目指すべき未来
「がはっ……」
アレスの一刀に成す術もなく斬り裂かれたラグナ=ディール。
ドサッ……
「ッ!?」
「え、バンド様が……!」
だがアレスが剣を振り抜いたその時、ラグナ=ディールから分離したバンドが力なく仰向けに倒れたのだ。
アレスが斬ったのはバンドに憑依していたラグナ=ディールのみ。
バンドから引き剥がされたラグナ=ディールは抜け殻のようになり、その空間に取り残されていた。
「そう、か……ようやくわかったぞ。貴様は、あの女の子孫だな……?」
「……半分当たり、とだけ言っておくよ」
「……こんなことならば、初めから貴様を殺しておけば……よかっ……た、な……」
肉体を失い残された魔力も崩壊していくラグナ=ディール。
3000年前に自分を封印したラーミアとアレスを重ね、その言葉を最後に塵となって空へと消えていったのだ。
「ギ……ギギィ……」
「ッ!?なんだ!?」
「チィ。せっかく俺が全員斬ってやろうって張り切ってたのによ」
ドサッ……
そしてラグナ=ディールの消滅と主に生み出された影人形はその形を保てなくなる。
命を懸けた戦いを繰り広げていた相手が急に消えたことで、影人形の相手をしていた者たちが安堵から来る脱力感に襲われた。
身を削りながら影人形を狩り続けたレイザンも強気な言葉を残しながら、刀を手放し地面に倒れ込んだ。
「終わった、か……ああ、しんど」
「アレス君!」
戦いが終わったことを見届けたアレスは、糸の切れた操り人形のようにその場にどさりと崩れ落ちた。
その顔にはすべてを出し切った達成感を感じさせる笑みを浮かべていた。
そんなアレスの元に心配そうな様子のソシアが駆け寄る。
「アレス君!大丈夫!?」
「ああ……俺は平気。リーザは?」
「あなたが守ってくれたおかげでほとんど掠り傷だけ……それよりあなたは平気じゃないでしょう!?」
「そうか。それなら先にロイさんとティナを見てやってくれ。あいつら、あの悪魔の気を逸らすために相当危ない橋を渡ったんだ」
そういうとアレスは痛みを堪えながら視線を倒れているロイとティナに向けた。
アレスも相当に重傷。
しかし一切迷いなく他人の心配をするアレスに、ソシアもその意思を尊重し2人の元に向かうことにした。
「ティナさん!大丈夫!?」
「ああ、ソシア。よく私たちに合わせてくれたな。奴の意識がアレスに向いていては剣を渡せなかっただろうからな」
「それよりティナさん、腕が!」
平静を装うティナだが、その腕の傷は骨を半分以上切ってしまっている。
それでもティナも自分よりも他者の治療を優先しようとする。
「すまないがソシア、先にロイさんを見てあげてくれ。私より酷そうだ」
「アレス君もティナさんも……もう!もっと自分のことを大事にしてよ!」
友人が悉く重傷を負っている状況に涙を滲ませるソシア。
そんなソシアが向かう先では血だまりに沈むロイの姿があった。
「ロイさん!……ッ!なんて傷……」
「ソシア様……ぐッ。ご安心ください……私は人間ではありませんので、致命傷では……ごふッ」
「喋らないでください!すぐに回復させますから!」
ティナよりも至近距離でラグナ=ディールの攻撃を浴びたロイ。
その傷はあまりに深く、普通の人間であればすでに死んでいてもおかしくないほどの重症であった。
「急げ!重症者多数!!」
「怪我人を運び出せ!」
そして敵の脅威が去ったことが確認され、王国軍の医療部隊が大勢押し寄せてきた。
死者多数、怪我人も数えきれないほど出したこの一件。
王族が狙われたということでエメルキア王国に大きな衝撃を生んだのだった……
その4日後。
事件の傷もまだ癒えない中、ラグナ=ディールに大怪我をさせられたアレスたちは王都内の病院に入院していた。
「アレス君、もう大丈夫?」
「失礼します……って、ティナさんもいたんですか」
アレスの見舞いにやってきたのはソシアとジョージ。
2人が病室にやってくると、そこには重傷だった腕を三角巾で首から吊っていたティナの姿もあった。
「おう。俺もティナも峠は越えたよ」
「ジョージはもう治ったんだな。羨ましい限りだよ」
「ヴィオラさんがくれたブレスレットのおかげですね。あれが無ければ正直死んでましたよ」
そう言ってジョージが触れたのは以前、バルシュテイン家でヴィオラから貰ったブレスレット。
