帰国の日
帰国の日になりました
一か月ほど経つと、クラリスはほぼ全快し、帝国へ帰ることになった。
「今まで本当にお世話になりました。この御恩は一生忘れません」
クラリスは深く頭を下げた。
「何を言っておる。ここはそなたの家だ。いつ戻ってきてもよいのだよ」
公爵が穏やかに言う。
「ありがたいお言葉でございます」
その間に、亡くなったと聞いていたエリアスお父様が女装して現れたのには、本当にびっくりした。
心臓が止まるかと思ったほどだ。
カイレスが言っていた「もっとすごい驚き」とはこのことか、と納得した。
フェルネスはただ、
「そういう人間もいるのだ。シャローヌ様が詳しそうだった。帰ったら聞くがよい」
と言うだけだった。
帰国の日、そのエリアスが現れ、クラリスに話しかけた。
「ロザーリアの代わりに、私があなたの母親になりたかったの」
その告白に、当時の父であったエリアスの必死さが思い出された。
「お父様が亡くなったと聞いて、何日も泣いたのですよ。フェルネス叔父様も泣いていました。あのフェルネス叔父様が、です。二人で抱き合って泣きました……」
「まさか、あのフェルネスが? 冗談でしょう?」
「私はあんな叔父様を見たのは初めてだったので、驚きました。嘘ではありません」
「まあ……フェルネスが私のために泣いてくれたなんて。うれしいわね。だけど今の私を見て『あの時の私の涙を返せ』とか思っていそう……」
「でも、生きていてくださったなんて……うれしいです。これからは何とお呼びすればいいですか?」
「そうねえ……今はエリスと呼ばれているの。エリスおばさまと呼んでほしいわ」
「わかりました。エリスおばさま。大好きです」
クラリスは抱きついた。
「ありがとう。気持ち悪がられるとばかり思っていたわ」
「そんなことはありません。男か女かである前に、どんな人間であるかの方が大切だと思います。おばさまは素敵な方です」
「ありがとう。あなたと暮らせた二年間、本当に幸せだったわ」
「私も、です」
その様子を、迎えに来た皇太子が少し離れた場所から見ていた。
彼もすでに回復しており、クラリスと二人そろって帰国することになっていた。
「シャローヌから少し聞いていたが……私にはどうも受け入れがたい。挨拶はしたい。だが、あまり近くに行きたくないのだ……」
皇太子は小声で言う。
「それが普通でございます。私も正直、理性では理解できるのですが、生理的には厳しいです」
そばにいたフェルネスが答えた。
「でも、そなたは知っていたのであろう?」
「ええ。皇太子妃殿下があの屋敷を破壊してくださって、私は正直ほっとしました。あそこは姉上とエリアス義兄上の秘密の場所で……。私は見たくもないものを見せられました……」
フェルネスが遠い目をする。
「そなたなら……とにかく、あの体格でのドレス姿は……少々見るに……やめておこう」
皇太子は言葉を濁した。
「なぜか皆さんは私の女装を見たがりますが、まったく似合いません。姉上が亡くなったすぐ後、あまりにクラリス様が母親を恋しがられていたので、侍女に促されて――」
フェルネスは肩を落とした。
「『顔がそっくりだから、女装したら母と思ってくれるのでは?』と言われましてね……」
「それで?」
皇太子が恐る恐る聞く。
「あの子を慰めたい一心で、姉上のドレスを着て、侍女に化粧をしてもらい対面しました」
フェルネスはため息をつく。
「ターシャと、当時まだ国に残っていたカイレスに『気持ち悪い』と号泣されました。さらにターシャはショックで引きつけを起こしてしまいました。幸い、記憶には残っていないようですが」
「そ、それは……そんなことが……」
皇太子は目を見開き、思わず口を押さえた。
「なので、エリアス義兄上には、くれぐれもターシャの前で女装はしないでくれと頼み込みました。そうしたら反動だったのか、血の気の多い父親のようになってしまって……」
フェルネスは少し笑った。
「クラリス様の背が伸びた時、姉上やあの時の私のようになるのではと心配で……。女性らしくなってくれて、本当によかったです」
「クラリスの成人の舞踏会での、そなたとのダンスはとてもよかったぞ」
皇太子が言う。
「まさか、私を指名してくださるとは……正直、とてもうれしかったです」
フェルネスも思い出したように微笑んだ。
「あの者がカイレス殿か?」
エリアスがその場を去ったあと、背の高いたくましい銀髪の若い男がクラリスと話し始めていた。
フェルネスの女装話は番外編にて投稿予定(6月12日0時公開)です




