服だけを溶かす魔物
グラディア水底洞……
王都の南西方向に位置するノルグ高原を流れる川の水が循環する巨大な洞窟。
まともな出入り口の存在しないそのダンジョンに、人型に戻ったロイを先頭にジョージたちは侵入を試みていた。
「内部の構造が分かりませんから、迂闊に破壊して侵入しないほうがいいでしょう」
「あそこ!川の水が流れ込んでる所の上……ちょっと右の方に大きめの穴があるよ!」
「あそこから入れそうだな。傾斜もそこまで急じゃないし、気を付けて行こう」
不安定な足場の中、4人は慎重に斜面を登って侵入口を目指していた。
「ねえジョージ君。このダンジョンってそんなに危険なの?」
そんな中、ソシアはジョージにこのダンジョンの危険性について質問したのだ。
「えっと……そう、ですね。そこまで危険という訳じゃないんですが……」
「なんだ。歯切れが悪いな。厄介な魔物でもいるのか?」
「厄介……そうですね。いろんな意味で」
「私たちでも知ってる?」
「……えっと。服を溶かす魔物、って聞いたことあります?」
「ッ!?ジョージ君!!エッチな話しようとしてるッ!?///」
ジョージのその言葉にソシアは頬を赤らめて語気を強める。
「ち、違いますよ!真剣な話です!」
「聞いたことないな。そんなに有名な魔物なのか?」
「まあ、ある意味……というより躊躇う方が逆に変な雰囲気になってしまいますよね。メルトスパインという魔物なんですけど、グラディア水底洞の固有種で、人体には無害だけど服を溶かす毒液を出すという魔物なんです」
ジョージが口にしたのはメルトスパインという昆虫のような見た目をした厄介な魔物の話。
その強さもさることながら、面倒なのはその魔物が口から吐き出す魔法由来の毒攻撃だったのだ。
人体に悪影響が一切なく服だけを溶かすというその性質から、固有種ということで身近な脅威にないその魔物の特性が独り歩きして一部の書物で頻繁に登場していた。
そのためジョージはソシアとティナにその魔物の話をすることに少し戸惑い、ソシアは顔を赤らめたのだ。
「で、でも……そんな都合のいい魔物が実在する訳ないでしょ?」
「いえ、それがするんです。服だけを溶かす……というのが少し都合よく解釈されてるんですが、実際は無生物に対して強い溶解性を発揮する毒液を出すんです」
「なるほど。それで敵の武器や防具を無力化するわけか」
「はい。本来はそのダンジョンに出現する天敵、ラピドロスと呼ばれる鉱石系の魔物への対抗策として進化をしたのですが」
グラディア水底洞に出現する、岩の壁や床に擬態するラピドロスと呼ばれる鉱石系の魔物。
その表面は硬い石と同様の構造であり、それに対抗するためにメルトスパインは無生物に特効の毒を会得していた。
「……でも、それでも無生物だけを溶かす毒って変じゃない?それならなんでも溶かす毒でいいじゃん」
「その毒は魔法由来の毒です。魔術は引き算。全てを溶かす毒より対象を絞った方が効果が上がるんですよ」
「それに、すべてを溶かしてしまうのならその魔物は自身の体をもドロドロに溶かしてしまうでしょうからね」
「ああ、そっか……」
「どちらにせよ、厄介な相手には変わりないな。私の刀もジョージの盾も無力化されてしまう」
「そ、それに……そんな毒をまともに被ったら服が……///」
「ご安心を。お二人は何があろうとも私がお守りします」
「ロイさん、できれば僕も守ってもらえると助かります……」
「かしこまりました」
そんな会話をしながら4人は無事に岩山の途中に空いた穴の元に辿り着く。
そうしてヴィオラたちと、それを探してこのダンジョンに来ているであろうアレスの捜索を開始したのだった。
『そろそろ動ける?』
ジョージたちがダンジョン内に入ってきたちょうどその頃。