そのブレスレットには防御魔法の効果を高める効果があり、それをあの武闘大会の日に付けていたおかげで、ジョージは影人形相手に何とか粘ることが出来ていたのだ。
「でも……本当にアレス君とティナさんの傷の治りは遅いんだね」
「ああ。ロイさん曰く、悪魔族から受けた傷は回復魔法での治りが悪いって話だからな」
「その本人も、だいぶ重傷でまだ歩くことすらできないらしい。まあ、命に別状はないって話だけどね」
「そっか……よかった」
4日前、重傷だったロイを回復させようとしたソシアだったが、悪魔族の魔力の特性のせいで十分な処置を施すことが出来なかった。
そのことを気にして、アレスたちの無事もあわせて毎日病院に足を運び続けたソシア。
ようやくその表情に笑みが戻ったのだった。
「2人とも、いつくらいに学園に戻って来られるの?」
「私はもうこの腕だけだから、明日にでも戻ろうかと思う」
「俺はもう少し時間かかりそうだなぁ。でももう心配はいらねえよ。来週には普通に……」
「どうしたんですか?アレスさん」
コンコン……
ソシアたちと話していたアレスだったが、何かを感じ取り視線を病室の扉へと移した。 そしてそれとほぼ同時に、控えめなノックの音が部屋に響いた。
「どうぞ」
「失礼します」
「ッ!」
「リーザ姫!?」
アレスがそう声をかけると、扉がゆっくりと開いた。
そうして現れたのはなんとリーザ姫。
「あなたたちは廊下で待機していなさい」
「し、しかし……」
「二度言わせないで。時間の無駄よ」
「失礼しました!」
リーザは有無を言わせぬ冷然とした態度で護衛の兵士たちを部屋の外で待機させる。
本来なら次期国王のリーザを1人で行動させるなどありえないが、相手がリーザの命を救ったアレスとその友人であること。
そしてリーザの未来観測のスキルにより危険がないと判断できるからこそ、アレスとの単独の面会を許されていた。
「ひ、姫様……!」
「ソシアさんにジョージさん、そのままで構いませんわ」
突然のリーザ姫の訪問に、ソシアとジョージは慌てて跪こうとする。
だがそれをリーザが柔らかな口調で制止したのだった。
「え……どうして僕らの名前を?」
「あら。私のために戦ってくださった勇者の名前を忘れるなんて、王族としてあり得ませんわ」
「んで、リーザ。何かあったのか?」
「何かあったも何も……私はまだ、あなた達にお礼を言ってませんから」
「ッ!」
リーザはそう言うとアレスたちの前で深々と頭を下げた。
それはティナやソシアたちの常識とは大きく異なる行為。
本来王族とは絶対の存在であり、敬うのが当然なこと。
その命を救ったとしてもそれはこの国の人間の当然の義務であり、感謝の言葉や褒美を授けることはあっても、王族が頭を下げるなどということは考えられなかったのだ。
「り、リーザ姫!?」
「そんな、頭を上げてくださ……」
「お前ら、ちょっと静かにしてろ」
「アレスさん……」
「あの悪魔は私たちの想像も及ばないような化け物でした。あのまま野放しにすればこの国……いえ、この地上を地獄そのものに変えてしまったでしょう。そんな悪魔に立ち向かってくださったあなた方に感謝の言葉と……アレスさんに、謝罪をさせていただきます」
「謝罪?」
感謝の言葉だけでなく謝罪をしたいというリーザに、アレスは少し意外だったという表情をする。
そしてゆっくりと頭を上げたリーザは話を続けた。
「あの後、治療を受けていた私の元にお父様がやってきました。あの悪魔が倒されたと知ったお父様は真の英雄が現れたと喜び、望むだけの褒美と私との婚約の許可を与えるとお喜びになりました」
「まあ、あれだけの敵を倒したんだから当然だな。ですが姫、その話と謝罪に何の関係が?」
「はい。上機嫌になられたお父様でしたが、その悪魔を倒したのがアレスだと話した途端、態度を一変させたのです」
『アレス?知らんな。それで、どこの貴族の者だ?』
リーザから悪魔を倒した人物の名がアレスだと聞かされたガルドランは、その名に一切心当たりがないようにそうリーザに問いかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください?アレスさんは昔、剣聖のスキルを発現させたとして王族に迎え入れられ、国王様と面識があったはずでは?」
