旅立ち ―叔父からの手紙―
「私は、これよりすぐに出発の準備をいたします。そなた、屋上で待機していてくれ」
「かしこまりました」
フェルネスはそう言うと、静かに部屋を出て行った。
「皇帝陛下、今までわが国の第二王子殿下を庇護していただき、感謝申し上げます」
使者が深く頭を下げる。
「いや、助けられていたのはこちらだ。行ってしまうのは残念だが……」
「ありがたきお言葉。では失礼いたします」
「使者殿。屋上はこちらです」
エルモンドが使者を案内して行った。
皇帝は小さくつぶやいた。
「……もう返さねば、エルドリアに申し訳が立たぬからな」
そして机の上の書類に目を落とす。
「さて、クラリスや他の者には何と説明しようか……」
しばらくして、エルモンドが戻ってきた。
「お二人とも、無事に発たれました」
「そうか……」
皇帝は短く答えた。
「陛下、本当によろしかったのでございますか?」
「よいも悪いもない。前から内々に、時期が来たら弟を帰してほしいと打診されていたのだ。弟を失っている私が、それに応えぬわけにはいかぬ」
「しかし、あの国王が危篤とは……意外でございます」
「そうだな……」
エルモンドは小さく肩を落とした。
「寂しくなりますな……」
皇帝は立ち上がり、軽く息をつく。
「さあ、そなた。フェルネスがいなくなった分を補わねばならぬぞ!」
「はっ! 全力を尽くします!」
――それから一か月以上が過ぎた頃。
再びエルドリアの使者が皇帝のもとを訪れた。
「国王は一命を取り留めましたが、寝たきりの生活となります。生存中は在位を認めるとの判断ですが、実質的には王太子殿下が国政を担うこととなりました」
皇帝は静かに頷く。
「御兄弟で話し合われた結果、王太子殿下の二人のご子息が政務を担えるようになるまで、執務をフェルネス様が補佐されることになりました」
「第二王子の称号は元通りになり、居住する場所、王子としての権限、すべてご用意済みでございます」
使者は続けた。
「フェルネス殿下からは、このような形になってしまい、皇帝陛下にくれぐれも謝罪をしてほしいとのことでございました」
皇帝は少しだけ微笑んだ。
「もちろん、我がグランディル帝国との国交は始まるのであろうな」
「はい。フェルネス殿下自ら打ち合わせ等に見えることもあると思います。今後ともよろしくお願いいたします」
「エルドリアの発展を期待する。フェルネスがいるのだ。さぞ栄えるであろう。こちらにとっても良いことだ」
「王太子殿下は、アストリアからの支配を抜け、独立の道を歩みたいと考えておられます。まずは経済の発展が課題ですが……道は険しくとも、お二人の力を合わせれば成し遂げられるでしょう」
「わかった。フェルネスに、何かあればいつでも相談しに帰ってこいと伝えてくれ」
「かしこまりました」
使者は深く礼をし、去って行った。
その後、クラリスにもフェルネスが帝国を去ったことが知らされた。
「私もお見送りしたかったです……」
クラリスは少しむくれた。
「そなたは体調不良で寝込んでいたではないか」
「病気ではないのですから、大丈夫でございました」
皇帝は少し意地悪そうに言う。
「泣かぬのだな……てっきり泣くと思っていたぞ」
クラリスは首を振った。
「もうフェルネスを恋しがる年齢ではありません」
静かな声だった。
「フェルネスは死んだわけではありません。また会えます。エルドリアはアストリアと同じくらい近い国です。生きていてさえくだされば、それ以上のことは望みません」
そう言って軽く頭を下げた。
「では、失礼いたします」
クラリスは部屋を出て行った。
皇帝は苦笑する。
「強がりを言いおって」
皇后が小さくつぶやく。
「お部屋に下がってから、こっそり泣くのでしょうね……」
マーサが言った。
「いつまでも甘えてばかりいられないということは、理解しておられたようです。マリアとジュリアンヌが申しておりました」
「そうか……ならよい」
皇帝は小さく頷く。
「元々の地位に戻ったのだ。これからは呼び捨てにはできぬな……」
その頃、クラリスは自室で一通の手紙を手にしていた。
今回エルドリアから来た使者が、エルモンドにこっそり託していったものだった。
そこには、こう書かれていた。
――男性である自分は、もう大人の女性になりつつあるクラリスの近くにいることはできない。
帝国には帰れなくなるかもしれないが、必ずまた会える。
そのような言葉が記されていた。
クラリスは静かに手紙を閉じた。
「フェルネス叔父様は、私からいつ離れるか見計らっていたような気がいたします」
「そうでございますね。近頃はあまりお顔を拝見することも減っておりましたから」
マリアが言う。
クラリスは背筋を伸ばした。
「私は叔父様が誇れるように、叔父様のこれまでの愛情が報われるように生きていきたいと思います。だから泣きません」
胸を張る。
「もう『フェルネス殿下』とお呼びしなければなりませんね」
「そうでございますね。第二王子に復帰されたのですから、喜ばしいことでございます。本来いるべき場所に戻られた気がいたします」
マリアの胸には、初めて会った日のことがよみがえっていた。
まだとても小さかったクラリスを、優しく抱き上げていたフェルネスの姿。
「でも、もう気軽に話せる身分ではなくなってしまいましたね。雲の上の方になってしまわれました」
「マリア」
クラリスはくすっと笑った。
「フェルネス殿下はフェルネス殿下です。そんなに簡単には変わりません」
これを書いた後、しばらくフェルネス出なくなっちゃうかなあ・・・とさみしく思いました
フェルネスって書いていて、楽しいので。




