義姉の誤解 前編
長いので前編後編にわけました
「これは……近眼という目の状態です。かなり進行していますが、メガネをかければすぐ見えるようになります」
シャローヌの目を診た医師が言った。
「お嬢様、ようございました。本当にこちらへお嫁入りしてよかったです」
付き添っていた侍女が涙ぐんでいる。
「これがメガネというものです」
侍医はそっとメガネをシャローヌの耳にかけた。
「どうですか?」
「まあ……なんということでしょう。見えます。前のようにはっきりと見えます」
(メガネで隠れてしまって美人が台無しだな)
レオンハルトは内心そう思った。
「目が見えるようになって安心した。よかった」
「本当に、見える方法があってよろしゅうございました」
侍医も笑顔で答える。
シャローヌはじっとレオンハルトを見つめた。
「私より背が高いのですね。ほっとしました」
「そうだな。普通の男よりは大きい方だ」
「私、黒い髪に憧れていました。本当に黒髪なのですね」
シャローヌは嬉しそうに笑った。
「もしよかったら、このまま母上のところへ行こう。ついてきてくれ」
そのまま皇后の待つ部屋へ向かった。
「まあ、初めまして。私がレオンハルトの母です。ようこそ我が国へ。お出迎えできなくてごめんなさいね。もうすぐ産まれそうなのです」
皇后は大きなお腹を大事そうにさすった。
「男の子でございますね。とても元気そうです」
シャローヌが言った。
「まあ、わかるのですか?」
「はい。私の家族は魔力で血筋を見分けることができます。お腹のお子は正真正銘、先ほどお会いした皇帝陛下のお血筋。そしてレオンハルト様の弟君です」
その口調に何か含みがあった。
皇后とレオンハルトは顔を見合わせる。
「皇后陛下、お義母様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「もちろんですとも」
次の瞬間。
シャローヌは皇后の前に歩み寄り、その手を握った。
「私はお義母様の味方でございます!」
「……?」
「先ほどレオンハルト様が妹とおっしゃった方。お義母様と血のつながりがありませんね。皇帝陛下が不義をなさったのですか?」
皇后と皇太子は凍りついた。
「隠しても無駄でございます。私にはちゃんとわかります。それぞれの国の王にはいろいろな方がおります。隠し子の存在も珍しいことではございません。しかし、あの皇帝陛下がそのようなことをなさる方とは……」
「ち、違うぞ、シャローヌ殿。あの子は我が妹に間違いない」
「まあ、不義の子を庇われるなんて。お心根は優しいですが、実のお母さまを裏切ることになりますわ」
「シャローヌさん、落ち着いて。あの子は本当に我が帝国の皇女なのです。血筋もちゃんとしております」
「お義母さま! なんとお心が広いのでございましょう。私、とても感激いたしました。皇帝陛下の不義の子供を実の子とおっしゃるなんて」
「『不義の子』はやめてくれ。あの子の前では絶対に言わないでくれ」
レオンハルトが強く言った。
「確かに母上との血の繋がりはない。だが『不義の子』などでは決してない」
その時、側に立っていたマーサが静かに、しかししっかりとした口調で言った。
「真実を、この方にはお話しておいた方がよろしゅうございましょう。お身内になられるわけですし」
「やはり、そうなのですね!」
シャローヌは興奮気味にうなずいた。
「ここではやめてください。奥様のお体にさわります。お腹の子が驚いて出てきてしまったらどうするのですか?」
「お腹から出てきてしまう」
その言葉を聞いた瞬間、レオンハルトの頭の中に八年前の情景がよみがえった。
顔が真っ青になる。
体が震え、額から大粒の汗が流れ落ちた。
そして、膝を付き、天井を見上げる
その瞳は、何も見ていない
ただ、頭の中に過去の映像が渦巻いていた
マーサはしまった、という顔をする。
「大丈夫ですか? ぼっちゃま」
マーサが駆け寄る。
「いやだ……もういやだ。あんなのは二度とごめんだ」
レオンハルトはうつむいたまま、体を震わせた。
「しっかりなさいませ。誰か皇女さまをお呼びしなさい。フェルネス様も」
マーサは鐘を鳴らし、ドアの外に控えている侍女に命じた。
マーサはレオンハルトの背をさすりながら言う。
「あの時とは全然違います。落ち着いてください」
「大丈夫、私は何ともないわ。レオンハルト、落ち着いてちょうだい」
皇后も静かに声をかける。
その様子を、シャローヌはただ立ち尽くしたまま、茫然と見つめていた。
間もなくクラリスが駆け付けてきた。
「お兄様? お顔が真っ青です。どうなさったのですか?」
レオンハルトはクラリスの体をひしと抱きしめた。
「なんでもない。なんでもないのだよ。そなたが消えてしまうのを想像してしまったのだ」
「まあ、どうしてですか? 私はここにおります。私はまだ八歳ですから、まだまだどこにも行きません」
クラリスもレオンハルトを抱きしめ返す。
フェルネスも間もなく駆けつけてきた。
「どういたしました、殿下。お顔の色が……侍医を」
「いいのだ、呼ばなくてもよい。フェルネス、人払いを頼む。シャローヌとクラリスは残してくれ」
レオンハルトは椅子に腰を下ろし、額に手を当てた。
マーサが差し出した水をぐっと飲み干す。
「フェルネスが来られる部屋でよかったわ」
皇后陛下がほっとした顔で言う。
「シャローヌ、この者はフェルネスと言います。フェルネスとクラリスの魔力を見てみて」
「親子ほどではないですが、濃いです。皇帝陛下より濃いかもしれません。これは……」
シャローヌは少し考えたあと、ぱっと顔を上げた。
「わかりました! この二人は親子なのですね。お顔が瓜二つです! フェルネスさまとやらがクラリスさんのお母さまなのですね!」
「なんでそうなるのだ!!」
レオンハルトとフェルネスが同時に叫ぶ
ちょいと補足
レオンハルトがトラウマを発動させてしまったのは、緊張で連日よく眠れていなかったからです
雑談
私の祖父母時代は「結婚式で初めて顔を合わす」とか「見合い相手とは違う人が花婿だった」とか当たり前にあったそうです。
地方のそういう類の話はもっとえぐくって(悪い方の意味で)「知りたくなかった~」っていうのもあってすごいショックを受けた事があります。




