皇太子妃の決意
グランディル帝国、皇帝の私室。
そこには皇后、皇太子妃、そしてエルモンド、マーサ、ローザが控えていた。
まもなく報告が届く。
レオンハルトは帝国軍により現場近くの屋敷へ運ばれ、医師の手当てを受けているという。
そこへ皇帝が執務室へ駆け込んできた。
「魔獣は消滅した!レオンハルトも生きておる!」
控えていた者たちの顔に安堵の色が広がる。
しかし皇帝は続けた。
「だが……クラリスがどうなったかわからぬ」
室内の空気が止まる。
「部族からの知らせでは、フェルネスと王太子が近くの屋敷へ運んだそうだ。飛行魔獣から落下したのを王太子が受け止めてくれたらしい」
「なら、きっと大丈夫ですね」
シャローヌが希望を込めて言う。
その時だった。
皇帝の胸元のブローチが点滅した。
通信魔道具だ。
「聞こえるか?わしだ。アストリアの王だ」
「はい、聞こえております、国王」
「至急の知らせだ。フェルネスからの伝言だ」
皇帝の表情が固くなる。
「クラリス殿は我が国の王太子が着地寸前で受け止めた」
「やっぱり!」
皇后と皇太子妃が手を取り合う。
だが――
次の言葉で空気が凍った。
「クラリス殿は近くの屋敷で医師の手当てを受けているが……危篤だ」
誰も声を出せない。
「魔力が完全に尽きかけているそうだ。覚悟をしておいてくれ」
短い沈黙。
「このような知らせで済まぬ。また何かあれば知らせる」
通信は途切れた。
「魔力切れ……危篤……」
皇帝は力なく椅子へ崩れ落ちた。
「陛下……?」
皇太子妃が心配そうに声をかける。
皇帝は静かに首を振った。
「助からぬ……」
誰も動けない。
「あの子には直系の両親や兄弟がいない。魔力を与えられる者がいないのだ」
「フェルネス様は?」
「無理だ……叔父では多少補充できるかもしれぬが……時間稼ぎにもならぬ」
「じゃあ……どうすれば……」
皇帝は苦しそうに言った。
「クラリス自身の魔力がどこかに保存されていればよいのだが……」
「だが、あの子の魔力量が尽きるなど考えたこともなかった……保存などしておらぬ」
部屋の空気が絶望へ変わる。
その時だった。
シャローヌが部屋を見回した。
そして、ゆっくりと指をさす。
「あの辺りから……かすかにクラリスちゃんの魔力を感じるのですが」
全員が振り向く。
戸棚の一角。
「さっきから気になっていました」
マーサが息を呑んだ。
「耳飾りでございます!」
「皇女拝命のお披露目の後、外したあの耳飾りです!」
「あれか!」
皇帝は戸棚を開き、小さな箱を取り出す。
シャローヌがうなずく。
「その中からクラリスちゃんの魔力を強く感じます」
「それがあれば助かりますね?」
皇帝は力強く答えた。
「クラリスの魔力だ。それならば皮膚に当てれば吸収される可能性がある」
「だが急がねばならぬ」
皇帝が叫ぶ。
「誰か飛行魔獣の乗り手を至急――」
エルモンドが走り出そうとする。
「待ってください!」
シャローヌが声を上げた。
「一刻を争います。私が行きます」
「そなたが?」
皇帝が驚く。
その瞬間。
シャローヌは皇帝の手から小箱をひったくるように受け取った。
シャローヌは小箱を胸に押し当てた。
「あの子は、絶対に死なせない」
胸元の袋へ押し込む。
「ローザ、子供たちをお願い」
「それと、悪いけどメガネが飛ばないようにして」
ローザはすぐに固定魔法をかけた。
その瞬間、シャローヌは屋上へ駆け上がる。
腕を上げ、魔力信号を放つ。
空から飛行魔獣が降りてきた。
皇帝もすぐ屋上へ追いつく。
「とりあえずアストリア城へ向かいます。国境付近に案内役を待機させるよう、あちらへ伝えてください」
皇帝はうなずく。
「わかった。私は移動用魔法陣を作る」
「途中で光の環ができる。それをくぐれ」
「そうすれば城の近くへ出られる」
「わかりました」
シャローヌは飛行魔獣へ飛び乗る。
「クラリスちゃん……今行くわ!」
飛行魔獣が空へ舞い上がる。
皇帝は空へ向かって呪文を唱えた。
両手を広げる。
巨大な光が空へ走る。
それはシャローヌの進む方向へ飛んでいった。
「間に合ってくれ……」
皇帝は膝をつき、空を見上げた。
それは皇帝としてではなく、
一人の父の祈りだった。
シャローヌは全速力で飛び続ける。
その横を光が追い越し、前方に巨大な光の輪が現れた。
「間に合う!」
躊躇なく飛び込む。
数分後。
景色が変わった。
遠くにアストリア城が見える。
その時。
後方から声が飛んだ。
「そちらではない!こっちだ!」
王国の飛竜に乗った兵士だった。
「こっちじゃわからないわよ!どっちよ!」
シャローヌがメガネ越しに睨みつける。
兵士が指さす。
「あの丘の上だ!光が立っているだろう!あそこだ!」
「あそこね!」
シャローヌは魔獣を旋回させる。
一気に加速する。
屋敷の上空へ到達。
だが――
着地できる場所がない。
「探していたら間に合わない!」
シャローヌは決断した。
屋敷の屋根すれすれまで降下。
そして――
飛び降りた。




