帝国へ
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「よいですか。あなたは今日から、私の母方の詳しいことは言えない“訳ありの血縁”ということにします。何か聞かれたら適当に誤魔化しなさい。それくらいの才覚はありそうですね」
フェルネスは皇后に呼び出され、いきなりそう告げられた。
側には、あの時皇后をたしなめた女官が立っている。
「あなたとターシャちゃんは、あまりにも似すぎています。あの子のために側にいることは許可しますが、母親の私よりあなたと似ていることを怪しむ者が出るかもしれません。私の血筋の顔立ちということにするのです。よろしいですね」
「かしこまりました」
フェルネスはひざまずき、承諾した。
しかし、なぜか微妙な違和感が拭えない。
「まあよい」
確かにそれは賢明な判断だった。
これで憂いなく、あの子のそばについていられる。
そして一週間後。
二年近く過ごした王国を旅立つことになった。
出発前。
「おい……まさか皇帝陛下の娘だったとは……本当の従妹だったとはな……。今まで、すまなかった」
今まで散々嫌味を言ってきた王太子が謝ってきた時には、さすがのターシャも驚いた。
「エリアスをおまえ……いや、そなたに取られたようで悔しかったのだ。エリアスの、そなたへの情は恐ろしく強かったからな……」
「気にしていません。私もそう感じて、恐ろしく思う時がありました」
「本当に反省している。あちらに行っても体に気を付けろよ……チビ」
王太子はぼそりとつぶやいた。
「チビ」という言葉に少し引っかかったが、
彼なりの信愛の言葉なのだろうとターシャは思うことにした。
「姫君、お時間でございます。参りましょう。こちらへ」
フェルネスが妙にかしこまってターシャを抱き上げる。
癇癪を起こしたあの日、目を覚ました時、フェルネスが自分を「姫君」と呼んだことにターシャは驚いた。
「叔父様?」
フェルネスはひざまずき、ターシャと目線を合わせて言った。
「フェルネスとお呼びください。これから私は、あなた様の護衛兼教育係でございます。『叔父』とは呼ばないようご注意ください」
そして、小声で続けた。
「いきなりは無理であろう。しかし、慣れねばならぬ」
まるで自分自身に言い聞かせるような声だった。
フェルネスの飛行魔獣の背に乗せられ、フェルネスはその後ろに回り、ターシャを抱え込むような姿勢になる。
次の瞬間、魔獣は大きく羽ばたき、空へ舞い上がった。
物心ついた頃から何度も乗せてもらっているため、ターシャは慣れている。
アストリア王国の城が、少しずつ遠ざかっていく。
「どのくらいで帝国に着くのですか?」
「一時間もかかりませぬ」
「そんなに近いのですか?」
「今回だけ特別です。普通は早馬でも数日かかります。飛行魔獣でも半日ほどでしょう」
フェルネスは空を見ながら続ける。
「皇帝陛下により、国境に転移の魔法陣が展開されております。そこを抜ければ、皇帝陛下の城まではすぐです」
皇后と皇太子は、すでに帝国へ帰国していた。
ターシャとフェルネスだけが、別れの挨拶などのため一週間の猶予を与えられていた。
「王国の物は何ひとつ持参することは許さない。身一つで国境を越えよ」
そのような通達があったため、準備は何も必要なかった。
今ターシャが身につけている服も、帝国からあらかじめ運び込まれていたものだった。
エリアスお父様には、結局会ってもらえなかった。
公爵夫妻は、フェルネスまで行ってしまうことをとても残念がっていた。
国王陛下からは、
「これから大変なこともあろうが、そなたなら大丈夫。体に気を付けて精進しなさい」
という言葉をかけられた。
そして旅立つ直前、王太子が突然現れ、最後の挨拶となったのだった。
「さあ、あそこに光っているのが転移の魔法陣です」
フェルネスが前方を指す。
「少々、空間が歪むような感覚がします。気分が悪くなるようでしたら、目をおつぶりください。入ります」
次の瞬間、飛行魔獣は空中に輝く光の環へ飛び込んだ。
周囲の空気がぐるぐると回る。
上下の感覚がわからなくなるような、不思議な感覚。
ターシャは思わず体を反転させ、フェルネスにしがみつき、目を閉じた。
「通り抜けました。もう大丈夫です」
フェルネスが優しく声をかける。
長かったのか短かったのか、時間の感覚がよくわからない。
「ここからすぐです。前方に城が見えてきました。あそこが皇帝陛下のお城です」
ターシャは目を開く。
要塞のようでありながら、どこか優雅な雰囲気の白い城が見えた。
飛行魔獣はあっという間に城の上空へ到達する。
「大きい……広い……」
ターシャは目を丸くする。
そして城の高い部分を越え、ゆっくりと降下していく。
城の端にある、だだっ広い広間のような場所へ着地した。
帝国の城に、ついに到着したのだった。
次は皇帝陛下との対面です




