耳飾りの正体
次の日、クラリスは日が高くなっても眠り続けていた。
「お食事を取られた方がいいから、一度起こされた方が……。こんなことは初めてですね」
「そうですね……マリア様、よろしいですか?」
侍女たちが寝室の隣にある控えの間で、ひそひそと話し合っている。
クラリスに用意されていた部屋は、公爵家で寝起きしていた部屋の倍以上はあり、侍女専用の控えの間、浴室、クローゼットと、何もかもがきちんとそろえられていた。
「そうね。あなたは調理室へ行って、軽い食事をシェフに作ってもらって持ってきてちょうだい」
マリアが部下の侍女たちに次々と指示を出す。
そして寝室の扉をノックした。
「皇女殿下、そろそろお目覚めくださいませ」
返事はない。
「皇女様? 入りますよ」
マリアは扉を開けて部屋に入った。
クラリスの目は開いているものの、ぼうっとした顔をしていた。
マリアは額に手を当てる。
「まあ、大変! すごい熱です。誰か! すぐにお医者様を!」
「過労ではないかと思われます」
女医は言った。
「とにかく、このまま寝かせてください。今までお疲れがたまっていたのでしょう。普通のお子よりかなり小柄ですし、いろいろとご無理をされていたのだと思います。水分だけはしっかり取らせてください。また夜に様子を見に参ります。必要なら医務室に移し、侍医の診察を受けていただきましょう」
女医は部屋を出て行った。
マリアは手ぬぐいを水に浸し、額に当てながら、熱にうなされるクラリスの顔を見つめる。
「お母様……いつ帰ってくるの? お母様……帰ってきて……お兄様、どこに行くの? 置いていかないで……私も一緒に連れて行って……」
時々、そんなうわ言を口にする。
マリアはクラリスの小さな手を握ることしかできなかった。
こんなに小さな子が、生まれる前に父を亡くし、幼くして母も亡くした。
そして生まれ育った国を祖父の命令で追われ、孤児院に入れられた。
フェルネス様は唯一与えられていた第二王子という称号を投げ捨て、クラリス様に付き添ったそうだ……。
そして平民に紛れて働き、孤児院にいるクラリス様のもとへ毎日通われていた。
城を出る時に何もかも取り上げられたそうだ。それでもフェルネス様は、この方を守る道を選ばれた。
実の祖父にそこまでされるとは……。
フェルネス様がいなかったら、この方はいったいどうなっていたのか……。
「おじさま……おじさま……」
クラリスは時々目を覚ましては呟き、はっとしたように、あきらめたように目を閉じた。
その頃、皇帝陛下の部屋ではひと悶着起きていた。
「フェルネスは皇族でない男だ。皇女の部屋に入れるわけにはいかぬ」
「何度もフェルネスの名前を呼んでいるそうなのです。少しくらいいいではありませんか!」
皇后陛下が言う。
「医務室に移動させたらどうだ? ……今日、ジュリアンヌはいないのか?」
「はい。皇太子殿下と共に、昨夜出現した大型魔獣の駆除に出かけております」
エルモンドが答える。
皇后陛下は決心したように言った。
「フェルネスをお呼びなさい」
「はい」
エルモンドが、扉の外にいる侍従にフェルネスを呼ぶよう伝えさせる。
「マーサも呼んで」
「いったい何をするつもりだ?」
「フェルネスに女装させます。あの方の女装姿は、さぞ美しく映えることでしょう」
「はあああ????」
皇帝陛下が目を見開く。
「馬鹿を言うでない。顔立ちはともかく、」
「あら、亡くなられたロザーリア様は、フェルネス様とそんなに背が変わらなかったと兄に聞きましたわ。実のお母様と重なって慰められるかと……」
「あとで『あれは誰だ?』と聞かれたらどうするつもりだ?」
「何とでもなりますとも!」
二人がにらみ合っているところに、皇女付きの侍女が駆け込んできた。