「……あの野郎。俺のことには一切興味はなく、剣聖のスキルを持った奴としか考えてなかったんだろう。思い返してみればあいつに名前を呼ばれたことなんてほとんどなかった」
「そんな……」
「はい。それでお父様にアレスのことを話したら……剣聖のスキルを失った落ちこぼれに、英雄の称号など与えられないと、事件を解決したのがアレスだという事実をもみ消したんです」
リーザはとても申し訳なさそうな表情を浮かべながら、それでも真実を伝えなければならないと声を振り絞るようにそう話した。
その話を聞いたアレスの表情が消える。
「な、冗談じゃない!王は身分差別にスキル差別が激しいとは聞いていたがこれほどだなんて……」
「あの悪魔はあの場に居合わせた王国軍の兵士たちが倒したことになっています。王匠グラディウスも大会がうやむやになったという理由で国が保管することに」
「ひどい……アレス君、あんなにボロボロになってまで戦ったのに……」
「まあ、そのために戦ったわけじゃないから怒りとかはないけど。ただただ呆れるな」
平民でスキルのない人間など、王族の血が絶対と考える彼の思想とはかけ離れたものだった。
さらにアレスは一度王族の身分を剥奪されている。
そんな人間を再び王族に迎え入れるのは、自らの判断が過ちだったと認めることだと、ガルドランは考えていたのだ。
「それでリーザ。わざわざそんなことをなぜ俺に?」
すでに王族に対して何の期待もしていないアレスは特に驚きはしなかった。
ただこの事実を伝えに来たリーザの意図を本人に確かめようとする。
「私は今までも、お父様のことを理想的な王とは考えてはいませんでした。ですが今回の一件で明確に間違っていると……許せないと強く感じました。正しく戦った者が身分やスキルで評価されないなんてあまりに不条理。私がこの国の王になったら必ず、こんなことがまかり通らないような国に変えたいと!」
「そうか。それで俺に何をして欲しいんだ?」
「見ていて欲しいです。アレスにはこの国の王族に対して深く失望させてしまいました。いえ、理不尽に突き放されたあの日から……すでに私たちに何の期待もしていなかったのかもしれません。だから私は、あなたのような人が報われるような国に変えられるよう、努力します。今はまだあなたの功績を正しく世に知らしめることのできない私の無力さを詫びると同時に、まだこの国に絶望しないで欲しいとお願いしに来ました」
リーザのその話を、アレスは瞳を真っ直ぐに見据えて聞いていた。
やはりこの国の王族は自分とは相容れない、もう関わりたくないと思っていたアレスの心をリーザの決意が響く。
「……そうか。それなら見せてもらうよ、お前が国をどこへ導いていくのか」
「はい。それと……これは姫としてではなく、1人の人間として言わせてください。光の視えない絶望の中、傷だらけになりながら私を助けてくれて、ありがとう」
姫としての責務を脱ぎ捨て、柔らかに笑うリーザの顔を見てアレスも普段通りの笑みを返した。
「それでは皆さん、これにて失礼させていただきますわ。アレス、あなたを私の伴侶として迎え入れるのはその後にします」
「おい、ちょっと待て!もしかしてまた俺と結婚する未来が視えてるっていうんじゃないだろうな!?」
「ええ、もちろん。あなたが取り戻してくれた未来ですから、もう書き換えられることの無いよう努力しますわ!」
アレスが呼び留めようとするが、リーザは笑顔で病室を後にしてしまう。
そうして姫として兵士たちの指示を出すリーザの声が聞こえたかと思うと、慌ただしく王宮へと帰って行ってしまったのだ。
「あの野郎。その話ははっきりと断っただろうが」
「アレス君……本当にリーザ姫と結婚しちゃうの?」
「ああ?言ったろ。俺は未来が決まってるなんて受け入れられねぇ。自分の意思で捻じ曲げてやるって」
「そっか……よかった」
(だからその発言はアレスさんが好きだと言ってるようなものですってば……)
「ふふ。ガルドラン国王は気に食わん人物だと思っていたが、あの方が王になるなら私も喜んでこの身を捧げられそうだな」
王族らしい決意と王族らしからぬ一面を見せたリーザに、病室には事件のことなど完全に忘れてしまったかのような明るさが戻っていた。
この先の未来で何が起こるかはまだ分からない。
これからも自分でその未来を切り開いていくのだと、アレスは心の中で強く思ったのだった。




