先生
ここ数話長くなっています。クライマックスに入っているのでどうぞ!
振り返った瞬間、空気が変わった。
さっきまで感じていた“歪み”とは違う。
もっとはっきりした、圧。
そこに立っている男は、何もしていないのに、その場のすべてを確定させているみたいだった。
夕焼けも、風も、音も。
全部が、その男に合わせて固定されている。
動いているのは、俺だけ。
「……誰だ」
喉が乾いているのが分かる。
でも、目は逸らさない。
逸らしたら終わる気がした。
髭の生えた男は一歩も動かず、こちらを見ている。
感情の読めない目。白髪の少女と同じ、同じところから来ている雰囲気。
怒っているようにも、呆れているようにも見える。
「遅いって書いてあっただろ」
かなりのイケボ。
さっきの紙のことだと、すぐに分かる。
「……あれ、あんたが?」
「他に誰がいる」
当たり前みたいに言う。その態度が、逆に怖い。
「……先生、か」
言葉にする。
確認じゃない。
ほぼ確信だった。
男は少しだけ目を細めた。
「そう呼ばれてるな」
否定しない。
それだけで十分だった。
心臓が、強く打つ。
やっと、辿り着いた。
でもここが“終点”じゃない。
ここからが本番だ。
「……止めろよ」
気づいたら、口から出ていた。
「あ?」
「回収。あれ、やめさせろ」
自分でも驚くくらい、真っ直ぐでバカっぽい言葉だった。
先生は、あまりにも子供っぽい文句にポカンと口をあけ、少しだけ沈黙した。
それから、短く言う。
「無理だな」
即答。
迷いなし。
「……なんでだよ」
「必要だからだ」
それだけ。
理由としては、あまりにも簡単すぎる。
「人が消えてるんだぞ」
「人じゃない。。人だと、、思うな。」
被せるように言われる。
言葉が詰まる。
「正確には、“成立しなかった存在”だ」
淡々とした説明。
「矛盾したまま残しておけば、世界そのものが崩れる」
目が逸らせない。
この男は、嘘を言っていない。
だからこそ、厄介だ。
「じゃあ、俺は」
喉が引っかかる。
「俺も、消すのか」
先生は少しだけ考えるように間を置いた。
「現状はその予定だ」
軽く言う。
まるで、スケジュールの一つみたいに。
胃の奥が冷える。
分かっていたことだ。
でも、こうして言われると、違う。
現実になる。
「回避方法は」
視線を逸らさずに聞く。
先生は、少しだけ口元を歪めた。
笑ったのかどうか、分からない程度に。
「ある」
短い答え。
呼吸が止まる。
「教えろ」
「嫌だ」
即答。
一瞬、あの少女の顔が浮かぶ。
似てる。
性格が、同じだ。
「……ふざけてんのか」
「ふざけてない」
静かに返される。
「これは選択だ」
「……何の」
「お前が、何を残すかの」
意味が分からない。
でも、分からないまま終わらせる気はない。
「ヒントくらい出せよ」
食い下がる。
先生は、少しだけ視線を外した。
そして。
「さっきの、えっと、少年の形をしたものに触ったよな」
低く言う。
心臓が跳ねる。
「……ああ」
「普通は、触れることがそもそもできない。」
「……」
「お前は、もう“向こう側”に半分入ってる」
言葉の意味が、ゆっくりと落ちてくる。
「だから選べる」
先生が、初めて一歩近づく。
その瞬間、空気がさらに重くなる。
「確定する側か」
もう一歩。
「される側か」
目の前まで来る。
逃げ場はない。
「……どう違う」
絞り出す。
先生は、少しだけ目を細めた。
「簡単だ」
低く、はっきりと。
「観測を壊すか、従うかだ」
頭の中で、少女の言葉が繋がる。
“確定させなければ、回収されない”
つまり。
観測そのものを崩せばいい。
「……壊したらどうなる」
聞く。
怖いけど、聞くしかない。
先生は、少しだけ間を置いた。
そして。
「世界が、持たなくなる可能性がある」
静寂。
風が止まる。
音が消える。
「……は?」
やっと出た声は、間の抜けたものだった。
「お前一人なら、まだいい」
先生は続ける。
「だが、連鎖する」
背筋が冷える。
「観測が崩れれば、確定できない領域が広がる」
淡々とした説明。
でも、その内容は最悪だ。
「最終的には、全部曖昧になる」
「……じゃあ、どっちにしろ詰んでるじゃねえか」
思わず笑いそうになる。
消えるか、壊すか。
どっちも終わりだ。
「違う」
先生が言う。
初めて、少しだけ強く。
「選び方次第で、残せるものが変わる」
その言葉で、止まる。
「……残す?」
「全部は無理だ」
はっきりと言い切る。だが、さっきよりも迷いがある。顔を歪め、さもこの世界を変えたいと思っているかのように。矛盾だ。わかっている。だが。
「だが、選べば残る」
頭の中に、顔が浮かぶ。
ヒロイン。
はるな。
さっきの子ども。
「……誰を」
小さく呟く。
先生は、それを聞いて少しだけ頷いた。
「お前のような存在は久しぶりだな。。せいぜい頑張れ。」
スマホが震える。
《次の観測まで:00:02:11》
もうすぐ来る。
先生は動かない。
ただ見ている。
選択を、待っている。
時間が減る。
鼓動が速くなる。
思考が回る。
そして俺は、理解する。
これはもう。
俺の話だ。
先生は一体どっちの立場なのか。




