皇后の告白
クラリスが部屋に戻ると、皇后陛下が待っていた。
「だいぶお顔の色が戻りましたね。もう大丈夫ですか?」
にこにことクラリスに問いかける。
「はい、お母さま。ちょっと緊張しすぎてしまいました」
クラリスは少し照れくさそうに笑った。
「もう降ろして。大丈夫」
クラリスは女性騎士に告げた。
「クラリス様、よろしいですか?
フェルネス殿にも申し上げました通り、本日よりクラリス様は正式に皇女となられました。フェルネス殿に抱き上げられるようなことはお控えください」
女性騎士は少々きつめの口調で告げた。
「はい……申し訳ありません。これから気をつけます」
クラリスはうなだれる。
もうフェルネスに抱き上げてもらうことはできなくなったのだ。
「ジュリアンヌ、フェルネスには私が指示をしたのです。今回は見逃してちょうだい」
皇后陛下が口を挟んだ。
「皇后陛下もお気をつけくださいませ。皇女を皇族の血筋でない男性に抱かせるとは、もっての外でございます」
「ジュリアンヌ、気持ちはわかります。
ですが姫様の気持ちも、もう少し汲んであげてちょうだい。
ずっと異国で育ち、七歳になりました。
さあ今まで実の親以上に大切にしてくれた叔父を突き放しなさい、とはむごいことでしょう。
この国で皇女として生まれ育った方なら、あなたの言うことが正論です。
でもこの姫様にはまだ厳しすぎます。もう少しだけ見逃してあげて」
マーサが言った。
「ふう……私が悪者ですか……」
ジュリアンヌは普段着の姿に戻る。
栗色の髪に、薄い褐色の瞳。マーサと同年代に見える。
「いじけないでちょうだい」
皇后はやれやれといった様子で二人のやり取りを見ていた。
クラリスはきょとんとしている。
「クラリス、体調が大丈夫なら大切なお話があります。
二人も一緒に聞いてちょうだい」
クラリスはうなずき、ジュリアンヌが椅子を引いてクラリスを抱き上げ座らせた。
「クラリス、正式な皇女即位おめでとう。
これであなたは私の正式な娘となり、私はあなたの亡き本当のご両親に顔向けができます」
クラリスは自分の耳を疑った。
「ご存知だったのですか?」
「ええ。あの子が私のお腹の中で動かなくなっていたことはわかっておりました。
元々心臓が弱かったようで、医師からは無事に生まれても長くは生きられないだろうと伝えられていました。
でもクラウス様が『生きていればいつかは会える』とおっしゃってくださった。
励ましてくださった。それが本当のような気がしてしまったのです」
皇后はクラリスの手を握る。
「本当の娘は生きて生まれては来られなかった。
けれど、あなたという娘を天は私に授けてくださいました。
まさか皇族の血筋だったとは本当に驚きましたが、それでもこの広い世界であなたという娘に出会えた。
これ以上の喜びはありません。
あなたのことは実家の兄からいろいろ聞きました。
とても辛い思いをされてきたこと、後ろ盾のない若いフェルネス様が必死であなたを守ってきたこと。
お二人とも本当にお辛かったでしょう。
その経験はこれからあなたの生きる糧となります。
今日からは私が母としてあなたを守ります」
クラリスは思わず力が抜けた。
いつ皇后陛下に事実がばれるのかと、ずっとひやひやしてきた。
それが無駄な心配だったとは。
「マーサもジュリアンヌも知っていたのですか?」
皇后の後ろに控える二人に尋ねる。
「もちろんでございます。
マーサは皇后陛下にずっとお仕えしてまいりました。
ですから、お二人目のお子様をやっと身ごもられ、臨月が近くなってから異常が見つかったこと。
内乱でぼっちゃまと共に捕らえられ、監禁されましたこと……
私も城の地下牢に閉じ込められておりました。
それを解放してくださったのがクラウス様です。
そしてすぐに奥様の監禁先へ飛んでいかれました。
まさかあの方が皇帝陛下の実弟であられたとは……」
「アルノルト様は生きていると私は信じてきた。
あの方が亡くなるはずはないと。
しかし皇族の系図から名前を消されてしまった……
残念でならぬ。本当に生きて、名前を変えて他国で暮らしていたとは……」
「アルノルト様とは、私の父だというクラウスのことですか?
