母と娘の対面
エリアスは娘の手をしっかりと握りしめ、王太子から離れて歩いた。
国王は王太子を監視するように先に歩かせ、途中で部屋に蟄居するよう命じると、供の兵とともに別の方向へ向かっていった。
「ここだ。妹が待ちくたびれておる」
召使いが両開きの扉を開く。
そこには、銀髪を結い、濃い紫の瞳を持つ女性が座っていた。
簡素なドレスを着ているが、誰が見ても美しい女性である。
「何かあったのですか? ずいぶんと待たされましたね。
あら、レオンハルト。あなたは王太子が嫌いだから来ないのではなかったのですか?」
不思議そうに目をぱちくりさせる女性。
「向こうから急に呼び出されましてね……やっぱり屑ですよ、あれは。
それより母上、この娘です……」
エリアスの後ろでターシャは恥ずかしそうに身を隠していた。
(なんて美しい女性なのだろう……)
亡き母も美しい人だった。
だが、それとは違う種類の美しさだった。
気品に満ち、どこか国王陛下や父とも似た面影がある。
「私の叔母上だ。グランディル帝国の皇后陛下である。ちゃんとご挨拶をしなさい」
父に前へ押し出され、ターシャは緊張しながらドレスをつまみ、お辞儀をする。
体が小刻みに震えるのが自分でも分かる。
すぐに声がかかった。
「お顔を上げなさい」
ターシャが顔を上げた瞬間。
皇后の目が見開かれた。
椅子を蹴り出す勢いで立ち上がり、ターシャのもとへ駆け寄ると、いきなり抱きしめた。
頬ずりをし、いったん腕を緩める。
そしてまた顔をまじまじと見つめ、髪を撫で、再び強く抱きしめる。
「生きていた……本当に生きていた……!」
「ああ、クラウス様……ありがとうございます。本当にありがとうございます!」
皇后は涙を浮かべて叫んだ。
国王は少し困惑した表情を浮かべたが、すぐに冷静を装う。
レオンハルトが口を開いた。
「この娘は間違いなく我ら皇族の血を引いています。
その耳飾りが証です。
その耳飾りは妹を預けた時、フェルネス殿に託した物で間違いありません。
魔力を流して確認しました」
「そうでしょうとも。陛下と同じ髪色と瞳の色。疑いようがありません」
皇后はうなずく。
「そなた、今の名前は何というのです?」
ターシャは訳が分からず、
「ターシャと申します」
と、小さくつぶやくように言った。
(フェルネス……)
叔父の名前が出て、ターシャは驚いた。
亡き母の弟で、物心ついた頃からずっとそばにいてくれた人。
今でも時々会いに来てくれる。
叔父は父以上に長くターシャと過ごし、全力で可愛がってくれる人だった。
剣を教え、魔法の使い方、知識などを叩き込んでくれた教師でもある。
今は国王の護衛をしている。
今日は非番だったはずだ。
「今はターシャちゃんと言うのね。エリアス、今までこの子を育ててくれていたのですね。礼を言います」
「待ってください。いったい何が何だかさっぱり分からないのですが……」
父はひどく動揺していた。
ターシャは、そんな父を見るのは初めてだった。
国王が静かに言った。
「わしはこの子の髪と瞳を見て、そうではないかと思っておった。
引き合わせる機会をずっと伺っていたのだ。
帝国の内政も少し安定し、やっとその時が来た。
……まさか本物とは。世の中には奇跡というものが本当にあるのだな」
国王も目を潤ませていた。
皇后がターシャを見つめる。
「ターシャちゃん。あなたは私が産んだ子です。
その髪と瞳の色が証です。
耳飾りは血のつながらぬ者が魔力を流しても反応しません。
皇族である息子の魔力に反応したのです。
ならば、あなたは間違いなく私の娘です。
今いる皇族の血を引く者は、皇帝陛下と皇太子レオンハルトだけなのです」
ターシャは固まった。
(待って……)
亡くなった母と自分はよく似ていると言われる。
叔父もターシャに似ていると言われる。
自分は亡き母の娘のはずだ。
この気品に満ちた美しい女性と、自分はあまりにも似ていない。
あり得ない――。
エリアスが叫んだ。
「そんなわけがあるまい!
この子は間違いなく、亡き妻がお腹を痛めて産んだ娘だ!
叔母上の娘であるはずがない!」
国王はエリアスに近寄り、そっと肩に手を置いた。
そして耳元でささやく。
「本当に皇后の実の娘かどうかは置いておけ。
妹と甥が身内だと言っておる。確かな証拠もある。
そなたは引いた方がよい。
赤の他人に育てられるより、より高位の身内に任せるべきだと思わぬか?」
「しかし!」
「私はあの子が『不義の子』と陰でささやかれているのが不憫でならぬ。
自分の息子すらそれを信じ、今日のようなことが起きる。
これから先、あの子を守り切れると思うのか?
このまま成長し、実の母にますます似てきたら、さらにひどくなるぞ」
エリアスの顔から血の気が引いていく。
「亡きロザーリアと約束したのだ。あの子を守ると……立派に育てると」
「そなたはよくやってきた。ロザーリアも理解してくれるであろう」
「フェルネスは? あの者もターシャを溺愛している。
手放すことに賛成するわけがない」
国王は遠くを見つめ、つぶやいた。
「今回の面会はフェルネスも了承済みだ」
そして、壁の天井近くに止まっている小さな黒い蝶にちらりと目をやった。
エリアスはがっくりと膝をついた。
「なぜ……」
真っ青な顔で天井を見つめる。
そして一瞬、黒い蝶を強くにらみつけた。




