたの姪……ロザーリアという名の娘が産んだ子の名も、『ターシャ』であった」
族長の顔にも驚きが広がる。
「そのフェルネスという者は?ターシャがロザーリア様以外に子供を産んでいたなんて、知りませんでした」
「そなたは見なかったか?巨大魔獣の左側の首を切り落とした者だ」
「あれが……我が妹の忘れ形見……。ではターシャ殿とは?」
「囮役になった今の我が娘。現クラリス皇女だ。フェルネスは今アストリアにいるようですぐには来られぬが、クラリスならすぐに呼べるぞ。会うか?」
「ロザーリア王女にはカイレスという息子がいると聞き及んでいますが……」
「ああ、あれはロザーリア王女の養子だ。実の息子ではない。そなたとは血縁はない」
「そうだったのですね……」
族長の表情は複雑そうであった
「実は、エルドリアの王太子がそなた達との和解を望んでいる。仲介を頼まれている。父王がしたことを謝罪したいそうだ。どうであろうか?」
「国王が寝たきりとは?病気なのでしょうか?」
「さあ、知らぬ。国王が息をしている間、王太子は即位をする気はないそうだ」
「それでは国が困るのではありませんか?」
「そなた達が許してくれるのであれば、即位を考えてもよいとのことだ。エルドリアは面積こそ小さいが、かなりの技術力で国を築いている。そなた達の知恵をぜひ貸してほしいと言っていた」
「考えてみましょう……我が血筋の者がいる国ならなおさら」
「そうしてくれ。クラリス、来たか?」
急に呼ばれたクラリスは、少し息を切らしていた。
「お父様、何かありましたか?急に呼ばれたため、支度に手間取りました」
「シャローヌのご両親と族長殿だ。そなたにも会わせたいと思ってな」
クラリスの顔を見た族長が、息をのんだ。
「フェルネスとこのクラリスはよく似ている。エルドリアに行ったらぜひ会うがよい。今はフェルネスも貫禄が出て、昔ほどには似ておらぬが。昔は親子と間違えられるほど生き写しだった」
「ありがたいお言葉でございます」
族長は頭を下げる
クラリスはきょとんとしつつ、三人の前でお辞儀をした。
「族長様、初めまして。皇女クラリスでございます。シャローヌお姉さまには一方ならぬお世話になっております」
「背が伸びられましたなあ……。あの節は失礼いたしました」
シャローヌの父が懐かしそうに笑う。
「声も似ておるな……」
族長がつぶやく。
クラリスは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに真顔へ戻った。
「クラリス様、この度は隣国に嫁がれるとのこと、おめでとうございます。娘から聞きました」
「ありがとうございます。お姉さまと離れるのはとてもさみしいのですが、度々会いに戻ってきたいと思っております」
クラリスは笑顔で言った。
「それでは我々は戻りたいと思います」
「わざわざ来てもらって済まなかった。これからもちょくちょく寄ってくれるとうれしい」
皇帝は声をかけた。
「はい、ぜひとも」
族長たちは旅立っていった。
「相変わらず、あわただしい方々ですね。だけど、あの方達のおかげでこの大陸は助かりました」
「本当に。不思議な方々だ」
皇帝はしみじみと言った。
そして――
その半年後、カイレスとクラリスは式を挙げることになった。




