舞踏会への準備 ― 王子と皇女のダンス特訓 ―
「兄上、ダンスとは何でございますか?」
フェルネスが王太子に尋ねた。
「はあ? ダンスを知らない? その年で?」
「はい」
王太子は思わず頭を抱えた。
「まあ、仕方ない。手本を見せよう。妃をホールに呼んでくれ」
二人はホールへ向かった。
「音楽に合わせて体を動かすのだ。男女でペアを組み、男性が女性をリードする。
いまから私と后が踊るから、よく見るのだ」
「まあ、ダンスなんて久しぶりですわ」
王太子妃は嬉しそうに微笑んだ。二人の王子も後ろからついてくる。
「あなたたちも踊るといいわ。女官たち、子供たちの相手をしてあげて」
「かしこまりました」
女官二人が王子たちとそれぞれペアを組む。
「では始めるぞ」
王太子の合図で音楽が流れ始めた。
互いに手を取り、ステップを踏み、優雅に回る。
ドレスの裾が翻り、華やかな光景が広がった。
曲が終わり、王太子がフェルネスを見る。
「これが基本だ。数曲分踊れれば舞踏会は問題ない。できそうか?」
「女性とペアを組まねばならないのですか?」
「当然だ。舞踏会では挨拶代わりに様々な相手と踊るものだ」
その言葉を聞いた瞬間、フェルネスの顔が青くなり、冷や汗が流れた。
「落ち着け! 慣れれば大丈夫だ。まだ克服できていないのか……」
「殿下、その言い方はよくありませんわ。仕方のないことではありませんか」
王太子妃が穏やかにたしなめる。王子たちは不思議そうにフェルネスを見上げていた。
「フェルネス様。相手の女性をロザーリア様だと思えばよろしいのです」
「姉上を……?」
「ええ。見知らぬ女性だと思うからいけないのです。
ダンスのときだけ、ロザーリア様と踊っていると思うのです。
素敵ではありませんか? ロザーリア様と踊ってみたいと思いません?」
「姉上と……」
「そうです。さあ、私をロザーリア様だと思って」
王太子妃はフェルネスの手を取った。
音楽が流れる。
フェルネスは先ほど見た通りに動いてみせた。
「すばらしい! 一度見ただけで踊れるとは、大したものだ」
「そういえば、昔、村で似たようなものを見たことがあります。
男女が祭りで踊っていました。あれがダンスだったのですね」
「そうだ。ダンスにもいろいろある。次の曲も見て覚えろ」
曲調が変わり、少し違うステップになるが、基本の動きは同じだった。
「まあ、男性は女性に足を踏まれることがよくある。
踏まれないようにフォローするのも技術のうちだ」
「はあ……」
「次はお前が踊る番だ」
王太子は女官に命じた。
「フェルネス様、この女性はロザーリア様だと思ってください。
ロザーリア様をより美しく見せるように動くのです」
「……わかりました」
こうしてフェルネスのダンス練習は、どうにか形になりそうだった。
王太子夫妻は胸をなでおろした。
――一方、クラリスのほうは。
「相手がいないのに、一人で踊れって無理ですよ」
シャローヌが口を挟む。
「実際、クラリスちゃん、よく分かってないでしょ?」
クラリスは素直にうなずいた。
「見本を見せるわ。レオンハルト様、お相手を」
「お姉さま、踊れるのですか?」
「一応ね。子供のころ覚えたから、まだ忘れてないわ」
音楽が流れると、二人は向かい合い、優雅に足を動かす。
くるりと回る姿はとても自然だった。
「この足の動きをステップというの。音楽に合わせて動かすのよ。
女性は男性にリードしてもらうことが多いから、完璧でなくても大丈夫」
シャローヌは軽やかに踊りながら続けた。
「雰囲気に合わせて体を動かすだけでもいいの。踊ってみると楽しいわ。
平和の証でもあるのよ」
そして付け加えた。
「ただし、足が合わないと踏まれるわ。結構痛いらしいから気をつけて」
そのとき、レオンハルトの顔が一瞬だけ歪んだような気がした。
「いっしょの動きをすれば大丈夫。今度は私が男役をするわ。
殿下にお願いしようと思ったけど、フォローできそうにないから無理ね」
「ひどいな……」
レオンハルトが苦笑する。
「クラリスちゃん、やってみましょう。
私は背が高いから、男役もよくやらされたのよ」
こうしてクラリスのダンスレッスンはシャローヌ主導で進み、
クラリスも少しずつ上達していった。
「一時はどうなることかと思ったな」
皇帝が安堵の息をつく。
「シャローヌは本当に我が国の救世主ですわ」
皇后も微笑んだ。
皇帝夫妻はほっと胸をなでおろしたのだった。
フェルネスの弱点「亡き姉上命」なのに「女性恐怖症」本当の兄と兄嫁だから知るフェルネスの秘密です




