悲報 ―届かなかった再会―
クラリスが十歳になった頃のことだった。
身長はますます高くなり、今では普通の大人の女性とあまり変わらないほどである。
「まだまだ伸びます。本当に服が間に合いません」
マリアがぼやいた。
「いいのよ。どうせ剣の稽古と執務ばかりですもの。稽古着だけあれば十分だわ。訓練兵用のがあるでしょう?」
クラリスは城中の本をほとんど読み尽くし、その内容をすべて覚えてしまっていた。
計算の速さも、フェルネスに劣らないほどになっている。
シャローヌとは相変わらず仲がよかったが、彼女は男女の双子を産み、今は育児に大忙しだった。
クラリスも時々、手伝いがてら子守りをしている。
さらに執務室にも顔を出し、義姉の代わりに執務を手伝うようにもなっていた。
「城の財政が苦しいのはわかっているわ。私の分はお姉さまと甥と姪に回して」
そう言うと、マリアは呆れたように言った。
「皇女様の服くらい何とかなります。それに海外からのお客様がいらした時、稽古着では困ります。体面というものがございます」
その時、女官が部屋に入ってきた。
「皇女様、皇帝陛下がお呼びでございます。私室へおいでくださいとのことです」
マリアが慌てて言う。
「ほら、稽古着のままで陛下の前に出るなんて、とんでもないことです」
「わかったわ。任せるから。陛下のところへ行ってくる」
クラリスはそう言って皇帝の部屋へ向かった。
部屋に入ると、そこにはフェルネスもいた。
皇帝が静かに口を開く。
「二人だけに話がある。アストリア国からの知らせだ。覚悟して聞いてくれ」
フェルネスとクラリスは顔を見合わせた。
皇帝はしばらく黙ったまま書類を見つめていた。
その沈黙だけで、ただ事ではないことが伝わってくる。
やがて書類を差し出した。
「――『国王陛下の弟、リラインド公爵の嫡子エリアス公子は先日急逝した。葬儀は身内のみで内々に済ませたため弔問等は不要。ただ冥福を祈ってほしい』……そう書かれている」
クラリスは書状を見つめたまま動かなかった。
文字の意味はわかる。
だが、理解が追いつかない。
「すみません……お父様」
かすれた声が出る。
「いったい何を言われたのか、理解ができません」
顔は真っ青だった。
「まさか……」
フェルネスの顔色も変わる。
「急逝……身内だけ……内輪の葬儀……」
フェルネスにはその意味がよくわかっていた。
「いったい、なぜ……」
皇帝が低い声で言う。
「ここだけの話だ。クラリスがこちらに来た後、元々体調が優れなかったらしい。それが悪化した。人前に全く出てこなくなり……そして、ある日突然……」
皇帝は二人を見た。
「フェルネス、クラリスを慰めてやってくれ。私は別室にいる。気が済むまでここにいるがいい」
皇帝は指を鳴らした。
すると二人の周りに薄い光の膜が張られる。
「これで声は外には出ない」
そう言って皇帝は部屋を出て行った。
静寂が落ちる。
「叔父様……意味がわかりません」
クラリスが震える声で言った。
「急逝って……急に人が亡くなることですよね?」
涙がにじむ。
「エリアスお父様が亡くなったということなのですか?違いますよね?」
フェルネスは目を閉じた。
「……クラリス。その通りだ」
重い沈黙のあと、言葉が落ちる。
「義兄上は亡くなられた」
クラリスの瞳が揺れる。
「なんで……なんで?」
フェルネスの声が震えた。
「義兄上には、人には言えない深い悩みがあった。それに……とうとう耐えられなくなったのだと思う」
涙がこぼれる。
「耐えてほしかった……」
フェルネスは膝から崩れ落ちた。
「義兄上なら乗り越えられると思っていた。」
肩が震える。
「なのに……」
涙が床にぽとぽと落ちた。
クラリスはそんなフェルネスを見るのは初めてだった。
そして――
エリアスが本当に亡くなったのだと突きつけられる。
「いやだ……」
クラリスの目から涙があふれる。
「エリアスお父様には、もう会えないの?」
フェルネスはかすれた声で答えた。
「……もう、会えることはない」
嗚咽が漏れる。
クラリスは頭を殴られたような衝撃を感じていた。
「嘘よ……嘘、絶対ウソ。お父様もフェルネスも嘘つきだわ」
フェルネスは涙をぬぐいながら言う。
「クラリス、昔のように地団駄を踏んでいいぞ。そうしたら義兄上が慌てて帰ってきてくれるかもしれない」
クラリスは首を振った。
「本当に帰って来てくださるならします。だけど……帰って来てはくださいませんよね」
フェルネスは立ち上がり、クラリスの頭を撫でた。
「本当に背が伸びたな。その姿、義兄上にお見せしたかった」
クラリスはフェルネスの胸に飛び込んだ。
子供のころと同じように。
けれど――
もう抱き上げてもらう年齢ではなかった。
クラリスは声を上げて泣いた。
フェルネスもクラリスを抱きしめながら、涙で頬を濡らしていた。
二人はしばらくそのまま、涙を流し続けた。
「后、そなたの甥だったな。残念だ」
皇后の私室で皇帝は静かに言った。
「あの子は……一生懸命生きてきました」
皇后は目を伏せる。
「いつかはこうなるような気がしていました」
皇帝がぼそりとつぶやく。
「私たちがクラリスを、あの者から取り上げてしまったのも原因だろうか」
皇后は首を振った。
「いいえ。逆です」
静かな声だった。
「クラリスがいたからこそ、あの子は相当無理をしていたのだと思います」
皇帝が問う。
「いったい、どういう理由なのだ?」
皇后はゆっくり首を振った。
「陛下にも口が裂けても言えません。お許しください」
皇帝はしばらく黙った。
「そうか……フェルネスも知っていたのか?」
「もちろんです」
皇后は目を閉じた。
「もうこれ以上は、エリアスの名誉のためにも口にするのはおやめください」
皇后の頬を静かに涙が伝った。
クラリスと初めて対面した日のエリアスの姿が思い出される。
「あの子は……本当にクラリスを我が子のように思っていました」
皇后は小さく息をつく。
「再会を励みに生き続けてくれるとばかり思っていたのですが……」
皇帝は何も言わなかった。
そして皇后も、それ以上は語らなかった。
エリアスの真実を知る者は――
この城の中では皇后陛下とフェルネスだけになった
エリアスの秘密
終盤近くであかされます。




