最後に残るもの《選択》
バッドエンドかハッピーエンドか、それとも。トゥルーエンドか。
通知音が消えたあとも。俺は何も言えなかった。
ただ、はるなを見ていた。
意味が分からない。いや。
本当は分かりたくなかった。
「……冗談だろ」
ようやく出た声は情けないほど弱かった。
はるなは少しだけ笑う。
「そうだったらよかったね」
机に座ったはるなは諦めたような声で吐き出した。
「やめろよ」
即座に返す。
「そういう言い方」
はるなの表情が少し曇った。
でも逃げなかった。
「私ね」
窓の外を見ながら言う。
「ずっと前から知ってたんだ」
「何を」
「私が本来、この世界にいないこと」
心臓が大きく鳴る。
「……は?」
「覚えてる?」
はるなが聞く。
「最初に会った日のこと」
もちろん覚えている。
あの日。通知が初めて狂った日。未来が初めて読めなくなった日。
「私はあの日、本当はここにいないはずだった」
静かな声だった。
「別の分岐では、転校してこなかった」
「別の分岐では、あなたと話さなかった」
「別の分岐では、存在しなかった」
頭の中で何かが繋がり始める。
嫌な形で。
「待て」
俺は一歩前へ出た。
「じゃあ今までの世界は」
「あなたが変えた未来の上にある」
はるなが答える。
「何度も何度も」
「選んで」
「救って」
「壊して」
「その結果、生まれた世界」
教室が揺れる。
窓ガラスに亀裂が走った。
空が滲む。
遠くのビルがノイズみたいに崩れた。
《観測負荷:91%》
数字が赤く点滅している。
限界だ。
本能で分かる。
「だから」
はるなが言う。
「収束するとき、一番不自然な存在から消える」
「そんなの認められるかよ!」
叫ぶ。教室に響く。
「そんな理由で!」
「俺が勝手に選んだからって!」
「お前が消えるなんて!」
初めてだった。
こんなふうに感情をぶつけたのは。
でも。止まらない。
「ふざけんなよ……」
はるなは黙って聞いていた。
そして。
少しだけ泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう」
その一言が。
何より苦しかった。
そのとき。教室の入口から足音がした。
ゆっくりと。規則正しく。
先生だった。
だらしない髪は掻き上げられ、煙草は持っていない。だが、いつもの無表情のまま。
こちらへ歩いてくる。
「時間だ」
低い声。
「まだだ!」
俺は振り向く。
「まだ終わってない!」
「終わっている」
先生は即答した。
「最終観測とは、選択の時間ではない」
「結果を確定させる時間だ」
嫌な汗が流れる。
「だったら何のために俺はここまで!」
「確認だ」
先生が言う。
「お前が最後まで観測者でいられるか」
意味が分からない。
だが。先生は続けた。
「お前は今まで何を見てきた」
「何人を救った」
「何人を消した」
「何度世界を作り替えた」
返せない。
全部事実だった。
「観測者は神じゃない」
先生が言う。
「未来を見る代わりに、責任を背負う」
「だから最後に問われる」
先生の視線が俺に向く。
「お前は結果を受け入れられるか」
その瞬間。スマホが震えた。
《最終観測開始》
世界が止まる。
音が消える。
風が止まる。
はるなも。
先生も。
全部静止する。
俺だけが動けた。
画面が変わる。
《観測者を選択してください》
その下。
たった二つの項目。
【観測を継続する】
【観測を終了する】
そして。小さな文字。
※継続した場合、対象は消失します。
※終了した場合、全観測記録は失われます。
対象。誰のことか。
聞くまでもなかった。
《残り時間:00:00:29》
あと30秒。
たった30秒で。
俺は世界を選ばなければならなかった。




