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皇女クラリス

その日、早朝からマリアの指示のもと、メイドたちに風呂へ入れられ、香油を肌にすり込まれ、真っ白な胸元に美しく光る細かな飾りのついた、膝より少し下ほどの丈のドレスを着せられ、髪もきれいに整えられていた。


「もう少し髪が長ければ、きれいに結えましたのに」


メイドの一人が、少し残念そうに言う。


ターシャは剣の稽古の時、長い髪は邪魔になるうえ、長いほど髪の黒さが余計に目立つため、肩より少し上ほどの長さに切りそろえていた。


「髪はこれからいくらでも伸びます。衣装が間に合ってようございました。髪飾りをつけさせていただきます」


マリアは透明な石の並んだ小さなティアラをそっと頭に置き、指先から魔力を流した。


「これで途中で落ちることはございません。よくお似合いです」


鏡の中の自分を見て、ターシャはぽつりとつぶやく。


「私って、本当にフェルネスそっくりですね」


「そうですね。ですが口元は皇太子殿下そっくりです。耳の形も。血というものは抗えないのですね」


マリアは感嘆したように言った。


「お時間です。参りましょう」


扉を開け、神殿へ向かう。

やたらと距離があるため、早めに出ることになった。


「儀式がなければ、皇太子殿下が『自分が抱いていくのに』とぼやいていらっしゃいましたわ」


マリアはくすくすと笑う。


ターシャは急ぐふうでもなく、優雅な歩き方でありながら、前を歩く侍従と同じ速度で、遅れることなく歩いていく。


「膝下のドレスなので、とても動きやすいです。靴も軽いですし」


あまりに侍従の歩く速度が速いため、後ろについていた侍女たちが遅れ始めた。


「恐れ入ります、もう少しゆっくりお歩きくださいませ!」


後ろから悲鳴に似た声が聞こえる。


一番前を歩いていた侍従が振り返り、


「申し訳ありません。つい……」


と言いながら、ターシャがしっかり自分についてきていることに気づいた。遅れているのは後ろの侍女たちだけである。


「あれ?」


という顔をする侍従に、ターシャはふふふと微笑んだ。


「皇太子殿下に何か指示されたのでしょう?」


「あ、あ、その……」


侍従は頭をかく。


「侍女たちのためにも、もう少しゆっくり歩いてくださいませ。時間はまだ大丈夫ですよ」


マリアも少々苦笑していた。


今日七歳になったばかりの女の子とは思えぬ落ち着きぶりである。


マリアは、侍従を先に着かせておき、皇太子が「間に合わない!」と迎えに走って姫を抱き上げるつもりだったのだろうと察していた。


陛下といい、殿下といい……本当に帰ってきた姫が愛おしいのだ。

隙あらば触れ合いたいと必死なのが、ついおかしくなる。


一行はその後は普通に進み、時間どおりに控えの間へ着いた。


そこで、もう一度衣装を整え、最終確認をする。


マーサがやって来て、立っているターシャの周りをじっくりと見回した。


「大丈夫でございます。さあ、行ってらっしゃいませ」


控えの間を出て、神殿への扉へ向かう。


扉の前には騎士が二人立っており、両開きの扉を手前に開いた。


「姫君のおなりでございます!」


誰かが大きく声を響かせ、ターシャの入場を告げた。


神殿は前に来た時とは様子が違っていた。

龍を背にして一段高くなった場所の前方中央に、皇帝陛下と皇后陛下が並んで椅子に座り、その前に立派な造りの机が置かれている。

皇帝の隣には皇太子が座っていた。


手前には椅子が並べられ、重臣や国内の領主たちが龍の像の方を向いて皆立ち上がり、自分を見つめている。


ターシャは中央に敷かれた赤い絨毯の上を、ゆっくりと歩いていった。


そして机の前まで来ると、跪く。


前の三人が立ち上がり、皇帝陛下が机の前に進み出た。


「立ちなさい」


陛下の言葉に従って立ち上がり、ターシャは皇帝陛下を見た。

そして皇后陛下と皇太子をちらりと見る。


両陛下と皇太子の後ろには、それぞれ護衛が立っていた。

皇太子の後ろの護衛がフェルネスであることに気づく。


「そなたは本日、七歳の誕生日を迎えた。今この時よりグランディル帝国皇女となる。

名は『クラリス』とする」


皇帝はよく通る声で宣言した。


(クラリス……これが私の、これからの名前)


