銀髪の女
十分ほど走ると、小さな屋敷が見えてきた。
その建物を見た瞬間、フェルネスの顔色が変わる。
「ここは……」
「公爵家の別邸です。人が住める最低限の造りですが。義母がここに住んでいます」
王太子が扉を叩く。
「あら、どなたかしら?」
扉を開けて現れたのは、背の高い女性だった。
黒いドレス。
美しく結い上げられた銀髪。
だがその声は、低くよく通る声だった。
「私です。ダストスから王太子の位を譲られました。今は王太子と呼んでください。医師はいますか?至急です」
背負われているクラリスを見るなり、その女性は声を上げた。
「あらあら、大変!」
振り返って叫ぶ。
「アルフレッド先生!病人よ!」
奥から、小柄な白衣の医師が現れる。
クラリスの顔を見るなり、その顔色が変わった。
「すぐにベッドへ!」
王太子はクラリスを背負ったまま屋敷の中へ入っていった。
その光景を、フェルネスは数分間、呆然と見つめていた。
信じられないものを見るような目だった。
「何をしているの!あなたも中に入りなさい!」
女性が声をかける。
フェルネスは震える声で言った。
「ま、まさか……義兄上?」
女性――いや、女装した男性は肩をすくめた。
「そうよ。詳しい話はあと!あのお嬢さん、かなり危ないみたいよ。アルフレッドがあなたを呼んでいるわ」
フェルネスは我に返り、慌てて屋敷の中へ飛び込んだ。
廊下で医師が待っていた。
「魔力切れだ。それも、かなり深刻だ」
医師は険しい顔で言った。
「直属の両親か兄弟はおらぬのか?」
「いません。伯父ならいますが、他国です。私はこの子の叔父になります」
医師がじっとフェルネスを見る。
「そなたが叔父?……そなた、フェルネスではないか?」
「……?」
「私だ。アルフレッドだ」
「アルフレッド……?」
フェルネスは目を見開いた。
「そうか、覚えておらぬか……」
医師はすぐに話を戻す。
「待て。そなたの姪ということは、この子は……」
そして言った。
「フェルネス。そなたの魔力をこの子に流してみてくれ。少しは時間稼ぎになるかもしれぬ」
「それは……」
「本人の魔力がどこかに保存してあれば助かる可能性がある。だが、魔力の多い者は普通そんなことはせぬ。一応、今の親に聞いてみてくれ」
「わかりました」
フェルネスはすぐに通信魔道具を取り出し、アストリア国王へ連絡を取った。
その頃――
部屋の隅で、女性が医師へ小声で尋ねていた。
王太子に聞こえないように。
「ねえ……この子……もしかしてターシャ?」
王太子はベッドの横でクラリスの手を握っていた。
医師は静かに答える。
「……そうらしい」
そして重く続けた。
「深刻な魔力切れだ。普通はここまでにはならん。制御できないほど吸われたのだろう」
「本人の魔力がなければ……」
医師は言い切った。
「数時間もつかどうかだ」
女性は息をのむ。
「母親の魔力でもいける?」
「多少はな……だがロザーリアの魔力など――」
その瞬間、女性が顔を上げた。
「待って!」
立ち上がる。
「確か……ペンダントがあったはず!」
「別れる時、記念にお互いの魔力を込めた石を交換したのよ。それをペンダントにしていたわ!」
女装したエリアスは慌てて別室へ駆け込んだ。
しばらくして戻ってくる。
「あった!これよ!」
「どうすればいい?」
「皮膚に当ててみてくれ」
石をクラリスの額へ当てる。
濃く光っていた石の色が――
ゆっくりと薄れていく。
そして。
光は消えた。
医師が呟く。
「……だめだ」
「足りない」
その顔は絶望に満ちていた。
その時、フェルネスが戻ってきた。
「変わってくれ」
王太子と場所を替わる。
そしてクラリスの手を握った。
「頼む……」
声が震える。
「私の魔力なら全部やる」
「少しでもいい……吸ってくれ」




