父の正体
皇帝の私室らしき場所へ案内されると、フェルネスはテーブル脇の椅子に座らされた。
やがて人払いがされる。
皇帝が指を鳴らすと、皇帝と自分を囲むように薄い光の膜が現れた。
「盗聴防止魔法だ。まあ、エルモンドはだいたい知っておるが」
「さあ、話してもらおう。あの娘は何者だ?」
皇帝はまっすぐフェルネスを見た。
「妃の血筋だと言ったが、そなたと妃に血のつながりはない。それは魔力でわかる。だが、そなたとあの娘には血のつながりがある。そしてあの娘には、間違いなく私の血筋が入っている。それもかなり濃い。実の親子ほどではないがな」
皇帝はそこで少し目を細めた。
「なぜ、そなたとあの娘は瓜二つなのだ?」
フェルネスは一礼した。
「今はターシャと呼ぶことをお許しください。あの子は、私の実の姉の娘でございます。姉は二年半前に魔獣の毒を浴び、半年の闘病の末に亡くなりました。それ以来、主に私が面倒を見ておりました」
「実の姉か……」
皇帝は腕を組む。
「そなたは公爵家とはどういう関係だ? あの子は公爵家の娘として育てられていたと聞いたぞ」
「公爵家嫡男エリアス様は、私の姉の元夫でございます」
「元夫? どういうことだ?」
皇帝は眉をひそめたが、すぐに首を振った。
「……まあよい。それは後で聞こう。まずは改めて率直に聞く。父親は誰だ? クラウスという騎士であったことだけは聞いておる」
「クラウスは、私の義理の従兄でございます。父の弟が旅先で拾ったとしか聞いておりません。叔父は変わり者で、各地を放浪しておりました。そして兄上を我が国へ連れ帰り、自らの養子といたしました」
フェルネスは淡々と続ける。
「素性はわからぬ者でしたが、魔力量が非常に豊富であったため、国王である父もそれを認めました。小国でございますから、魔力量の多い王族は何人いても欲しい存在だったのでございます」
「国王? 父?」
皇帝が怪訝そうな顔をする。
「そなたはいったい……。まあ、それも後で聞こう」
そして小さく息をついた。
「クラウス……我が妃と息子を助け出し、その後命を落とした騎士だったな」
「はい……」
「私が駆け付けた時には、すでに埋葬が済んでいて、遺品も残っておらなんだ。そなた、何かクラウス殿の身元がわかる物を持っておらぬか?」
「実は……ターシャに、これだけは渡すことをお許しいただきたいと思っていた物がございます」
フェルネスは懐から小さな袋を取り出した。
「クラウス……いえ、兄上と呼んでおりました。実の兄以上に尊敬し、慕っておりました。呼び捨てにはできませぬ」
「よい。その袋の中身は?」
「兄上が死に際に、『姉に』と、私に託した物でございます。姉が亡くなった後は、私が引き継ぎました。ターシャが嫁ぐ時に渡そうと思っていた物でございます」
袋の中から現れたのは、渋い銀色をした幅広の指輪だった。
透明な石がはめ込まれている。
「兄上がいつも身に着けていた物でございます」
フェルネスは皇帝の前へ、そっと差し出した。
皇帝がそれを手に取り、石の部分に人差し指を当てる。
すると石が光を放った。
「間違いない……これは……」
皇帝の目から涙があふれた。
「生きておったとは……。てっきり亡くなったものと……」
皇帝は指輪を見つめたまま、低い声で言う。
「フェルネス。今日はもう時間がない。時間のある時に、生前のクラウスのことを聞かせてもらえぬか?」
「かしこまりました」
フェルネスは一瞬ためらった後、口を開く。
「私が聞いてよいのかわかりませんが……兄上は、皇帝陛下のいったい……」
「弟だ。実の弟だ」
皇帝は指輪を握りしめた。
「この指輪に浮かぶ紋章は間違いなく、弟アルノルトのもの。身内以外は身に着けることができぬ」
フェルネスは息をのんだ。
皇帝は力なくつぶやく。
「やっと納得がいった。あの娘はアルノルトの娘。私の血のつながった姪だ。正式な皇女となる資格がある」
そして目を伏せる。
「内乱で両親を亡くし、娘も亡くし……その上、まさか弟まで亡くしていたとは」
しばらく沈黙が落ちる。
「だが、アルノルトはあの娘を残してくれた。妃に生きる希望を与えてくれた。感謝しかない。そなたの亡き姉上にも感謝したい。……何やら複雑な事情がありそうだが」
「それはもう、複雑でございます」
フェルネスはふと笑みをもらした。
(兄上が皇帝の弟だったとは……。それなら、あの魔力量にも納得がいく)
「兄上が皇族の血を引く者だとわかっていたら、姫君をもっとすんなり帝国へ戻せました。だいぶ回り道をいたしました」
「弟は死んだものとして扱われていた。こちらも実に複雑だ」
皇帝も苦笑する。
「これからよろしく頼む。二人だけの時は『兄上』と呼んでくれぬか?」
「とんでもございません。皇帝陛下は皇帝陛下でございます」
「弟の弟は、私の弟だと思うのだが……駄目か……。仕方がないか」
その時、扉の外から声がかかった。
「皇帝陛下、お時間でございます。お支度を」
二人を囲んでいた薄い光の膜が消える。
皇帝はさっと、手に持っていた指輪をフェルネスに握らせた。
「これはそなたが持っておきなさい。なんなら、そなたの指に合うよう細工させるが?」
「いえ。このまま、あの子のために持っておきたいと思います」
「わかった。今行く」
皇帝は立ち上がった。
「フェルネス、そなたも付いてまいれ。皇女帰還の披露目の打ち合わせだ。当初はひっそりと行う予定だったが、盛大にするぞ。正式な皇族だという証拠がいくつも出てきた。我が娘と公表するのに、何の支障もなくなった」
「それはようございました。皇后陛下も、さぞお喜びでございましょう」
エルモンドが喜びの声を上げる。
「ああ」
皇帝は、これまでにないほど晴れやかな笑みを浮かべていた。
とうとう実の父親の正体があかされました。
亡き弟の代わりに、再び自分を「兄上」と呼んでもらう事を期待したのに、すげなく断られた皇帝陛下が少々気の毒に思うのは私だけでしょうか・・・