「これからは皇女クラリスとして、両陛下ならびにグランディル帝国に誠心誠意尽くしますことを、ここに宣言いたします」


ターシャもできる限り大きな声で宣誓した。


クラリスは胸に拳を当て、深く腰を折る。


「では、皇族の証をここで皆に示しなさい」


クラリスは前に進み出て段を上がり、皇帝夫妻と皇太子が見守る中、像の手前にある平たい透明の板に右手を近づけた。


「魔力を流す……『少しだけ』と」


自分に言い聞かせながら、震える手をそっと板に置いた。


その途端、像が光り輝き――

輝きすぎて、光が柱となって天井を突き抜けていく。


『少しだと言われたであろう』


そう心の中でつぶやいているに違いないフェルネスの視線を、背中にびしびしと感じる。


一瞬、皆が息をのみ、静寂に包まれた。

だが次の瞬間、


「わあああっ!!」


という歓声が上がった。


クラリスはそれどころではなく、天井を見上げる。

どうやら穴は開いていないらしい。ほっとした。


その瞬間、背後からさっと抱き上げられた。


間近にある皇太子の顔は満面の笑みだった。


「すごいぞ! さすが我が妹だ! さあ、皆の者に手を振りなさい!」


抱き上げられたまま後ろを振り向くと、


「皇女殿下万歳!」


の斉唱が始まった。


「天井に穴を開けてしまったかと思いました」


それを聞いて、皇太子はさらにけらけらと笑う。


「そうだな。だが、この部屋は魔法で壊すことは不可能だ。安心しなさい」


こわばっていた顔が、それを聞いてふっと緩んだ。


「これからそのまま、バルコニーに出る。行くぞ」


「自分で歩きます。お兄さま……」


皇太子は一瞬目を見開き、すぐにその顔をさらに満面の笑みにした。


「だめだ。そなたの身長ではバルコニーから顔を出すことができない。今日の主役が隠れてしまう。このままで行く」


「本当は私がその役目をしたかったのだが……」


皇帝陛下が残念そうに皇太子を見上げる。


「まあ、こういうのは若者に任せてください。父上、無理をすると腰を痛めますよ」


「まったく、我が息子は容赦がない」


その会話を、皇后陛下が微笑ましそうに後ろから見守っていた。


「皇后陛下は前にはお出にならないのですか?」


フェルネスがそっと声をかける。


「今、私が陛下と並んでしまうと……ね。バルコニーには陛下専用に台が置いてあります」


神殿から階段を上がり、広間を見下ろせるバルコニーへ出た。


そこには中央に、たしかに踏み台が置かれていた。


そこへ陛下が上り、その横に皇后が寄り添うように立つ。


下の広間には大勢の民衆が集まり、皆がバルコニーに注目していた。

そして皇帝が立つと、歓声が上がる。


「我がグランディル帝国に、新たなる皇女が誕生したことを報告する。名はクラリス。皆の者、よろしく頼むぞ!」


皇帝の大きな声が響く。

拡声の魔力がかかっているのだ。


そして、ターシャを抱き上げた皇太子が前に進み出る。


「まあ、なんてお可愛いの!」

「あんなに小さいのに七歳なのか?」


と驚きの声も上がる。


「先ほど、神殿から空に向かって光の柱が立ったのを見たであろう。あれが新しい皇女の力だ」


皇帝はさらに声を張り上げた。


観衆は


「あれはそうだったのか!」

「すごいぞ!」


と口々に叫び、


「皇女殿下万歳!」


の声が次々と上がった。


しばらくその場に立ち続け、十分ほどして四人はバルコニーを後にした。


「そなたの今日の儀式での役目はこれで終わりだ。疲れたか?」


クラリスを下ろし、皇太子が声をかける。


クラリスの顔は真っ青だった。

いよいよ皇女クラリスの誕生です

しかし?

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