新しい家族 ― 皇太子妃と皇女の秘密の話 ―
新しい皇子が誕生してから、数か月が過ぎた。
クラリスはシャローヌと共に、一日に少しだけ新しい弟の顔を見に行っていた。
小さな身体で、眠っては目を覚ますその姿は、本当に愛らしい。
その間に、帝国内のごく限られた身内だけで簡素な式が行われ、シャローヌは正式に帝国の皇太子妃となった。
「クラリスちゃん、今日は何をしましょう?」
にこにこと笑いながら、シャローヌは毎日のようにクラリスの部屋を訪ねてくる。
「妃殿下、皇女さまはただ今お勉強中でございます。もしよろしければ、お茶でも飲みながらお待ちになりますか?」
マリアが丁寧に言った。
「そうね、そうさせてもらうわ。何を勉強しているの?」
「地理です……ちゃんと頭に入れておかないと、空を飛んだ時に迷ってしまいます」
クラリスは大真面目な顔で答えた。
「クラリスちゃんも飛行魔獣に乗るの?」
「飛竜には何とか乗られるようになりましたが、飛行魔獣を操るには身長がまだ足りません。でも、このまま順調に背が伸びれば、ぎりぎり乗られるのではないかとフェルネスが言っていました。早く背が伸びたいです」
「背が高ければいいってものでもないわ……私なんて完全に行き遅れでしたもの。でも、そのおかげで素敵な旦那様に出会えましたが」
シャローヌは少しだけ頬を赤くした。
クラリスは地図を手に取りながら尋ねる。
「お姉さまの一族は、今どのあたりにいるのですか?」
「そうねえ……私はしばらく目が悪かったから、地図ではちょっとわからないわ」
「そうなのですね。エルドリアに行ったことは?」
「あ、クラリスちゃん。たぶん会うことはないでしょうけど、うちの一族の前でエルドリアは禁句よ」
「そうなのですか?なぜです?」
シャローヌは少し身を乗り出した。
「秘密だけど教えちゃう。昔ね、私が生まれる前のことだけど……エルドリアにいた時、当時の族長の大事な一人娘が国王に見初められて連れて行かれてしまったのですって」
「まあ……それは、ちょっと……」
側にいたマリアが、思わず口を挟んでしまう。
その時だった。
「……あっ!」
突然、シャローヌが声を上げた。
「フェルネス様の魔力、どこか懐かしい気がしていたの。そしてフェルネス様とクラリスちゃんのお顔、どこかで見たことがある気がしていたの。そう、思い出したわ。肖像画よ」
シャローヌは興奮したように続ける。
「その連れて行かれた族長の娘さんの肖像画!お二人によく似ていたの!子供の頃に一度見ただけだったから忘れていたけれど……そうよ、あの絵に似ているのよ!」
「そうなのですか?」
クラリスは驚いた。
「それ、私のおばあさまかもしれません。叔父様を産んですぐ亡くなったそうです……」
「まあ……だから余計にエルドリアを嫌うのね……そういうことだったのね」
室内の空気が、ふっと重くなる。
「ちょっと待って!それならフェルネス様は国王の息子?王子さま?」
シャローヌは声をひそめて尋ねた。
「はい……第二王子だったと聞いています」
クラリスは静かにうつむいた。
「私の母が亡くなった時、私は辺境の孤児院に入れられました。今ではあまり覚えていませんが……叔父は私の後を追って王室を出ました。その時に王子の称号、その他すべて剥奪され、追放されたそうです。お母さまから以前伺いました」
「まあ……ひどい!一族から略奪した妃の忘れ形見を追放だなんて。いったいどうして!」
「わかりません。皇帝陛下と皇后陛下は、姪であるというだけの私を自分の娘として引き取ってくださいました。その話を聞くと、自分がいかに恵まれていたかよくわかります」
「クラリスちゃんはいくつで孤児院に入れられたの?」
「三歳か四歳頃だったと思います。あまり思い出せなくて……アストリアの公子さまにも忘れなさいと言われていました……」
シャローヌはしみじみと言った。
「孤児院とは……亡くなられたご両親はさぞ無念だったでしょう。でもフェルネス様、素晴らしい方ね。また見直してしまいました。あなたのために自らのすべてを投げ打ったのですね」
「はい。本当に感謝しています。私を皇女にするため、自分は臣下となって側で見守ってくれています。それがどれほど大変なことか……最近ようやく理解できるようになりました。皇女なんかならないって、私すごく駄々をこねて叔父様を困らせたの。わがままもいっぱい言った。それなのに、いつも優しく諭してくれて……」
「本当にあなたを愛してくれているのね」
シャローヌは少し寂しそうに笑った。
「私の両親は、私の目が悪くなったらお荷物扱いしたわ。血の繋がった実の子なのにね……移動の時に足手まといだって。侍女のローザだけが私の味方でした」
「そういうことだったのですね……」
マリアが、シャローヌが初めて城に来た日のことを思い出しながらつぶやいた。
その時だった。
「皇女殿下、剣の訓練の時間です」
ドアがノックされ、ジュリアンヌが入ってきた。
「すみません。今から準備します」
マリアが慌てて支度を始める。
「あら妃殿下。またいらしていたのですか?」
「ごめんなさいね。クラリスちゃんとお話するのが楽しくて」
「お勉強の邪魔はなさらないでくださいませ」
口ではそう言いながら、ジュリアンヌの顔は笑っている。
「妃殿下が来られて、クラリス様が本当に楽しそうで……見ているこちらも嬉しゅうございます」
「私も、全然知らないところに来て不安だったけれど、クラリスちゃんがいてくれるおかげでどれだけ救われているか……。一緒に剣の稽古ができないのが悔しいです」
「眼鏡では戦闘に参加できませんからね。仕方ありません。その代わり、皇后陛下と共に城の中をしっかり取り仕切ってくださいませ」
「はい。お義母さまが今育児でお忙しいので、できる限りお手伝いさせていただいております」
フェルネスの血筋なのか、シャローヌも驚くほど頭の回転が速かった。
計算も早く、記憶力も抜群で、さまざまな知識に長けている。
「よい皇太子妃が来た」
城の執務室の者たちは、皆そう喜んでいた。
「準備できました。参ります」
クラリスはバルコニーへ出て手を振る。
すると空から飛竜が舞い降りてきた。
「行ってまいります」
クラリスは軽やかに飛竜へ飛び乗り、そのまま空へ飛び立った。
「妃殿下、お時間がおありでしたら皇女さまの剣のお稽古をご覧になります?まあ動きが早すぎて、よくわかりませんが……」
マリアは笑った。
「私は七歳の皇女様に負けてしまったのですよ。あの方の稽古はフェルネス様か皇太子殿下にしか務まりません」
ジュリアンヌはそう言った。
「予定より早く、魔獣討伐に参加することになるかもしれません……」
クラリスはまた急に背が伸びていた。
今ではマリアの背も追い越してしまった。
「皇女様ゆえ、できれば内政の道に進んでいただきたかったのですが……」
マリアが言う。
「お母さまは女性騎士だったそうですから……血は争えないのでしょう」
ジュリアンヌは複雑そうに呟いた。
「討伐の場は危険です。何事もなければよいのですが……。まあ、私などよりずっとお強いので大丈夫でしょう」
「お姉さま」と「妹」
書いていて楽しかったです。シャローヌ、近眼じゃなかったらめちゃくちゃ強い騎士になったと思います




