旅立ち ―呼び戻された第二王子―
月日が経ち、クラリスは十三歳になった。
時折、近くの魔獣討伐にも皇太子と共に参加するようになっていた。
「お二人が加われば、我々は必要ありませんね。フェルネス殿もおられれば最強です。どんな大型魔獣でも討伐できます」
騎士団長が笑う。
「そうだな……だが、クラリスもそろそろ年頃だからな……」
皇太子がつぶやいた。
母である皇后から、
「クラリスに異変があったら、すぐ知らせるように」
と念を押されていた。
さらに、
「必ず女性騎士を傍につけるように」
とも言われていた。
「背も充分お伸びになりました。飛行魔獣にも乗られるほどになられました。あの小さかったお方がここまで成長されるとは……まだ伸びますでしょうか?」
「そこだよ。我々男はクラリスくらいの年頃から成長し始めるが、女性は違うそうだ」
シャローヌからも、
「クラリスちゃん、そろそろ初潮がくるかもしれない。充分注意して」
と言われていた。
「女性騎士としては、あれだけ伸びれば充分だ。あまり背が伸びすぎると釣り合う男がいなくなる」
「そうですね……今くらいが女性としては良いのかもしれません。騎士としては、もう少し体格がある方が理想でしたが」
「クラリスは女性だ。それを忘れないでほしいな」
「失礼いたしました」
そんな会話が交わされてしばらく後、皇后とシャローヌの予想通り、クラリスは初潮を迎えた。
「なんだか……嫌な感じ……」
クラリスは腹部の鈍い痛みに耐えながら、ベッドに横になっていた。
「女性の宿命でございます。しばらくは安定しません。不定期だったり、痛みが強かったり、いろいろございます。月経と申しますが、それがないと子供を産めませんから」
「ふう……なんだか女って損な気がする」
「今の言い方、シャローヌ様にそっくりでございます」
マリアは温かい飲み物を差し出した。
「冷えが一番よくありません。お体を温めてください」
――その頃。
皇帝の執務室には、見慣れぬ軍服の男が立っていた。
フェルネスが呼ばれ、部屋に入る。
軍服姿の男を見て、フェルネスはわずかに目を見開いた。
「エルドリアの王太子からの使者だ」
「我が帝国とエルドリアに国交はありませんが……」
エルドリア国王――フェルネスの実父は、アストリア以外の国と直接国交を結ぶことを頑なに拒んでいた。
「フェルネスに話をしなさい」
皇帝が使者に告げた。
軍服の男はフェルネスに敬礼した。
「フェルネス第二王子殿下。国王危篤につき、至急帰国していただきたい。兄である王太子殿下からの要請でございます。お迎えにあがりました」
「待て。私はもうあの国を追放された身だ。今さら戻ることなどない。父のことなど考えたこともない。会ったことすらないのだ。そなたも存じておろう」
「兄である王太子殿下のこともお忘れですか?」
使者が静かに尋ねた。
「兄上は……違う。兄上のことは忘れてなどおらぬ」
姉と自分を陰で庇護してくれていたこと。
国を追放された自分を助けるため、父の目を盗んで手を回してくれていたこと。
そして――当時のターシャを孤児院から救い出すために動いてくれたこと。
それらはすべて、亡きエリアスから聞いていた。
「その王太子殿下の『フェルネス様に戻ってきてほしい』という願い、聞き届けていただけませんか。盟友だったエリアス公子が数年前に亡くなり、頼れる弟に帰ってきてほしい。自分を助けてほしいという王太子殿下のお気持ち、どうかご理解ください」
「フェルネス、とりあえず兄上殿のところへ行くがよい。話だけでも聞くべきではないか?血のつながった兄ではないか」
皇帝が言った。
「私が兄だったら、弟に会いたい。生きているのだから。私はもう、二度と弟に会うことはできない……私からも頼む」
皇帝が頭を下げた。
「皇帝陛下、おやめください」
フェルネスは深く息をついた。
「……わかりました。行くだけ行きます。しかし、すぐに帰ってまいります。私はずっとこの国で過ごしたいと願っております」
「そう言ってもらえるのはありがたい。私もそなたにはこの国にいてほしい。だが、そなたの兄上の気持ちも痛いほどわかる。そなたを帰さぬとなれば、私の面子も立たぬ。こうして迎えまでよこしているのだ。これは命令だ。帰りなさい」
フェルネスはしばらく無言だった。
「フェルネス第二王子殿下。ご決断ください」
使者が懇願するように言った。
「……わかった。一時的に帰国する。第二王子と呼ぶのはやめてくれ」
フェルネスは皇帝に向き直る。
「ご命令により、これよりエルドリアに出向いたします」
「王太子殿下によろしく伝えてくれ。早く発つがよい」
「はっ」
なんか皇帝陛下の気持ちが切ないです。