その私の実の父を知っているのですか?」
「ああ。皇帝陛下と私は幼なじみだ。幼い頃のアルノルト様を知っておる。
皇女様はあまりアルノルト様とは似ておらんな。フェルネス殿と本当にそっくりだ」
「よく言われます……おじさ……いえ……えっと……
私が生まれたエルドリア王国の亡き王妃、つまり私の祖母と瓜二つだそうです」
「そういうことか……血のつながりというのは不思議なものだ」
「ジュリアンヌ、クラリス様は正式に皇女に即位されたのです。もう少し丁寧にお話しなさい」
マーサが注意する。
「いえ、そのお話し方の方が以前のフェルネスの口調に似ていて、何だか安心します」
クラリスはくすくすと笑った。
「この部屋で、お母さまとマーサとジュリアンヌだけの時は、その口調でお願いいたします」
「も、申し訳ございません。つい……」
「私は周りが男性ばかりの中で育ちました。
身近にいた女性といえば、二年間お世話になった公爵夫人だけでございます。
ずっとフェルネスと公子様にお世話をされてきました。
皇后陛下とお会いした時、この世にこんなにおきれいな方がいるのかと本当に驚きました。
まさか、その方が自分を娘として迎えてくださるなんて……
胸がいっぱいです。
お母さまがいつ自分の本当の娘ではないと気づくのだろうかと、それが怖くて仕方ありませんでした。
こうしてお話くださったこと、とても感謝いたします」
「そうだったのですね。
もっと早くお話してもよかったのですが、そうしたらあなたが逃げてしまうのではないかと……ごめんなさいね。
さあ、もうこの話は終わりにしましょう。今日は疲れたでしょう?
あの黄金の柱は見事でした」
皇后陛下が、おほほと笑う。
「まったくでございます。あんなもの見たことがありません。
魔力を使い切ってしまったのではありませんか?」
マーサが心配そうにクラリスを見る。
「いえ、前にした通りにしようと思ったのですが……
私は魔力のコントロールが下手で、叔父様にもずいぶん注意されているのです。
少しのつもりが、緊張してしまって……」
「それは少しずつ覚えていくことだ。私もできることは協力しよう」
「ありがとうございます」
「さあ、もうお話は済みましたね。私どもは退室いたします」
皇后陛下はテーブルの上の鐘を鳴らした。
「マリア、娘を入浴させて、食事をさせてから早めに休ませて。
明日明後日はゆっくり過ごさせて」
ドアの外で控えていたらしいマリアが扉を開けて入ってきた。
「かしこまりました。さあ皇女殿下、入浴の支度はできております」
他の侍女たちもわらわらと入ってくる。
「では、おやすみなさい」
侍女一同に見送られ、三人は部屋を出た。
廊下を歩きながらジュリアンヌが口を開く。
「しっかりしすぎでございます。
年齢相応に必要なところが、ところどころ抜け落ちているように見受けられます」
「そうなのよ。そこが若い男性が教育した欠点ね。
私たちがこれから、しっかりと年齢に合わせた女性としての情緒を育てましょう。
まだ七歳になったばかり。間に合います」
「賛成でございます。
ずっと甘えられる大人の女性がおらず、男性たちの顔色を見ながら生きてこられたのでしょう」
女たちの企みが伝わったのか、フェルネスは自室で、妙なものが背筋を流れるのを感じた。
「とにかく、無事に終わりました。姉上、クラウス兄上。
どうか天から皇女となったクラリス様をお守りください」
彼は、以前皇帝に返された指輪を握りしめた。
ターシャがクラリスとなった日は、こうして過ぎたのだった。
フェルネス、くしゃみがでたかな?




