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沈黙の救い手

「あなたが……私を助けてくださったんですか?」


盗賊の奇襲で川に流されてしまったヴィオラ。

目を覚ますとそこは薄暗い洞窟の中で、焚火を挟んだ反対側に黒錆の鎧の人物……冒険者ギルドのフルスター、グレイ・ノクスホープが座っていたのだ。


「……」


目を覚ましたヴィオラは上体を起こし、その鎧の人物に自分を助けてくれたのかと問いを投げかける。

だがその人物はヴィオラの問いに答えることはなかった。


「えっと……あの、聞こえていますか?」

「……」

「ね、寝てる……?あの……ッ!!」


返事がないその鎧の人物を不審に思ったヴィオラは立ち上がろうとする。

だがその時胸のあたりに激しい痛みが走り、それと同時に右腕もズキズキと痛み始めたのだ。

それを見た鎧の人物はようやく動き始めると、背後から取り出したノートに何かを書き始めた。


『けがをしている。動かないほうがいい』

「け、がを……なんです?」

(すごい汚い字……何て読みにくいのかしら)


その鎧の人物はノートに書いた文字をヴィオラに見せ、意思疎通を図る。

しかしそのノートに書かれた文字はあまりにも汚く、ミミズが這ったような震えた文字に、ヴィオラは困惑を隠せなかった。


(でも、この人が私を助けてくれたのは間違いなさそうね。敵意もないようだし、ここは安心してもよさそう)

「あの。助けていただきありがとうございます。私はヴィオラ・バルシュテインです。おかげで命を救われました」

『私はグレイ。冒険者ギルドの人間です』


奇妙な相手に戸惑うヴィオラだったが、グレイの素性を聞きひとまずグレイを信頼することにしたのだった。

落ち着いて辺りを見渡してみればそこは四方に通路が見える洞窟の開けた場所。

周囲に散乱した魔物の死骸に眉をひそめながら、ヴィオラはグレイが敷いていてくれた布の上に再び横になったのだ。



「あの、ここはどこなんですか?」


何かの薬草をすりつぶす音が小さく響く洞窟の中、ヴィオラは横になりながらそんな問いを投げかけた。

グレイは薬を作る手を止めると、再び先程のノートに文字を書き始めた。


『グラディア水底洞。三級ダンジョンです』

「ダンジョン……川に流されて中に入ってしまったんですね」

(さっきよりは読みやすい文字……この人、喋れないのかしら)


その文字は先程の潰れたカエルのような汚いものではなく、幾分か読みやすいものとなっていた。

それによりヴィオラは何とかグレイと意思疎通をすることが可能となっていた。


『意識のなかったあなたを川から引き上げ、手当てをさせてもらいました。私の傷薬は効くのに時間がかかりますが効果はいいはずです』

「それで……腕の骨が折れてると思ってたけど、もう痛みが和らぎ始めてる……」

『私はギルドへの依頼でこのダンジョンで素材収集をしていました。素材も集まってきたころ合いでしたし、あなたが動けるようになったら一緒に出ましょう』

「ありがとうございます。……あの。私と一緒に護衛の方々も何名か流されたはずなんですけど、見かけていませんか」

「……」


自分と一緒に川へ落とされた護衛の人たちがどうなったのか聞いたヴィオラだが、グレイは心当たりはないと首を横に振るだけだった。

それを見たヴィオラは残念そうに力なく仰向けになった。


(私がいながら情けない……これではバルシュテイン家で護衛団を作るなど夢物語……)


体を休めながらヴィオラは盗賊の襲撃を退けることが出来なかったことに、己の力不足を悔いていた。

気がかりなのはハインリヒに任せた馬車2台と、一緒に落ちた護衛の人たち。

再びこの空間に沈黙が訪れ、植物をすりつぶす乳鉢の音が聞こえていた。



一方その頃、ヴィオラを探して川を下っていたアレスは――


「これは……ヴィオラの、剣」


しばらく走ったところで岩場に引っかかっていたヴィオラの剣を発見し、思わず足を止めていたのだ。


(やっぱり流されていた……まさか!近くに沈んだりしてねえよな?)

「はぁ~……ふッ!」


アレスは大きく息を吸い、意を決して川の流れの中に飛び込んだ。

上流に比べて川の流れは緩やかになっていたが、それでも油断すればすぐに体が流されてしまいそうな水の勢い。


(……いろいろと残骸は見当たるが、川底に誰か沈んでたりはしねえか)


本の世界に閉じ込められ、海で溺れた経験から泳ぎを練習していたアレスは川の流れの中でヴィオラが溺れていないのかを必死に探し回った。

だが幸い周囲には壊れた馬車の残骸がちらほら見つかる程度で、ヴィオラやほかの護衛の人の姿は見当たらない。


「ぷはぁ!はぁ……はぁ……、いねえ!剣だけ流された……なんてことはねえよな!?」


アレスは一度水面に浮上し、流れに身を任せながら呼吸を整える。


(この先はいよいよグラディア水底洞だ……そうなれば本当に……くそ!行ってみるしかねえか!)


そう考えたアレスはもう一度周囲の川底を探りながら、グラディア水底洞へと向かったのだ。

そんなアレスのすぐ目の前には川の水が一気に巨大な岩山に流れ込む……グラディア水底洞の入り口が見えていた。



「それではすみません。この人たちをよろしくお願いします」


さらにその頃、ヴィオラたちが盗賊に襲撃された現場では。

取り残されていた2人の護衛の応急処置を終えたジョージたちが、偶然通りかかった商人の一団に彼らを街に送り届けてもらえるよう任せていたのだ。


「これでこの周辺で盗賊が現れたことも王国軍に伝わるでしょう」

「そうだね。それよりも!」

「ああ。ロイさん、すみませんがまたお願いできますか?」

「もちろんです。さあ、皆さん私の背に」


商人が通りかからなければ二手に分かれて行動しようとしていたティナたちだったが、運よく怪我人を商人に任せることが出来たため、4人で揃ってアレスを追いかけることができた。

3人はロイの背中に再び飛び乗ると、そのまま川に沿って走っていく。


「ないとは思いますが、アレス様が見逃していても問題ないよう、川に取り残された方が居ないか注意してください!」

「ああ。だがやはり川の流れが速い。途中で止まれるような場所もなさそうだし、もっと先に流されてるとみていいだろう」

「この先……グラディア水底洞ですか……」

「どうしたの、ジョージ君。そのダンジョンはそんなに危険なの?」

「いえ、危険というか……」


流された人たちがこの川の先、グラディア水底洞に辿り着いていると考えたジョージは少し表情をこわばらせた。

その声色の変化にソシアがそのダンジョンがどれだけ恐ろしいものなのか、息を呑んだのだった。

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