歪んでるところ
回収を見た彼が次にすることとは
スマホの画面に表示されたカウントを、俺はしばらく見つめていた。
《次の観測まで:00:24:03》
さっきより減っている。
当然だ。時間は止まらない。
でも、こうして数字で見せられると、逃げ場が削られていく感じがする。
「……観測が歪む場所、ね」
何度も繰り返す。あの少女の言葉が頭に残っている。
事故が起きる場所。
回収が起きる場所。
世界線がズレる場所。
そこに、“先生”が関わっている可能性がある。
だったら。
探すしかない。
足は自然と動いていた。
さっきのバス停を離れ、少し人通りの少ない道へ入る。
直感でしかないが、今の“俺”は““普通じゃない場所”はだいたい分かる。
音が薄い。
風が妙に遅い。音にフィルターのような気持ち悪さが残る。
影の形が、ほんの少しだけズレている。
「……ここか」
小さく呟く。
住宅街の外れ。
古い歩道橋の下。
誰もいないはずなのに、空気だけが濁っている。
スマホを見る。
00:12:17
半分を切っている。
橋の階段を一段ずつ上る。
鉄の軋む音が、やけに大きく響いた。
上に出ると、街が見渡せる。
夕焼けが、いつもより暗く見える。
その中に。
いた。
また、だ。
今度は、小学生くらいの子ども。
手すりにもたれて、下をぼんやり見ている。
危ない位置だ。
少しバランスを崩せば、そのまま落ちる。
「おい」
声をかける。
反応がない。
もう一歩近づく。
「おいって」
肩に手を伸ばしかけて、止まる。
――触るな。
はるなの声が、頭をよぎる。
手が止まる。
その一瞬。
子どもが、ゆっくりと振り返った。
目が、合う。
さっきの少年と同じだ。
焦点が合っているのに、何も見ていないような目。
ぞわっと背中に寒気が走る。
スマホが震える。
《観測対象:不安定》
やばい。
直感で分かる。
さっきよりも、近い。
カウントを見る。
00:00:21
もう時間がない。
どうする。
助けるか。
見過ごすか。
助ければ、また誰かに押し付けられるかもしれない。
見過ごせば、こいつは――
「……くそ」
考えている時間はない。
俺は一歩踏み出した。
その瞬間だった。
子どもの体が、ふっと揺れる。
足が、滑る。
「っ!」
反射的に腕を伸ばす。
今度は、止めなかった。
手首を掴む。
軽い。
あまりにも軽い。
引き戻そうとした、そのとき。
“引っかかり”を感じた。
違う。
これは、人の重さじゃない。
何かが、途中で途切れている。
掴んでいるはずの腕の先が、
途中から存在していない感覚。
「なっ……」
目を見開く。
子どもの体が、少しずつ透けていく。
輪郭が、崩れる。
砂みたいに、崩れていく。
スマホが震える。
《回収開始》
「待て!」
意味のない言葉だと分かっていても、叫んでいた。
腕を引く。
でも、もう遅い。
掴んでいたはずの手が、
指の間からすり抜ける。
完全に消える直前、子どもが小さく口を動かした。
声は聞こえない。
でも、形だけは分かった。
――ありがとう。
次の瞬間。
何もなかった。
最初から、誰もいなかったみたいに。
風だけが、吹いている。
その場に立ち尽くす。
手のひらを見る。
何も残っていない。
「……くそ……」
助けたかった。
でも、助けられなかった。
いや。
最初から、“助けられる存在じゃなかった”。
スマホを見る。
《回収完了》
たったそれだけ。
感情も、説明もない。
ただの結果。
息を吐く。喉が痛い。
心臓の音がうるさい。
でも。
はっきりしたことがある。
これは、“事故”じゃない。
選ばれて、消されている。
「……先生」
小さく呟く。
これを止められるのがいるなら、そいつしかいない。
そして。
さっきの子どもがいた場所。
足元に、何かが落ちているのに気づく。
小さな紙切れ。
拾い上げる。
そこには、短く書かれていた。
「遅い」
大人の文字。殴り書きだ。
誰が書いた。
いつからあった。
誰に向けてだ。
そのとき。背後で、足音がした。
「やっと来たか」
低い声。
振り返る。
そこに立っていたのは、
今まで見た誰よりも“現実感のある”男だった。
先生のご登場?