「失礼いたします。クラリス様が『耳が痛い』とおっしゃっていらっしゃるそうです。お医者様の見立てでは、耳飾りが原因ではとのことでございます。マリア様から『大至急、皇帝陛下か皇太子殿下に直接お伝えするように』と申しつけられました」
皇帝陛下が立ち上がる。
「私としたことが迂闊だった。見慣れてしまって、すっかり忘れていた。すぐに行く」
「どういうことです? 私も参ります」
二人は足早に部屋を出て、侍女を伴いクラリスの部屋へ向かっていった。
数分後、フェルネスとマーサが皇帝の私室に来た。
「ただいま、お二人ともクラリス皇女様のお見舞いに向かわれました」
残されたエルモンドが少々あきれたように言う。
「皇女様に何か?」
フェルネスの顔色が変わる。
「皇女様の耳飾りがどうとか、おっしゃっておられました。ご容体そのものとは別の話のようです」
「ああ、あの耳飾りか。なぜかわからぬが、いつの間にか付いていて、どうやっても外れず……仕方なくそのままにしておいたのだが……」
マーサが「ああ」と声を上げる。
「龍の像に魔力を流し、新しい皇女となられたために合わなくなってしまわれたのです。元々あれは、ぼっちゃま用に作られたものですから」
「普段はただの透明な楕円の石だから、あまり目立たないのだ……。皇太子殿下はよく見つけたものだ」
「あれは体の中に流れる魔力を蓄えておく魔術具なのです。本来の持ち主が近づいたので、何かしらの反応を起こしたのかもしれません」
「もしかして、皇女殿下の魔力の出力が不自然に非常に不安定だったのは……」
「私も詳しいことはわかりませんが、その可能性はありますね。ところでエルモンド、なぜフェルネス様と私は呼ばれたのですか?」
エルモンドはフェルネスの顔と全身をちらりと見て、
「確かに、細身でいらっしゃるし……」
とつぶやく。
「何をおっしゃって?」
マーサが怪訝な表情をする。
「いや、何でもない。失礼申した。フェルネス殿は皇女殿下が心配であろう。しばらくしたらお二人とも帰ってくると思うので、様子を聞かれたらいかがかな?」
「いえ、お疲れからとの医師の判断は正しいと思います。公爵家にいて発熱した時も、看病は女性に任せておりました。わざわざ両陛下に説明のお時間をいただくのは申し訳ない。仕事に戻ります」
「フェルネス殿が来てくれて、こちらはとても助かっている。前はすべて私がやっていましたから」
「ありがたきお言葉。では」
フェルネスは部屋を出て行った。
「あの方は本当にすごいぞ。我々が数日かかる計算をあっという間にしてしまわれる。書類を読むのも非常に早く、しかもすぐに覚えてしまう。それでいて武術、魔法に優れ、さらに容姿にも恵まれている。何もかも持っておられる」
「元々はどこかの国の王子だと伺いました。あれだけ有能な王子を追い出すとは、いったいどんな国王なのでございましょう……。少しおしゃべりが過ぎましたね。私も仕事に戻らせていただきます」
マーサも退室していった。
しばらくしてから皇帝と皇后が戻ってきた。
「もっと早く気がつくべきだった。これのせいで、成長が遅かったのかもしれない」
「そうなのですね。これで体が少しは楽になるといいのですが。それを取ったら顔色がよくなりました」
「これは廃棄する。もう皇太子には必要がないし、クラリスの魔力量なら必要あるまい」
陛下は手の上に乗せた二つの透明な楕円の石を見つめた。
「いや、これのおかげであの子に会えた。記念に取っておくことにするよ」
「そうですわね。ただ、またあの子の耳に付かないように厳重に保存しましょう」
二人は笑い合っていた。
その姿を見ていたエルモンドは、フェルネスの女装が見られなかったことを、ちょっと残念に思うのだった。
主題の耳飾り、かなり後に再登場します
ついでに、「あんな高身長な女がいるか!」の本物の女性も後ほど登場いたします。
お楽しみに♪