薬の効果が効いてきたヴィオラはグレイにそう聞かれ、ゆっくりと体を動かし始めたのだ。
「はい。まだ少し痛みますが……歩くくらいなら問題ないです」
『もう少しすればより薬の効果が効いてくると思うが、あまりのんびりもしていられない』
「そうですね。長いこと滞在していると魔物がやってきそうですし」
焚火の始末を終え、荷物をまとめたグレイはヴィオラを気遣いながら出発の用意を整えた。
ヴィオラは川に流されている最中で剣を手放してしまい、現在魔物に対抗する術を持たない。
『私についてきてください。魔物との戦闘は全て引き受けます』
「すみません。よろしくお願いします」
こうしてグレイを先頭に、剣の代わりに松明を手に持ったヴィオラはダンジョンからの脱出を開始したのだった。
グレイの話によるとここはダンジョンのほぼ最奥地。
長い道のりになると言われ、その道中の安全確保をグレイに任せっきりになることをヴィオラは申し訳ないと感じていた。
「……!」
「え、なんですか?」
だがヴィオラたちが歩き始めてすぐ、グレイはある異変を感じ取り手を横に伸ばしヴィオラを下がらせる。
「キシャァアアアア!!」
「な、何よあの魔物!」
グレイが足を止めてすぐ。
正面の通路から姿を現したのは何やら殺気立った様子のメルトスパインだった。
白く鋭い昆虫のような見た目をしたメルトスパインは、6体ほどの集団でヴィオラたちに襲い掛かってくる。
「……っ!」
「キシャァアアアア!!」
それを見たグレイは剣を抜くと、ヴィオラを守るために即座にメルトスパインの群れへと飛び込んだのだ。
グレイの動きを気取ったメルトスパインは不気味な警戒音を鳴らし、鋭い槍のような腕を振るう。
「キシャァアア!!」
「速い……!」
(あの鎧でなんて機敏な動き……)
数で劣るグレイだったが、それでも一切後れを取ることなく、魔物の群れを圧倒し始めた。
鋭く突きさす攻撃を最小限の動きで躱しながら、体をよじったことで生まれた外骨格の隙間に剣を通していく。
(……もどかしい。ただ守られているだけなんて……)
「キシャァアアア!!」
「ッ!?危ない!!」
「え……?」
しかしその時、なんとその戦闘を離れたところで見ていたヴィオラの背後から、別の個体のメルトスパインが姿を現したのだ。
それと同時に言葉を話せないと思われていたグレイが突如声を上げる。
それに驚いたヴィオラは思考が止まってしまい、背後のメルトスパインに対して振り返ることも出来なかった。
「バァッ!!」
バシャッ!!
「ぐッ!?」
直後、ヴィオラの背後から迫っていた魔物が口から放ったのは体内で生成される毒液。
それがヴィオラの背中に命中してしまったのだ。
(ああ……完全に油断した。こんな量の毒を浴びてしまったら体は跡形もなく溶けて……)
「……?痛くない……?」
毒液を浴びたヴィオラは瞬時に自身の死を覚悟する。
だが毒液をまともに食らったにもかかわらず一切の痛みも体の異変も起こらないことに違和感を覚えたのだ。
「ふッ!!」
「ギィイイ!?」
直後、グレイは鎧に仕込まれていた隠し刃をヴィオラの背後に迫っていたメルトスパインに向けて投げつけた。
その刃は魔物の首元に命中し、メルトスパインを大きく怯ませることに成功する。
「ッ!?」
(えッ……待って!嘘でしょ……私の背中が!)
だが毒液を浴びても何の変化もないと考えていたヴィオラだったが、すぐに自身の背中に感じたある感覚に顔を青ざめたのだ。
それは冷えた洞窟の空気が自身の背中に直接触れる感覚……
そう、メルトスパインの毒液は人体には無毒だが服を溶かす効果がある。
(刻印が……丸見えに……)
ヴィオラの服は背面が大きく穴が開き、彼女の背中が大きく露出してしまう。
その結果彼女が死んでも見られたくない屈辱の証、奴隷の刻印が晒されてしまったのだ。




